「フフフフフ」
暗い研究室に怪しい声が響く。
白衣を着てマッドサイエンティストを気取ったジャンは白い煙の立ち上るビーカーの底を覗き込んだ。
煙の晴れたそこに現われたのは3つの赤いキャンディー。
「やった! 完成ーっ!!」
ガッツポーズを取るジャンは、机の角に肘をぶつけ、のた打ち回った。



ありえたかもしれない一つの可能性としての物語
――または
一つの転換期


ヒナギク




5月。ガンマ団本部。上層階。
シンタロー、キンタロー、グンマの三人は並んで廊下を歩いていた。
昼休み後半。それぞれの部所へ戻る途中。
シンタローは先程から後を付けてくる男に、立ち止まりくるりと振り返った。
「んか用か?」
「うわあっ」
バレバレな尾行をしていたジャンは尻餅をついた。
その驚き様にシンタローは息を吐いた。
私服、しかもフード付きの大きめな上着を羽織ったカジュアルな格好をしたジャンの姿は、団服に身を包むものの多いここではよく目立つ。
気付かれないはずがない。
「……なにをしているんだ?」
「ジャンさんっ! いつ戻ってきたの?」
キンタローの手を借り立ち上がったジャンは、睨み付けてくるシンタローに苦笑してグンマに答えた。
「いまさっきさ」
「……コタローには」
「会ってきた。ちょっと見ない間にまた背ぇ伸びてんのな。ぎゅうって抱き締しめたら『やめろよ〜』って言うし。なんであいつ、あんなに可愛いんだろう」
思い出してうっとりとするジャンに誰も突っ込みを入れない。
「バーカ。コタローが可愛いのなんて当然だろーが」
「だよなー。本当可愛いんだぜ〜。『あんまりしつこいとジャンのこと“お父さん”って呼ぶよ』って。でもオレ、コタローにならお父さんって呼ばれてもイイ〜〜」
シンタローは腕を組み、つま先で床を叩いた。
「んで、なんの用なんだよ」
「え? あっ! えーと……」
途端、口籠もり視線を彷徨わせるジャンに三人は口をそろえた。
「親父なら
「お父様なら
「マジック伯父貴なら
「「「あっち」」」
だ」」
にいるよ!」
「………………行ってきます」
パタパタ足音を立てジャンは指差された方へ走り去った。





「ただいま帰りました〜〜」
おそるおそる部屋に入り込んだジャンは、机に向かいしっかりとしたアルバムをめくるマジックを見つけた。
「やあ。おかえり」
侵入者に気が付いたマジックは顔を上げ、手招きでジャンを呼び寄せる。
「今回はどこまで行ってきたんだい? 私の可愛い子猫ちゃん」
「子猫はやめてくださいって。鳥肌立ちますから」
ゲンナリとした顔でジャンはマジックの後ろにまわり、抱きついた。
マジックの肩にあごを乗せ手元のアルバムを覗き込む。
「これシンタローですか?」
写真の中の小さな子供を指差す。
マジックの膝に座らせられ不満そうな少年。
場所は総帥室だろうか。カンマ団のマークが背後にあった。
「シンちゃんが10歳の時の写真だよ」
マジックの持つアルバムに島に行く前のもので、息子が写っているのはシンタローとの物しかない。
「……後悔してますか?」
「いや。ただ、小さなキンちゃんの写真がないのは、少し残念だと思うけどね」
ジャンは小さく笑い、上着のポケットに手を入れた。
そこには無造作に入れられた赤い飴玉が3つ。
ジャンはその存在を思い出す。
それから少し考えて、何も無かったかのようにマジックの身体に腕を回した。



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5月27日の花言葉は「無邪気・お人好し」
この話とは関係ありませんが、この時期、マジジャンの二回目の結婚式はまだです。