桜草


 シンタローの執務室へ書類を持ってきたキンタローは、机に向う人の姿に首を傾げた。
 部屋では赤い総帥服に長い黒髪の男が真剣な顔で書類に向かっていた。
「何をしているんだ?ジャン。」
 キンタローの声に男は顔を上げ、口を尖らせ足をパタパタさせた。
「何で分かんだよ〜。ティラとチョコは騙せたのにぃ。」
「当然だ。このオレがオマエを間違える筈がない。」
 ぶうたれるジャンにキンタローはさらりと言う。
「スゲー自信。」
 耳が赤い。
 ジャンは書類を揃えるとキンタローに手渡した。
「それやり直し。予算の組み方甘すぎ。こっちは計算間違ってる。んで一応、これは大丈夫だと思うけど、オレがサインする訳にもいかないからなぁ。」
「シンタローはどこに行ったんだ?」
 ジャンは身代わり時用のウィッグを外して、キンタローに答えた。
「コタロー分が足りないとか叫んで出てったよ。その内戻ってくんじゃないか?」
「そうか。」
 キンタローは頷き、ジャンの横に回った。
「なんだ?」
「動くな。頭に何か付いている。」
「……取れたか?」
「ああ。花……?」
「ここに来る前に薔薇園の手入れをしてたから、その時付いたんじゃないか?」
「いや、違う花だ。何だ?」
 キンタローが差し出す花弁を受け取り、ジャンは首を傾げた。
「サクラソウ……かな?でもなんでオレの頭にあったんだ?」
「見かけない花だぞ。」
「んーー。抜け道通った時に付いたのかなあ。あの辺で咲いてるのかもな。」
「オマエは……まだあの道を通っているのか。」
 眉を顰めるキンタローに誤魔化すようにジャンは笑った。
「きちんと表を回ってこい。」
「好きなんだよあの道。近道になるし、草とか生い茂ってるし、小鳥もいるし。」
「あそこには対人用のレーザーがあるんだぞ。」
「分かってるよ。気を付けてるしさ。」
 キンタローはため息を吐いて、ジャンの髪を撫で付けた。
「あまり心配させるな。」
「うん。ゴメン。」
 改善する気のなさそうな笑顔と、掴まれた手首へのキス。そして上目遣いに見られ、キンタローはもう一つため息を吐いた。
 そして笑みを浮かべる。
「こんなものでは誤魔化されないぞ。」
 キンタローの意図するものにジャンは笑い、椅子から立ち上がると、キンタローの肩に手を置いた。
 そして頬に一つ口付ける。
「足りない。」
「しごとちゅう。」
 不満そうに呟くキンタローに苦笑して、ジャンはもう一つ、今度はきちんとキスをした。



‐‐‐‐‐
5月18日の誕生花「桜草」
花言葉は「初恋・長続きする愛情」