「シンちゃーんっ朝だよ〜! もう、パパがいないとお寝坊さんなんだから! えいっ!!」
「う〜ん。パパ……?」
剥ぎ取った掛け布団の下から出てきた小さな身体。
「どうしたの?」
固まったまま動かないマジックを不思議そうに見上げるあどけない瞳。
「シ、シンちゃん? え、なんで小さいの?」
「なに言ってるんだよ? パパ、おれのこと忘れたの?」
「パパが大好きなシンちゃんのこと忘れるはずないだろ!!」
布団を放り投げ、マジックは小さなシンタローの身体をぎゅうと抱きしめた。
暴れず逃げ出さず、小さなシンタローは抱きしめてくるマジックの身体に小さな腕を回した。
「おれも、パパのこと大好き」
ぷしゅー
真っ赤な鼻血がシンタローの部屋を染め上げた。



ありえたかもしれない一つの可能性としての物語
――または
一つの転換期


べにちがや




緊急事態です。
シンタローとキンタローとグンマが、仲良く小さくなってしまいました。
記憶も後退。推定7歳。
首謀者、……逃亡。
「ふ、ふふふふふふふふ。見つけたらただじゃおきませんよ」
真っ黒いオーラを背中に乗せて、ぐしゃりと高松は紙切れを握りつぶした。
そこにはジャンの文字でふざけた文章が書かれていた。
『ほとぼりが冷めるまで逃げますので捜さないでください。PS.薬の効果は約一週間。解毒剤は作れないので悪しからず byさすらいの悪の科学者』

「一度根性叩きなおしてやらないといけないようですねぇ……」
「た、高松。落ち着きなさい」
「これが落ち着いていられる状況ですか! それにマジック様がきちんと躾けないからアレがこんなことをしでかすんですよ。私のグンマ様とキンタロー様に!!」
「たかまつ?」
大きな声で名を呼ばれ、高松の白衣の裾を握り締めていたグンマが高松を見上げた。
その可愛らしさに思わず鼻を押さえる。
「シンちゃんも、マジック伯父さまもそろっているけど、なにかあったの?」
「グンマ様が心配なされるようなことは何一つございませんよ」
甲斐甲斐しく世話を焼くドクターに息を吐いて、マジックも何かあったらしいと察している黒髪の息子の頭をそっと撫ぜた。
「そうだよ。シンちゃんも何も心配することなんてなにもないんだよ」
「し、心配なんてしてないよ!」
「お父さん。やっぱりキンタローお兄ちゃんも小さくなってたよ〜」
扉を開け、入ってきたコタローは小さな金髪の男の子と手を繋いでいた。
幼いルーザーに似通った風貌。
眠そうに目を擦る姿や状況を理解していないための不安げな様子。その動作は記憶の中の幼いルーザーとは重ならない。
それでもそこにいたのは、紛れもないルーザーの息子だった。
「パパっ」
小さなキンタローは室内にマジックの姿を認めるとぱっと表情を明るくし駆け出した。
「パパっ!」
「え? キンちゃん」
「なに言ってんだよ! パパはオレのパパだ!!」
ぎゅっとマジックの足にしがみつくキンタローを払いのけようとシンタローが手を伸ばした。
キンタローはきょとんとシンタローを見つめた後、ギッと睨み返した。
「ちがうっ! おれがマジックのむすこだ!!」
「マジックの息子はおれだ!」
「おれだっっ!!」
突然始まった争奪戦に、マジックは困った顔を張り付かせたまま高松に視線を投げかけた。
『どうしようか?』
聡い二人はこの状況の意味するものを理解していた。
高松は厳しい顔をして、そっとグンマの手を放した。
「たかまつ?」
「申し訳ありませんグンマ様。少し、マジック様とお話しすることがありまして……。シンタロー様たちとしばらくここでお待ちいただけますか?」
「うん。わかった」
「シンちゃんたちも。ちょっとごめんね、パパすぐにお話し終わらせてきちゃうから」
がるると睨み合うシンタローとキンタローはマジックの話を聞いていない。
それに涙しながら、マジックはそっと二人から離れると、コタローを呼び、隣の部屋へと移動した。



「さて、どうしようねえ」
困ったような口調でマジックは話す。
三人の中で一人だけ状況を把握していないコタローは首を傾げていた。
「お兄ちゃんたち、どうしちゃったの?」
「ジャンの薬のせいでね、心と身体が小さいときに戻ってしまったようなんだよ」
「ふーん。でもどうしてシンタローお兄ちゃんとキンタローお兄ちゃんが父さんのことを取り合ってるのさ」
「う〜ん」
マジックは、考え込むように沈黙したまま視線を合わせようとしない高松をチラリと見て、口を開いた。
「キンちゃんは、ずっとシンちゃんの身体の中にいただろう? だから、キンちゃんがキンちゃんとして生きられるようになった時、初めはパパのことを本当のお父さんだと思っていたじゃないか」
「ああ。そういえば、ぼくキンタローお兄ちゃんにそんなことをいったような覚えも……」
「だから、いまの3人は、グンちゃんは自分をルーザーの息子だと思っているし、シンちゃんとキンちゃんは自分のことをマジックの息子のシンタローだと思っているんだよ。それから、シンちゃんもグンちゃんも7歳ぐらいのときの記憶みたいなんだ。だから、まだコタローちゃんを知らない」
「ぼくのこと忘れちゃったの?」
「コタローちゃんはまだ生まれてなかっただろう?」
「そうだけど、お父さんは覚えているのにずるいなあ」
ぷうと膨れる末息子の頭を撫ぜ、マジックは高松に向き直った。
「どうする、ドクター。息子たちに真実を話すかい?」
「私は……マジック様に、従います」
「ふむ」
マジックは考え込む。
「真実を話すか……」
「で、でもお父さん。そんなこと言ったら、泣いちゃうんじゃないかな?」
慌ててコタローは割って入った。
「シンタローお兄ちゃんもキンタローお兄ちゃんもグンマお兄ちゃんも、お父さんとルーザー叔父さんの息子だって信じてるんでしょ? それが「嘘です」なんて、そんなこといきなり言われたら絶対泣いちゃうしショックだよ! だってまだ7歳なんでしょう? 7歳って、ぼくがパプワ島に行ったときの年齢だよ!?」
マジックはコタローを自然にぎゅっと抱きしめた。
「……そうだね。泣き顔を見たくないというのは大人のエゴかな」
高松は、答えない。
「……高松。なにも知らないグンマの面倒を見るのは嫌かい?」
「滅相もございません……。でも、私は……」
「それはグンマには関係のないことだよ。グンマは、今も昔も君を愛しているからね」
「……はい。御心のままに」
「ああ。それじゃあグンマを頼んだよ」
一つ頭を下げ部屋を出る高松の後姿をマジックは見えなくなるまで見つめ続けた。
「……これが、正しい選択だろうか。ねえ?」
問い掛けの形をとった呟き。
側に居たコタローは、それがここにはいない逃亡者に向けられた言葉のような気がして、ジャンをちょっと憎んだ。





−−−−−
6月20日の花言葉は「子どもの守護神」
久々の更新です。
このペースだと、いつ終わるのだろうか……。