式の日取りも決まり、途中「このドレスを着てみないかい?」と本気でにっこり微笑むマジックと大喧嘩をしシンタローと結託して沈めてから約半年。
よく晴れた六月のある日。
「おはよう、ジャン」
カーテンを開くマジックがベッドの上で起き上がるジャンに笑いかけた。
「おはようございます。……晴れましたね」
「ああ。晴天だ」
今日は二人の挙式の日だった。





朝食を摂りに食堂へ向かった二人を待ち受けていたのは、マジックの弟たちだった。
「サービスっ! それにハーレムも!」
「よっ」
「やあ、おはよう、ジャン。兄さんも、おはようございます」
「ああ。おはよう」
二人が席に着くと朝食が運ばれてきた。
「ハーレムも来てくれたんだな」
「言っとくが、式には出ねぇーからな」
「折角だから出てあげろと言ったんだけどね」
「挙式なんて堅っ苦しいもんに誰が出るか」
ケッとハーレムは毒づいてウィスキーの入ったグラスを呷った。
相変わらずなハーレムにマジックは息を吐いた。
「でもまー、シンタローに見つかったらめんどくさいことになりそーだもんな」
「3億円は返さねーぞ」
「返せ」
マジックの声は聞こえない振り。
ジャンは苦笑して厚切りのトーストの最後の一口を口に入れた。
「ごちそうさまでした」
ジャンは日本式に手を合わせた。
「じゃあ兄さん、ジャンを借りていきますね」
「え?え??」
サービスは立ち上がるとジャンの腕を取った。
「ほら行くよ」
「え、サービス?え?」
「兄貴は俺が送るからな」
「え?なんなんだよ二人とも、ええ??」
サービスは困惑しているジャンをズルズルと引っ張り、食堂を出た。





「ど、どうしたんだよサービス」
「昨日はゆっくり話せなかっただろう。式場に行くまで付き合いナ」
押し込まれたスポーツカーの助手席。
ジャンがシートベルトを装着する前に発進する車。
慌ててジャンはシートにしがみ付いた。


着いたのは車で十分ほどのところにある打ち捨てられた教会だった。
「まだあったのか、ここ」
懐かしむようにジャンは内部に入る。
壊された扉、朽ちかけたオルガン、ぼろぼろの長椅子。
「よくここに三人で来たっけな」
「来月取り壊しだそうだよ」
「……そっか」
唯一無事なステンドグラスを見上げ、ジャンは寂しそうな顔をした。
「…………兄さんで、本当にいいのか?」
「へ? なんだよ今更」
「苦労するぞ」
「苦労って。おまえの自慢のお兄さんだろ?」
「そうだけど……」
ジャンは入り口に立つサービスの前まで戻り首を傾げた。
「あの人のシンタロー馬鹿は今に始まったことじゃないだろ。もう一つのほうも、こっち戻ってきてから一年、一緒にいたんだ。粗方覚悟はついたよ」
「……人の心を読むなバカ」
「はは。ごめん」
返答からサービスは覚悟を読み取り、息を吐いた。
「オマエはバカだよ、本当にナ。……今の比じゃなく色々言われるぞ」
「だいじょーぶだって! オレ、打たれ強いし、それに片っ端から容赦無く伸してくから」
にっこりと物騒なことを言うジャンを、サービスは睨むように見つめた。
「傷つくことたくさん言われるぞ」
「何も知らないやつらになに言われたって平気だよ。逆に知らしめてやればいいだけさ」
「兄さんに泣かされたって知らないぞ」
「マジック様の優しさは、お前のほうが知ってるだろ?」
だんだんと拗ねたような口ぶりになるサービスにしょうがないなあと笑って。
ジャンはとっておきの事実を口にした。
「それよりサービス。オレ達家族になるんだぜ? これって結構、凄いことだと思わないか?」
マジックとジャンとサービスとハーレムとシンタローとグンマとキンタローとコタローと。
「……そうだな。凄い事かもしれないナ」
少なくとも、2年前までは想像も出来なかった世界だ。
サービスは肩を竦め、くるりと背を向けた。
「そろそろ式場へ行くヨ。おいで」
「はーい」
楽しそうにジャンは笑って。
ジャンは元気にサービスの後を追った。





「まったく、相変わらず乱暴な運転だな、ハーレムは」
マジックはハーレムのジープから降りると咎める口調で運転席に座るハーレムに言った。
マジックを会場に送ったハーレムは、車から降りる気はないのか、そのままタバコに火を点けた。
吸うでもなく、タバコを燻らせる。
マジックはそんな弟の様子を疑問に思い、口を開いた。
「どうかしたのかい?」
「あ……?いや。結婚おめでとう、兄貴」
「……。ありがとうハーレム」
マジックは目を瞬かせ、それから笑った。
「それにしても、おまえは反対するかと思ったんだけどね」
「兄貴の結婚に口出すほどガキじゃねーよ。それに……昔から知ってた」
「…………そうか」
「ああ」
マジックがどれほどジャンを愛していたかも、どれほどジャンが必要かも。
ハーレムは、まだ一口も吸っていないタバコの灰を落とし、空いた手で頭を掻いた。
「あーだからーそのー、なんつーか……。幸せになってくれよ、兄貴」
照れたようにハーレムは言って、タバコを銜えて車を発進させた。
「ありがとう」
言い逃げるハーレムの耳に、柔らかな声が掠った。



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5月19日の花言葉は「美しい人」
もうちょっとで終わり。