チューリップ(黄)


「うわっ」
 ガンマ団本部の廊下を歩いていたキンタローは、突然の叫び声と、その後に聞こえたドスンという音に、思わず足を止めた。
 声のした方へ顔を向けると、十字に交差する廊下の左側で、誰かが尻餅をついているのに気が付いた。
「大丈夫か?」
 キンタローが近付き、声を掛けると、彼の片割れと同じ貌をした男は、目を一層大きく見開き、息を詰め、そして大きく息を吐いた。
「なんだ、キンタローか……。」
 大きく安堵の含まれる声に、キンタローは首を傾げた。
「どうかしたのか、ジャン。」
「あーー、なんでもない。それより、髪、切ったんだな、キンタロー。」
 立ち上がり、服に付いた埃を払うジャンに、キンタローは頷いてみせた。
「高松が切ってくれたんだ。おかしいか?」
「いや…んー、似合ってる、ぜ?」
 曖昧な笑顔。
 ジャンの後ろに落ちているものに気が付いたキンタローは、その理由に思い当たった。
「ジャンは父に会ったことがあるんだな。」
「んー?まあ、ルーザー様とは、何度か話した事もあるぜ。」
 ジャンはキンタローに背を向け、身を屈める。
「そんなにオレは父に似ているか?」
 白ユリの大きな花束に手を伸ばしたジャンは、ピクリと肩を跳ねさせた。

「…………ごめん。」
 花束を拾い上げ、ジャンは俯いた。
「どうして謝る。」
「……さっき、キンタローの事、ルーザー様かと思って、驚いた。」
 ジャンはキンタローに向き直り、ばつが悪そうに頭を掻いた。
 キンタローは、そうか、とだけ答えた。

「ジャンは父のことが嫌いなのか?」
 連れ立って歩きながらキンタローはジャンに問った。
「いいや。なんでだ?」
「ジャンは父に殺されたのだろう?」
 ジャンは困ったように笑った。
「嫌いじゃないよ。結構目をかけてもらってたし。抵抗しなかったのはオレなんだし。」
「どうして抵抗しなかったんだ?」
「どうしてって言われてもなぁ……。」
 ジャンは目を伏せて笑む。
「オレ、結構、ルーザー様のこと、好きだったからな。だからかな。」
「敵なのに?」
「ああ、敵なのに。」
 ふわりと微笑まれ、キンタローは言葉を失った。
 何も言わず、真っすぐ前を見詰め歩いた。
 白いユリを持ち、ジャンはルーザーの墓へ往く。
 もう誰も居ない、彼の生まれた島へ。
 キンタローは廊下に飾ってあった花瓶から、一本花を抜き、ジャンの持つ花束に紛れ込ませた。
「キンタロー?」
 真っ白なユリの中で存在を主張する、鮮やかな黄色に、キンタローは満足そうに頷いた。



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5月17日の誕生花「チューリップ(黄)」
花言葉は「愛の表示・望みなき愛」
……ルザジャンというより、ルザ←ジャン←キン…?