藤 |
ジャンが研究室に来てみれば、呼び付けた本人は椅子に座り、表情を消した顔で眠っていた。 自分が呼び付けたくせに、とジャンは口を尖らせた。 名前を呼ぶが、反応がない。 深く眠るルーザーに仕方がないとジャンは諦めた。 ここ二三日ろくに寝ていないのは知っている。 起きるまでの間、ただ突っ立っているのもどうかと思い、ジャンは床に散らばった紙を拾い集めることにした。 実験のデータに、アイデア、研究の概論。 思い付いたものを片っ端から紙に書き付けているのか、中には彼の息子への誕生日プレゼントに関することまであった。 軽く揃え、ルーザーの机に置く。 腕を引かれた。 倒れる。 首にナイフが当てられた。 ルーザーの青い瞳と目があった。 ぱちりとルーザーが瞬いた。 「なんだ、ジャンか。」 ナイフを持つルーザーの手が緩んだ。 「…………寝呆けて人のことを殺そうとしないで下さい……。」 ジャンは固まっていた身体から力を抜いた。 「敵だと思ったんだよ。」 「はいはい、どうせオレは敵ですからねー。」 「拗ねるんじゃないよ。」 ナイフを仕舞い、ジャンを抱き締め。機嫌を取るようにルーザーはジャンの髪を撫でた。 機嫌を取る方法が、大の大人の男の髪を撫でることという辺りに、彼らの歪みが出ているなと、ジャンは思った。 それでも、青からの愛撫に、ジャンは、まあいいかと目を閉じた。 他者を背景としか感じない男が、敵であった男の機嫌を取ろうとしているのだ。 なんとなく気分がいい。 それに、自分の思い通りにならないことを嫌う男だ。 これで機嫌を直さないと腹を立てるだろう。 彼の思考を変える為に論議することを厭う気はないが、この程度のことで対立することもない。 ジャンは目を開け、髪を撫でる手を取り、その甲に口付けを落とした。 見上げ、ジャンはルーザーと目を合わせると小首を傾げた。 「それで、どうしてオレを呼んだんですか?」 「もうすぐ息子の誕生日だろう。プレゼントを買いに行くよ。着替えておいで。」 決定事項として語られる予定に、ジャンは頷くことで了解の意を示した。 着替えて街なら立派なデートだ。 自然頬が緩む。 共に出掛けることが何ヵ月ぶりか、ジャンはもう覚えてなかった。 「75日振りかな?」 「何がですか?」 研究室に置いてあるジャンの着替えの中から、服を選び袖を通す。 「一緒に出掛けるのがさ。久しぶりなのかもしれないな。」 覚えていたのか、データとして記憶していたのか分からないが、そのルーザーの一言に、現金にジャンは笑った。 なんだかとても気持ちがよかった。 ‐‐‐‐‐ 5月31日の誕生花は「藤」 花言葉は「恋に酔う」 ちみっとパラレル |