アマ |
「本当にいいんですか?」 書類を確認しながら、高松はジャンに訊ねた。 「いいって、何がだよ。」 「アンタ結構センスいいんですから、このまま残って研究続けたらどうですか?」 「いいんだよ。オレはサービスと一緒に居るために戻ってきたんだから。」 にっこり、笑顔を作るジャンに、高松は少し呆れた。 「本当にいいんですか。アンタ、戻ってきてから、あの人と一度も話してないんでしょ?」 「……いいんだよ。オレにとってはあの人はもう過去なの。昔話なんだよ!いいんだ。もう。」 高松はジャンを見上げ、書類にサインを入れた。 「ほら、持ってきなさい。」 「サンキュ!高松!」 ジャンは辞令の書類を受け取ると扉に駆けていった。 ジャンと入れ違いに、研究室へグンマとキンタローが戻ってきた。 島から戻り、右も左も分からなかったキンタローは、現在高松の許で勉強中だった。 「高松ー、ジャンさんが書類を持って廊下を走ってたけど、どこへ行ったの?」 「急ぎの用なのか?廊下は走るなと言ったのだが、全く聞いていなかったぞ。」 二人の教え子に高松は溜息混じりに話した。 「シンタロー総帥のところに行ったんでしょう。ジャンは、また団を離れるサービスに付いて行くそうですよ。」 「ええーー!?なんで?!」 「勿体無いな、面白い発想をするのに。」 「もう!なんでなんだか聞いてこよう!キンちゃん!」 グンマはジャンの後を追い、キンタローはグンマの後に付いて行った。 ジャンは総帥室から少し離れた廊下の窓から外を眺めていた。 「あ、いた!ジャンさん!!」 駆け寄るグンマとキンタローに気が付き、軽く手を上げる。 「よ、どうしたんだよ二人とも。」 「どうしたじゃないよ〜。」 「団を離れると聞いたんだが本当なのか?」 「高松に聞いたのか?そうだよ、サービス一緒に世界を周るんだ。」 にっこり笑うジャンに、グンマは口を尖らせた。 「なんでなの?せっかく一緒に研究始めたのに!」 「なんでって……うーーん。だってオレはサービスと一緒に居たくてここに戻ったようなもんだしなあ。研究を放り出すようなことはしたくないけどさ。うんでもやっぱり、サービスが一番だから。ゴメンな、グンマ、キンタロー。」 謝られ、グンマはまだ納得できなかったが問いを重ねる事はしなかった。 なんとなく、素直に答えをくれそうにないと思ったからだ。 たぶん、出ていく理由は他にある。 と、隣りで首を傾げていたキンタローが口を開いた。 「ジャンはサービス叔父貴のことが好きなんだな。」 「ああ、大好きだぜ?」 「なら二人は付き合っているのか?」 「なに言ってるのキンちゃん!そんなの聞くだけ野暮だよ!!」 「いやいやいやグンマ、付き合ってないから。」 少し斜めになりながらジャンは答えた。 「え?そうなの?僕てっきり付き合ってるのかと思ってたよ!!」 「付き合ってねーよ。そういうのはサービスに失礼だろ?それに。」 ジャンは言葉を区切り、少しだけ、俯き眉間に皺を寄せた。 「それに……二十五年だぜ?付き合ってたら怖くてまともに話せねえよ。」 「ジャンさん……?」 「そこで何をやっているんだい?」 「あ、おとーさまっ!!」 穏やかな低い声にパッとグンマは後ろを振りかえった。 ピクリとジャンの身体が強張った。 「いまジャンと話しをしていたんだ。」 「ジャンさんね、サービス叔父さまと一緒に行っちゃうんだって。……おとーさま?」 グンマは、目を見開き、驚きを表情に出す父に首を傾げた。 ジャンはキンタローの後ろで息を殺した。 キンタローが不思議そうに背後のジャンを窺がった。 「……ジャン。」 「失礼しますっ!」 低く、胸の詰まるマジックの声に耐えきれず、ジャンはその場から逃げ出した。 行く場を失ったマジックの手が宙を切り。 グンマとキンタローは顔を見合わせた。 「シンちゃーん。」 「なんだよ。」 シンタローは総帥室に現れた従兄弟兄弟に、顔を上げることなく答えた。 「あのね、おとーさまとジャンさんの様子がおかしいの。」 「ふーん。あ、これジャンに渡しとけ。」 「ねー、何でだと思う?」 「人の話し聞けよ、つか知るか。」 キンタローがグンマの代わりに書類を受け取る。 休憩をいれる気になったのか、シンタローはペンを置いた。 冷えたコーヒーに手を伸ばし、ほうと息をつく。 「大体あいつ、俺のこと避けてんのに、あいつと親父に何かあったかなんてわかるかよ。」 「え?なんで避けられてるの?」 「なにかしたのか、シンタロー。」 「あのなあ。」 シンタローはグンマとキンタローの顔を見返した。 「なんにもしてねぇよ。ただあいつは俺の記憶を持ってるから、気まずいらしい。」 「シンちゃんの記憶?」 首を傾げるグンマとキンタローにシンタローは頭を掻いた。 「ほら、まだ俺が赤の番人だって思われてたときに、一度あいつと一緒の身体に入っただろ。そん時に、あいつ俺の記憶ごと受け入れたからあいつは俺の記憶を持ってる……ああそうか。」 「どうかしたのか?シンタロー。」 「理由が分かったんだよ。」 珍しく大人数での夕食。 シンタローにグンマ、キンタロー、マジック、サービス、それに高松とジャンという面々でつつがなく食事は進められていた。 始めに口を開いたのはグンマだった。 