ライラック(紫)


 ポロンポロンとピアノを弾く人を、ジャンは見詰めていた。
 ソファーにだらしなく身を預け、優しく楽譜を追うマジックに微笑む。
 全てが、奇跡のように輝いていた。
 ずずずっと身を滑らし、上半身で三人掛けのソファーを占拠した。
 曲に任せ、目を瞑る。
 一曲弾き終わったマジックが振り返ると、ジャンは陽だまりに身を寄せるネコのようにまどろんでいた。
 その穏やかな顔に、マジックは目を細めた。
 ゆっくりとソファーに歩み寄る。
「…………なん……ですか?」
 近づく気配に瞼を開け、ジャンがマジックを見上げた。
 ほんの少し拗ねたように。頬を染めて。
「飼い猫のようだな、と思ってね。」
「猫ですか?」
 ジャンは身体を起こし、場所を空けた。
「ああ。外敵のいない家の中のお気に入りの場所で、眠る猫のようだったよ。」
「……猫に例えられたのは初めてです。」
 隣に腰を降ろす人を、困ったように見る。
 マジックはジャンの頭を胸に引き寄せた。
「君は私にとっては、犬というよりも猫といったほうがしっくりくるんだよ。」
 喉元を撫でられ、ゴロゴロと鳴いてやろうかとジャンはマジックを見上げた。
 視線が合い、マジックはにっこりと視線を返した。
「さっき、私のことを見ていたようだけれど、何を見ていたんだい?」
「指です。」
「指?」
「はい。他人のピアノを弾く指先って、なんだかエロティックな気がしませんか?」
「そうかい?」
「はい。感じません?」
 瞳を煌かせるジャンに、マジックは微苦笑した。
「誘っているのかい?」
「さあ。」
 微笑むジャンの髪を、マジックは梳く。
「そうだね、君が何か弾いてくれたら、私も感じるかもしれないね。」
 ジャンは目を瞬かせ、そしてすっと立ち上がった。
「なにがいいですか?」
 軽やかにピアノに向うジャンにマジックは、一度目を閉じ、微笑み。
「君の一番好きな曲を。」
 脚を組み、マジックはジャンを見詰めた。



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5月30日の誕生花は「ライラック(紫)」
花言葉は「愛の芽生え」