ありえたかもしれない一つの可能性としての物語
――または
一つの転換期


エンレイソウ



「で、あの後高松とはどうなってんだ?」
「一週間じゃそんなに変わらないよ」
終業時間前にグンマの研究室を訪れたジャンは、書類を片付けるグンマの邪魔をするように話し掛けた。
「じゃあ相変わらず避けられてるのか」
「仕事の話し以外で最近会話してないなぁ」
参っちゃうよとグンマは苦笑する。
「今日は? 見てないけど」
「今日は学会。明日は午後から出勤予定」
「ふーん」
ジャンは少し考えた後ポケットを探り飴玉を三つ取り出した。
「やるよ」
「え、いいの? ありがとう」
グンマは受け取ると一つ包装を解いて口に入れた。
「イチゴ味だ!」
「やっぱり赤って言ったらイチゴだろ?」
「そうだねー。ピンクは桃で緑はメロン味」
「え? 緑はスイカだろ?」
「じゃあ紫は?」
「ブドウかなあ」
グンマは机の上で書類をそろえると机の引き出しに入れ鍵をかけた。
「今晩コタローちゃんが津軽くんの所にお泊りに行くんだよ」
「ああ聞いた聞いた。『僕が帰ってくるまで勝手にどこかに行かないでよ!』って言われたよ。そんなにすぐに、オレだってどっかに行ったりしないんだけどな」
「コタローちゃん、ジャンさんが帰ってくるの楽しみにしてるんだよ。ジャンさんあんまりここにいないから」
「こ、今回はしばらくいるって!」
必死なジャンにグンマは笑って先を続ける。
「それでね、シンちゃんとキンちゃんとこのあと一緒に街でご飯食べようって話になってるんだけど、ジャンさんも一緒に行かない?」
「う〜ん」
ジャンは腕を組み考え、そして首を振った。
「わるい。機嫌とらないと捨てられちまう」
「捨てられないと思うけど、そっか」
くすくすとグンマは笑って、困ったように眉を下げるジャンに別れを告げた。





終業のベルの鳴る団内。
グンマは総帥室へ飛び込んだ。
「シンちゃん! 仕事終わった?」
「まだだ……」
心底嫌そうにシンタローは答え、机の上野書類を見てげんなりとした顔をした。
「キンタローがこれを終わらせるまでは駄目だとよ」
「うーん、あと30分ぐらい?」
「たぶんな。わりぃ」
「ううん。じゃあ僕、キンちゃんのところにいるね。あ、そうだシンちゃん」
グンマはポケットから飴を一つ取り出すとシンタローに渡した。
「糖分は脳の働きを活発にするんだよ! それ舐め終わるまでにお仕事終わらせてね」
にっこり笑ってグンマはキンタローの研究室へ駆けて行った。



それから45分後。
「遅いよシンちゃん!」
「俺がグンマに貰った飴もうは舐め終わってしまったぞ」
キンタローの研究室に辿り着いたシンタローは従兄弟兄弟の攻撃にふらりと身体を傾かせた。
「スゲー頑張ったぞオイ」
「確かに最短記録だが、30分で終わらせる約束ではなかったのか」
「グンマが勝手に決めてっただけだっ!」
「えー、シンちゃん無理だって言わなかったじゃないか〜」
「と言うことは勝算があったということだろう」
シンタローは言葉を詰まらせた。
「……メシ食いに行こーぜ」
歩きだすシンタローを慌てて二人は追い掛けた。
廊下に出るとぶすりとしたシンタロー。
並んで歩きながらグンマはシンタローを伺った。
(あ、そうだ!)
「キンちゃん」
小声で声を掛けキンタローと手を繋ぐとにっこり笑った。
キンタローは首を傾げ、それから隣を歩くシンタローの手を取った。
「キンタローっ!?」
焦ったようなシンタローにキンタローはもう一度首を傾げた。
「グンマが繋いできたので真似てみたのだが。……いけなかったか?」
「悪かねーよ……」
少し顔を赤くするシンタローにグンマはそっとキンタローの手を離し、満足そうに少し笑った。



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5月28日の花言葉は「熱心」
赤い飴なのは赤の番人だからではなく。