「叔父さま!ジャンさんと一緒に、またどこかに行っちゃうって本当なの?」 ぴくっとジャンの身体が反応した。 「ああ。ジャンがどうしてもって言うからネ。」 「そっかー。ジャンさん、こないだ研究の企画書が通ったばっかりなのに勿体無いよね、高松!」 「え、ええ。そうですねグンマ様。」 突然話しを振られた高松は、彼が何をしようとしているのか予想が付かず、目をぱちんと叩いた。 ジャンは伺う様に伏せ気味の顔で視線だけを向かいにやった。 「なあ。」 ゆっくりと首を傾げ、キンタローが口を開いた。 「どうしてジャンはマジック伯父貴のことが好きなのにここを出ていくんだ?」 ガタンッ 椅子の倒れる二つの音がした。 一つはマジックのもの。 もう一つはジャンのものだった。 顔を真っ赤にし立ち上がったジャンが、キンタローを見つめた。 「な、な、なんでっっ!!」 「シンタローが言っていた。ジャンとマジック伯父貴は二十五年前に付き合っていて、今でもジャンはマジック叔父貴のことが好きなんだと。」 「シンちゃんっ!!??」 「シンタローっなんでオマエっっ!!」 焦るジャンにシンタローはにやりと笑みを返した。 「お前さ。お前が俺の記憶持ってるってことは、俺もお前の記憶持ってるってこと、気付いてなかっただろ?」 「だってオマエなにも言わなかった……。」 にやにやと笑われ、ジャンは言葉を失う。 ハッとマジックを振り返ると、同じように言葉を無くしたマジックが、ジャンを見つめていた。 「し、失礼しますっっ!!」 ジャンは駆け出す。 本日二度目の逃走。 「おとーさま!!」 グンマの声にマジックは我に返った。 「早く追いかけてあげて!」 「グンちゃん……。シンちゃん。」 言葉を探しあぐねているマジックを追い払う様にシンタローは手を振った。 「わかってるってーの。親父が俺とあいつに向けてた感情の違いぐらい知ってる。」 「おとーさま!早く早く!!」 マジックは頷き、ジャンを追って駆け出した。 「よし!僕たちも追いかけよ!キンちゃん!シンちゃん!」 「どうしてだ?」 「面白そうだからだよ!!ほら早く早くっ!」 若者三人はジャンとマジックを追って行った。 優雅に紅茶を飲むサービスに高松は尋ねた。 「アンタは行かなくていいんですか?」 「結果は見えているからネ。」 高松は肩を竦めた。 「そうですね。……まとまってくれると良いんですけど。」 高松の呟きに、フッとサービスは微笑んだ。 マジックがジャンを捕まえたのは、中庭の噴水の前だった。 「離してくださいっっ!!」 手首を掴まれ、ジャンは叫んだ。 腕を振り、身を捩る。 マジックは手の力を強めた。 「離したら、君は逃げるだろ。」 「放って置いてくださいオレの事なんて!!」 「さっきの話しは本当なのかい?君はまだ、私の事を好きでいてくれるのかい?」 「貴方には……関係ありません!!」 「どうしてだい?」 「どうしてって……。」 ジャンは抵抗を止め、唇を噛んだ。 俯き、身体を震わす。 マジックは手の力を緩め、腕を引いた。 ジャンの身体が一歩、マジックに近づいた。 「私は好きだよ、いまでも君のことが。たぶん君が思っているよりずっと。」 「……でもアンタにはシンタローがいる。」 「どうして?シンちゃんは私の息子だよ?なにも気に病むところは無いよ。」 「アンタはそうでも、シンタローはいい気がしないでしょう。父親が、自分と同じ顔をした男を好きだなんて。」 低く小さい声でジャンが言う。 一歩、マジックがジャンに近づいた。 「シンちゃんは大丈夫だと思うよ?私が君とシンちゃんを同一視してない事を分かってくれたしね。君は……分かってくれないのかな?」 ジャンは顔を背けた。 マジックはもう一つ、歩を進めた。 ジャンの腕を引いた。 「君が好きだよ。愛しているよ。それ以外になんと言ったら、君は私の腕の中に戻ってきてくれるのかな?」 ジャンはマジックに背を向けた。 「ねえ君は、どうしてここに戻って来たんだい?」 「それは……サービスがいるから。」 ジャンの声は震える。 「それだけかい?」 マジックはジャンの手首から手を離した。 「だってアンタ。なにも言ってくれなくて……。オレは、昔のことを、なかった事にするのも、思い出にするのも……、嫌だったんだ……。」 絞り出すような声。 マジックはその腕でジャンを抱き締めた。 「あ、ヤベ。行くぞグンマ。」 「えー、いいとこなのに。」 「マジック伯父貴に気付かれた。戻った方がいいな。」 「んー。そうだね、これ以上いたら馬に蹴られちゃうもんね。」 にっこり笑うマジックと目が合い、三人はジャンに気付かれぬ様に立ちあがり来た道を戻り始めた。 「それで結局、ジャンはサービス叔父貴と一緒に行くのか?」 「行かないんじゃないかなあ。」 「ゲ。じゃあ俺、サインし損じゃねえか。」 「あの時点では損ではないだろう?」 「そういう問題じゃねえよ。」 楽しく言い合う従兄弟兄弟にグンマは笑い、その後を付いて行った。 フッと思い、後ろを窺がった。 振り向いた先に見えた重なるシルエット。 嬉しくなってフフッと笑い、グンマは夜空を仰いだ。 空では星が綺麗に瞬いていた。 ‐‐‐‐‐ 6月3日の誕生花は「アマ」 花言葉は「やさしさをありがとう」 |