ラークスパー


 青く高い空と流れる白い雲。
 原っぱに寝転んだジャンは、頬を撫でる風の気持ち良さに眼を閉じた。
 人の近づく気配。
 顔を覗き込まれ、影が出来る。
「……何やってんスか、ジャンさん。」
「よっ。リキッド久しぶり。」
 瞼を開き、元赤い秘石の番人は、現赤い秘石の番人へ笑いかけた。


「ケンカしちまってさ。」
「ケンカって、コタローとっすか?」
「そ。ヒデェんだぜ、アイツ。」
「はあ。」
 パプワハウスへと続く道を二人は歩く。
 優しい風が花木の香りをジャンに運んだ。
「だから家出してきた。」
「でもジャンさん。なんでケンカしたからって、いつもここに来るんすか?」
 ジャンはパチンと目を開閉した。
「だってケンカで家出ってたら、妻の実家ってのがセオリーだろ?」
「……はあ。」
「実家に帰らせていただきますって。」
 にっこり笑うジャンに、リキッドはもう一度、はあと頷いた。

 パプワハウスに近づくと、子供たちの声が聞こえきた。
「みんな元気そうだな。」
 目を細めて、嬉しそうにジャンは呟いた。
「元気良すぎて困っちまうくらいっすよ。」
「子供は元気が一番だよ。」
 近づく二人に気付いた三人の子供たちが、二人に向かって駆けてきた。
「じゃんーーーっ!!」
「あそぼーっ!!」
「リキッドっ!腹減った〜っ!!ってジャンにい!!」
 腰にしがみ付く重みに、ジャンの意識が番人寄りになる。
 子供は風の子。島の宝。
 自然笑みが深くなる。
「ねー、かくれんぼー!!」
「りきっどかくれるのヘタなの。」
「最初はジャンにいが鬼だからな!!」
「はい。ですがおやつはいいのですか?」
「「「あ!!そーだった!!」」」
「りきっどおやつっ!!」
「おやつおやつ!!」
「早く早く!!」
「分かった分かったから、先に手を洗ってきなさい。」
「「「ハーイ!!」」」
 元気に駆けていく子供たち。
 その後を、ジャンはゆっくりと付いていった。



「お久しぶりです、パプワ様。くり子ちゃん。」
「んばば。」
「ジャンさん!またコタローさんとケンカなさったんですの?」
「え、ええ、まあ……。」
「ジャンにい、またケンカしたの?」
「はやくあやまったほうがいいよ!」
「コタローおにいちゃんおこってるの?」
 くり子の指摘に、おやつのシフォンケーキを食べていた子供たちがわらわらと集まる。
「じゃん、けんかしたらごめんなさいするのよ。」
「コタロー兄貴拗ねるとやっかいだしな。」
 わらわらとジャンに助言する子供たちを、パプワとくり子は微笑ましく見ていた。
 ジャンは困ったように頭を掻いていた。
「そう言われましても……オレ悪くないですし。」
「「「ジャンにいが『オレ』って言うときは怪しい。」」」
「そ、そうですか?」
「そういやジャンさん、今回はどうして家出してきたんすか?」
「あーー、それはなんというか。ああもういいじゃねーか、とにかくオレは、コタローが迎えにくるまで帰らない!!」
 言い切るジャンに子供たちは慌てて残りのおやつを口に入れた。
「な、なにを慌てているのですか?」
「だってじゃん、すぐかえっちゃうんでしょう?」
「早く食べないと、遊ぶ時間なくなっちゃうよ!!」
「はやくかくれんぼ!」
 腕を引っ張られ、前に倒れそうになる。
「そんなに急がなくても、どうせ一週間は……。」
 風が吹いた。
「なに家出してんのジャン。」
「えっ!?なんでおまえ!!」
「あーほらきちゃったっ!!」
 目の前にはガンマ団制服を着た青年の姿。
 いるはずのないコタローの姿にジャンは目を白黒させた。
「もう、着替える暇もなかったじゃないか。」
 不機嫌そうにコタローは、ジャンと子供たちの横を通り、パプワハウスへと入っていった。
 子供たちとジャンも、慌ててその後を追う。

「おー。久しぶりだな、コタロー。」
「うん。久しぶり、パプワくん。チャッピーもくり子ちゃんも。お腹の赤ちゃんも。」
「わふっ!」
「こんにちは、コタローさん。今回はどうなさいました?」
「もーアイツに聞いてよまったく。」
「……なにしたの?ジャンにい。」
 14個の瞳に晒され、ジャンはどぎまぎした。
「だ、だって酷いんですよ?ここ2週間まったく連絡してこないし。」
「それがケンカの原因なの?」
「それにメールも返ってこないし。仕事が大変なのはわかりますけど、帰りを待つオレの身にもなってくださいよ。」
 拗ねた物言いに、コタローはジャンの前に立った。
 ほとんど変わらない身長。靴の高さでコタローの方が大きいかもしれない。
「だから、迎えにきただろ。」
「そうだよ!何でおまえこんなに早くここまでこれたんだよ。仕事は?」
「今日から5日オフにした。」
「え?」
「最近、あんまり一緒に居られないから……っていいだろ!そんなこと!」
 コタローは赤い顔で怒鳴り、プイと横を向いた。
 ジャンはコタローに飛び付き抱き付いた。
「ありがとコタローっ!」
 コタローはさせたいようにさせたまま、ジャンの髪を撫でた。
「じゃあ、大っ嫌いって、撤回してくれる?」
「するするします。好き好き大好きコタローっ!」
 ギューッとジャンはコタローを抱き締めた。

 子供たちが、ジャンのズボンを引っ張る。
「なあ!なら遊んでけるよな?」
「おとまりしてく?」
「あそぼー!じゃん!コタロー!!」
 キラキラと目を輝かせる子供たちに、コタローは優しく微笑んだ。
「仕方がないなあ。ならこの僕が特別に遊んであげるよ。」
「「「やったーっ!!」」」
「ねえ、ねえ!おとうさんも、りきっども、いっしょにあそぼうよっ!!」
「かくれんぼ!!」
 子供たちは3人で、大人達を家から連れ出した。
「まずはジャンが鬼だからな!」
「さんびゃくかぞえてー!!」
「ずるしたらだめだからね!」
 言うなり駆け出す子供たち。
「私はここで待ってますわ。」
 くり子はパプワが家から持ち出した木陰の椅子に座り微笑んだ。
「よし!じゃあ隠れるぞ!コタロー、チャッピー!!」
「うん!」
「わふっ!」
「と、どこに隠れよっ?!」
 次々に森の中へ消えていく面々に、ジャンは笑い、木の幹に腕を当て、顔を隠した。
「いーち、にーい……。」
 数を数えるジャンの声が、風に乗り島に響いた。



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5月21日の誕生花「ラークスパー」
花言葉は「自由」
ハッピーバースディー、リキッド。