レモン


シンとした講堂。
緊張した面持ちのジャンとゆったりと笑みを浮かべるマジック。
立会人の前に二人並んで立った。
立会人に選ばれた男が口を開く。まずはマジックに。
「汝、病めるときも健やかなるときも、死が二人を別つまで、ジャンを愛すると誓いますか」
「誓います」
低く穏やかな声が講堂に響いた。
立会人は一つ頷いてジャンの方を向いた。
「汝、病めるときも健やかなるときも、死が二人を別つまで、マジックを愛すると誓いますか」
「誓います」
震えた声が講堂に響く。
ジャンの返答に立会人は頷き、出席者を見回した。
「この結婚に異議あるものは申し立てよ。異議なきものは沈黙を持って答えよ」
沈黙が講堂に落ちる。
一分、二分、三分。
長くないか?とジャンが立会人の老人をチラリと見上げると、にやりとした視線とぶつかった。
(コイツっ。こっちは心臓爆発しそうなくらい緊張してるって言うのにっっ!)
怒りで震えるジャンに気が付いたのか、マジックが小さく苦笑する気配があった。
立会人も笑みを引っ込め真面目な顔をして一つ頷いた。
「よろしい。では、指輪の交換を」
ピカピカに磨かれた銀の指輪。
マジックがジャンの薬指に填め、ジャンがマジックの薬指に填めた。
「ここに、マジック、ジャン、両者の結婚を認める」
立会人の言葉に、拍手が講堂全てを満たした。



「いい式だったな」
講堂から外へ出て、少し離れたところに立つ大きな木の下。
テレビ局のカメラ、アナウンサーに囲まれている二人を遠目に眺めながら、キンタローとシンタローはパーティーまでの時間をぼんやりと潰していた。
「ああ。少し羨ましい」
キンタローの言葉にシンタローは目を見開いて焦ったように尋ねた。
「なっ……誰か、将来を誓いたい相手でもいるのかよ?」
「いや、それはまだだが、もしも将来そういった相手に出会えたならこんな式をしたい」
「ふーん」
シンタローは安心して、それからキンタローの隣に立つ自分を想像して、小さく頭を振った。
(なに考えてんだ俺は)
「どうしたシンタロー、顔が赤いが……」
「んでもねーよっ」
「そうか? それにしても羨ましいな」
「……早く結婚相手見つかるといいな」
シンタローの言葉にキンタローは難しい顔をして答えた。
「しばらくは無理だろう」
「んでだよ。お前だったらすぐにだって相手見つかるぜ?」
「いまは誰といるよりお前と一緒にいるときが一番だからな。そんな男じゃ相手に失礼だ」
「あっ、そっ」
「おいシンタロー。本当に顔が赤いが、大丈夫か? 風邪を引いたんじゃないのか?」
「んでもねーよ! ほらグンマが呼んでっから行くぞ」
「あ、ああ」
納得していないキンタローを引き摺って手を振り呼ぶグンマへ向かって歩く。
「どーしたグンマ」
「みんなで写真撮ろうって!」
「俺がいてもいいのか?」
首を傾げるキンタローにグンマは少し怒ったように腕を引っ張った。
「なに言ってるんだよキンちゃん。キンちゃんだって僕の家族なんだから当然でしょ!」
「あ、ああ」
マジックとジャンを中心にして、サービスとシンタローとグンマとキンタロー。
「いつのまにかドクター帰っちまったな」
「うん。いいんだよ」
気負いなく微笑むグンマに、敵わないなとシンタローは密かに息を吐き、隣に立つ従兄弟を意識しないよう、尊大に前を向いて笑んでやった。








