ローズ


 これでもかと生い茂る草木。
 むっとするほど高い湿度と温度。
 濃い緑の空気を吸って、オレは高松を振り返った。
 高松はまだ何かに夢中だ。
 つまらない。
 高松が作った温室は、彼の研究の成果やら、島から持ち帰り繁殖させた植物やらで、既に植物園と言ったほうが近かった。
 しかも南国植物園。
 長袖のシャツの腕を捲るが、それでもまだ暑い。
 オレは慣れてるから平気だけど……どうしてアイツは長袖の白衣のまんまでいられんだ?
「おーい高松。」
 ムシ。
「高松ってばー。」
 更にムシ。
 ちえっとオレはその場にしゃがみ込んだ。
 アイツの頭の中は今、アイツの目の前にある蕾を付けた花のことで一杯だ。
「オレより花が大事かよー。」
 呟きを聞き咎めてもくれない。
 あー愛が足りないっつーの。
 どうしようかなーっと空を見上げた。
 目に入るのは南国特有の木と、外界とを区切る透明なガラス。
 それからくすんだ青い空。
 これで波の音が聞こえれば、まんま南の島だ。
 ペタリと地面に座り込む。
「たーかーまーつー。」
 ピチピチと鳥の鳴き声が聞こえた。
 そういえば、極彩色をした小鳥が放し飼いにされてたっけ。
 高松、どっかの島にリゾートしに行きたいのかなー?
 その欲望がこの温室を作ったとかだったらどうしよ。
 ふあぁとあくびが出た。
 ひどく眠い。物凄く眠い。
「たかまつー……。」
「もう少し待ってなさい。」
 瞼が重い。
 ずるずると芝生の上まで移動する。
 高松の背は忙しなく動いていた。
 もう、ちょっと限界。
 ねみぃーーー…………。
 鈍化する感覚の中で、どうして波の音がしないのかが、とても不思議だった。





「もういいですよ、ジャン。」
 高松が後ろを振り向くと、ジャンはすやすやと芝生の上で寝こけていた。
「まったく、アンタは待ってることもできないんですか。」
 ジャンへ近づき顔を覗き込むが、起きる気配は全くなかった。
「まったく。」
 高松はジャンの傍にしゃがみ、その寝顔を見た。
 少しだけ物足りなさそうな、穏やかな寝顔。
「結構いい線行ってるってことですかねぇ。
あとは海があれば完璧なんでしょうけど、ここに作るわけにもいきませんし。」
 高松はポケットからポータブルミュージックプレイヤーを取り出すと、ボタンを押した。
 プレイヤーのスピーカーから波の音が聞こえ始めた。
 わざわざあの島に行って録音してきたものだ。
 ジャンの笑みが深まったように見えた。
 それを見て、高松はフッと笑った。
「……アンタ、私がこれだけやってやってるんですから、ホームシックなんて掛かんじゃありませんよ。」
 ジャンの顔に掛かった前髪を払ってやりながら、高松は深く呟いた。
 偽物の楽園が、いつまで彼を癒せるか分からないが、それまでにこの地を彼の楽園にすれば良い。
「愛してます……。」
 眠るジャンに高松は、触れるだけのキスを落とした。



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6月1日の誕生花は「ローズ」
花言葉は「あなたの愛をください」