ヘリオトロープ


 海と空と焼け跡。
 人の気配の無い地。
 住民は全て避難させた。
 ここに居るのはガンマ団の者ばかりだ。
 これだけ壊しても死者が出ていないというのが凄いというか、信じられないというか。
 ジャンは感嘆し、ガンマ団を率いる、若き新総帥を見つめた。
 その傍らにはスーツを着込んだ男の姿。
 前総帥の弟によく似た顔立ちをした男が付き従っていた。
 熱くなりやすいシンタローを抑える役目を、いつの間にかキンタローは担っていた。
 力量も背格好も互角。
 いいコンビだとジャンは思っている。
「あー、なんかなあ。」
「どうした、シンタロー。」
 グッと伸びをし、おもむろにストレッチを始めるシンタローに、キンタローは首を傾げた。
 地面に寝っ転がり、空を見ていたジャンは、肘を突き身体を起こした。
「シンタロー、暴れ足りないんだろう。」
 ニッとシンタローはガキ大将のように笑った。
「アタリ。付き合えよ。」
 かかってこいと手招きする彼に「ヤーダヨ」とジャンはもう一度土の上に身体を投げ出した。
「手加減する気力なんてないっての。人のこと極限まで酷使しやがって。」
 シンタローは笑う。
 ジャンも笑顔だ。
 しかし、扇動に陽動に住民の避難に、と使い続けた神経は流石に休息を求めていた。
 疲れていたのでうっかり総帥を殺してしまいました、なんて洒落にもならない。
「キンタローにでも相手して貰えよ。」
「でもとはなんだ、でもとは。」
「いいからやろうぜ、キンタロー。」
 ジャンに文句を付けていたキンタローが、ワクワクとしたシンタローの声に、小さく息を吐いた。
 そしてバサリとジャンに背広を投げた。
「持っていろ。」
 言うが早いかキンタローはシンタローへと駆けていった。
 踏み切り出されたキンタローの蹴りを難なく後ろへ二歩シンタローは避ける。
 キンタローは避けられた足を軸にし第二波。しかしそれもシンタローに当たらない。
 秘石眼を持たないシンタローは、サービスに徹底的に体術を叩き込まれている。
 こういった模擬試合で接近戦に持ち込まれると経験値の低いキンタローは不利だ。
(さあ、どうでる?)
 二人の試合を癖で分析していたジャンは、それに気付き首を振った。
 赤の番人の意識は抜け切らないし、戦っている姿を見ると分析してしまう。
 むしろ今のほうが、赤の人間ということを隠す必要が無い分真剣に見入っているかもしれない。
 昔はそれこそ側にいるサービスや高松に不審に思われないよう、自分を客観視する自分も残していたのだが、今はそれもない。
 とにかく疲れた、とジャンは腹ばいになりシンタローとキンタローを見つめた。
 二人とも汗だくだ。
 羨ましい限りだとジャンは頬杖を突いた。
 二人を見ていると自分も本気でやりあいたいと思うものだが、いかせん相手がいない。
 ジャンが本気で掛かれるのはアスとマジックだけだ。
 アスは赤い秘石が封じているし、マジックはここにいない。
 早く帰ってマジックに戯れつきたいが、後三日はここから離れられそうもない。
 つまらないとジャンは思う。
 折角いまあの人と本気で闘いたいのに、あの人がここにいないことが、とても、詰まらない。
(部屋戻って電話してこようかなぁ。)
 それにしても、本気を出しても死なない相手が、すぐ側にいるのが羨ましい。
「オイ、ジャン!」
 知らず考え込んでいたジャンは、シンタローの呼び声に彼らを見上げた。
「2対1でやろうぜ。オマエの腕にリボン付けて、それ取ったら俺らの勝ち。オマエは15分逃げ切ったら勝ちでさ。で、負けた方が勝った方に酒奢んの。やらねぇ?」
 楽しそうに誘ってくるシンタローに、ジャンは立ち上がった。
「アラシヤマ込みで3対1。制限時間十分で必殺技アリだったら乗ってやらんこともないかな。」
「ならアラシヤマを呼んでくる。」
 背広を受け取り、場を離れるキンタロー。
「本気出してこいよ。」
「ま、手加減しないから死ぬなよ?」
 似た顔で、互いに挑発しあい、ジャンは陽が落ち始めた空を見上げた。
 空の青さは明日になるまでお休みだ。
 ジャンはよし、と気合いを入れ、戻ってきた集中力で狡猾に戦略を練り始めた。



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5月24日の誕生花「ヘリオトロープ」
花言葉は「いつもあなたのそばに」
誕生日おめでとう、シンちゃん&キンちゃん!