パーティーもお開きになり、日付変更直前。
流れで街に遊びに行く者もいるかと思ったが、なぜか家族全員が揃っているリビングに、ジャンは息を吐き、昼間貰ってきた結婚証明書をテーブルの上に置いた。
式をボイコットしたはずのハーレムまでもが戻ってきていた。
「えー、と、だな」
全員の視線が集まるのに視線を泳がせ、ジャンは言葉を探す。
「えーー、と、なあ」
「えー、えーって、泣いてんじゃねえんだからきちんと喋ろ」
突っ込むシンタローをぎっと睨み、ジャンは拗ねたように呟いた。
「うっせ。なに話せばいいかなんてわかんねーっての」
「ジャンさんが話したいことでいいと思うよ」
グンマの一言にジャンは「うー」と唸る。
隣に立つマジックは微笑むだけで助け船を出そうとはしない。
「あー、こうやって、正式に、法律的には家族になったわけで。それで、えーと、でもオレはこんなんだし、なんでオマエがこんなところにいるんだよって言われちゃったら反論もできないわけでさ。だからな」
「なにが言いたいのか全然わっかんねぇぜ」
「うるさいハーレム。だからな。……ありがとう。本当に。何度言っても足りないくらい、本当にありがとう。本当に、こんな未来があるなんて、オレはこれっぽっちも想像できなかったんだ」
キンタローとグンマとシンタロー。運命を狂わされた子供たち。
サービスとハーレムとマジックと、ここにはいない高松。大切な人を奪われたものたち。
「お前たちが背負った苦しみの原因はオレにあったんだ」
「ジャンさん」
「うん。後悔はしない。する暇あったら他にすることあるしな。だから……ありがとう。オレに家族になる権利をくれて。それから、馬鹿なオレが引き金になった、冗談みたいな悲劇を乗り越えてくれてありがとう。感謝してもしたりないんだ。本当にここにいられて……」
俯いてジャンは声を震わせた。
マジックがジャンの肩を抱く。
「本当に、嬉しいんだ。だから、本当の家族になれるように、オレも努力していくから、よろしくお願いします」
紅くなった目尻を擦って頬を紅くして、ジャンは頭を下げた。
「当たり前だっつーんだよ。この俺が許してやったんだぞ。これで幸せにならなかったらぶん殴る」
「あはは。シンちゃん物騒だよ〜。でも本当におめでとう、ジャンさん。みんなで本当の家族になろうね」
「うん」
ゆっくりとジャンは頷き、マジックを見上げた。
アイコンタクトを交わし、ジャンはシンタローたちをもう一度見た。
「それで、さ、前に結婚祝いなにがいいかって聞かれただろう?」
「決まったのか」
「うん。マジック様と話し合ったんだけど、コタローが目覚めたら、それでコタローが許してくれたらなんだけど。もう一度、結婚式やりたいなって思って」
「……みんなで?」
「うん。だめか、シンタロー」
不安そうに尋ねるジャンと断られるなんてこれっぽっちも思っていない彼の父親と。
シンタローはため息をついてジャンを見上げた。
「バーカ。駄目なんて言うわけねーだろ。だからお前はチンなんだよ」
「なんだよそれ! チンって言うなよ今日からオレだっておまえの父親なんだぜ?」
ほっとしたように言葉を繋いだジャンは、己の言葉にダメージを受けた。
「……父親」
「お前が父親か……」
「じゃあ、ジャンさんのこともお父様って呼んであげるね!」
「うわーーーやめろグンマっ! それはいじめかいじめですか!! 父親とか呼ぶなよ絶対!!」
「誰が呼ぶか誰がっ!」
仲良く喧嘩を始める息子とパートナーにマジックは穏やかに笑み、サービースとハーレムへ近づいた。
「二人とも、ありがとう」
ジャンが帰ってきてから見せるようになった笑顔に、二人は似た顔で満足そうに笑んだ。



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5月23日の花言葉は「熱意・誠実な愛」
式の内容、色々うそを書いてます。ごめんなさい。
結婚式話はこれで終わり。
パラレルで、パートナーシップ制度ではなく、本当に結婚です。民事婚です。
一応人前婚のつもりですが。どうなんだろう。
おかしなところがあったら、どうか無視またはご指摘よろしくお願いします。m(__)m