パンジー


 ヤバイ、と敷地内を走りながら、チラリと腕を見た。
 腕には新品のミリタリーウォッチ。
 先週一目惚れして、少ない給料の中でどう遣り繰りして買おうかと思案していたら、昨夜大切な大切な恋人がくれたのだ。
 あの人はオレを甘やかしすぎる。
「ゲッ、5分前?!」
 オレは書類の入ったクリアファイルをしっかり持ち直し、力強く地面を蹴った。
 走って走って本部塔に入り、人を避けながら更に走る。
 なんで研究棟と本部塔がこんなに離れてるんだと理不尽に怒った。
 アクシデントの起こる可能性の一番高い研究棟を、ガンマ団の中枢である本部塔と離すのは当然のことだと分かってはいるのだけれども。
「ほい。」
 なおざりにIDカードを見せ、総帥代行の執務室へと走る。
 顔パス万歳。
 急ブレーキを掛け、扉の前に立ち、入室許可を求める。
 呼吸を整える余裕も無い。
 ヤバイ。後30秒。
 部屋に入り敬礼し、書類をチョコレートロマンスに渡した。
 チョロがマジック様の方へ歩く。
 そこで終業のベルが鳴った。
 ヤバイっ!今日中にサインを貰わなければいけないのにっっ!!!
 じっと見つめるオレに、マジック様はフッと笑った。
「汗ぐらい拭ったらどうだい?……貸し一つだからね、ジャン。」
 チョロから書類を受け取り、目を通しサインをする。
 ありがとうオレ!マジック様に愛されててくれてありがとう!!
 さらりと言われた恐いことは、聞かなかったことにしよう。
 何も聞いてない。オレは何も聞いてない。……チョロが固まってるのも気のせいだよオレ!!
 とにかく今は高松に書類を渡して、キンタローの指示を仰いで、話はそれからだ。
「ジャン。」
 マジック様の声にハッと顔を上げると、マジック様が書類をぴらぴらと振っていた。
 ああっ、チョロがいない!!?逃げやがったなっ。
「百面相はしなくてもいいから、早くこれをドクターに持って行って上げなさい。」
「はい……。」
 ゆっくり近づき書類を受け取る。
「それから。」
 マジック様がオレの手首を掴む。
「それが終わったら部屋に来なさい。いいね?」
「……はい、マジック様。」
 目を細め、笑うマジック様に、ゴクリと唾を飲み込み、オレは頷いた。
 オレ大ピンチオレ!!
……明日のお仕事行けるかなあぁぁ……。はあ。



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5月25日の誕生花「パンジー」
花言葉は「私を想って下さい」