きらんそう


 ビービービー
玄関の呼び鈴がたてるけたたましい音に高松は意識を覚醒させた。
調べ物をしたまま寝てしまったのかと、伏せていた机から顔を上げ、ぼさぼさの頭に手櫛を通す。
いつの間にか倒してしまったらしい写真立てを元に戻す。
高松の腕に手を回して引っ張ってピースサインをするグンマと、真っ直ぐ見つめるキンタローと、急に腕を引っ張るグンマに驚いた顔をしている高松の三人が写った写真。
 ビービービー
呼び鈴は鳴らし続けられる。
「はいはい、いま出ますよ」
積み上げられた本の山々を器用に避け、玄関にたどり着く。
「何の用ですか」
確認もせずにドアを開けると外で呼び鈴を鳴らし続けていた友人が眉をひそめた。
「無用心だゾ」
「こんなところに来るのはあんたくらいですよ。どうぞ」
高松はサービスを家に招き入れた。



「どうぞ」
「アリガトウ」
持ち込んだ紅茶を高松に淹れさせ、サービスは勝手にお茶会を始めた。
缶に入ったクッキー。
紙箱入りの小さなタルト。
「グンマお勧めの店のものらしいぞ」
「へぇ」
高松は動揺一つ見せることなくサービスの向かいに座った。
「なんですか?」
「オマエの反応はつまらない」
「お褒めにあずかり光栄ですよ、サービス」
サービスは肩をすくめて紅茶を飲んだ。
「いつまでここにいるつもりなんだ?」
「そんなの御二人が謝ってくるまでに決まっているじゃないですか」
「ヘェ」
沈黙。
「連絡は取っているのか?」
「まったく」
「一度もかっ?」
サービスは目を丸くして高松に問いかけた。
「ええ。ここに来てから一度も。向こうからもこちらからもですよ」
「へえ……」
「なんですか」
「よくもっているなと思っただけサ」
「どういう意味ですか」
「いなければ生きていけないダロ?」
高松は眉間に皺を寄せた。
「あんたと一緒にしないでくれませんか」
「へえ」
本気にしていない口ぶり。
高松はサービスを睨んだ。
「何か言いたいことがあるんならはっきり言ってくれませんか」
「別に何もないサ」
高松は不機嫌そうにクッキーに手を伸ばした。
グンマの好きな味。
「……飽きられたナ」
ドクンと心臓が鳴った。
「……なんの話です」
「気を落とすナヨ。それに距離を置いて、気持ちが冷めてくれればと思っていたんダロ?」
「だからなんの話しですかっ」
サービスは笑んだまま答えない。
落ち着け。高松は自分に言い聞かせた。
「オマエは振り向いてくれないし、挙句の果てにこんな遠いところに逃亡だ。そりゃ愛想も尽かされるネ」
「サービス」
「見合いの話も持ち上がっているみたいだしナ。次はあの子が結婚カナ」
「見合い……」
「ナンダ? 本当に知らないのか」
クスクスと何が面白いのか笑うサービスに、高松は答えられない。
「……別に、いいことじゃないですか。適齢期というやつでしょう」
高松の言葉をサービスは鼻で笑う。
「居なくなったら生きていけないくせに何を言ってるんダ?」
(結婚……)
自分がしていることを思えば、そうなっても不思議ではないというのに、高松にはよくサービスの言葉が飲み込めなかった。
『愛してるよ、高松……』
自分はまだ鮮明に彼の声を、言葉を覚えているというのに?
「諦めてくれてよかったじゃないか」
「……サービス、私は」
 ピーピーピー
通信の申し込みを知らせる音に、高松は言いかけた口を閉じた。
高松は立ち上がると通信ディスプレイのスイッチを入れた。
機械音がスピーカーから聞こえる。
<通信が入りました>
「発信元はどこですか」
<ガンマ団本部、開発部です。お繋ぎしますか>
「噂をすれば、ダナ」
「……繋いでください」
数瞬のタイムラグのうちに、意識して自分の顔を作る。
通信の繋がったディスプレイに映ったのは椅子に座るキンタローとその後ろに立つグンマだった。
「おやおや。お二人とも揃ってどうしたというんです?」
苦虫を噛み潰したような顔をしてキンタローは口を開いた。
「……おまえの力を借りたいんだ」



(椅子に座っているのがキンタロー様でよかった……)
グンマだったら、きっと持たなかった。
通信を切って、ようやく高松は肩の力を抜いた。
「本部に戻るのか?」
「ええ。……呼ばれましたから」
「そうか。なら俺もそろそろ帰るヨ」
来たときと同じように勝手に帰っていくサービスの背中を、高松は無言で見つめていた。

残ったのはクッキーとタルトと空のカップ。




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5月24日の花言葉は「あなたを待っています」
25日に続きます。