ダマスクローズ


 朝。マジック前総帥の執務室へ出勤して来たティラミスは、ソファーに座る黒髪を持った男の姿に眉を顰めた。
「ジャン……さん?」
 ジャンはティラミスに気が付き、その場に立つと、にこっと人懐っこく笑って息を吸った。
「今日のマジック様じょうほーー!!」
「はい?」
「本日のマジック様の機嫌は最悪です。弟を捜す旅からしばらく帰らないでしょう。」
「ええと……。なにをなさったんですか?ジャンさん。」
「オレじゃないよ。」
 ジャンはトスっとソファーに座り直し、ティラミスを見上げた。
「ハーレムがシンタロー人形盗んで逃げたんだよ。『返して欲しけりゃ金よこせ』ってさ。で、マジック様はチョロを連れてハーレムを捜索中。」
「……なるほど。」
 大きくティラミスは息をついた。
 これは、前総帥が戻ってくるまで仕事にならない。
 ティラミスはざっと今日のスケジュールを確認すると、どう調整するか考えた。
「午後までに戻ってくださればいいんだが。」
「大丈夫じゃないかな。どうせハーレムが逃げ込める場所なんて限られてんだからさ。それよりティラミス。」
 にっと笑ってジャンは紙の箱を取り出し、ソファーの前のテーブルに置いた。
「お茶にしないか?」
「それはなんですか?」
「チョコレートケーキ。昨夜食べようと思って買ったんだけどさ、食べる暇なくって。」
 箱から出てきたのは3号サイズのホールケーキ。
「マジック様が戻るまで休憩ってことでさ!」
「紅茶を…淹れてきますね。」
 ティラミスはマイペースなジャンに、疲れたように肩を落とした。



「フォークしかないけどいいよな?」
 ティラミスはにこにこ笑うジャンの前にティーカップを置き、ジャンの斜め前に立った。
「……私は食べませんから。」
「え!?なんで!!???」
「仕事中ですから。」
「えーーーー。」
 ザクっとジャンはホールケーキにフォークを突き刺し、ケーキを口に運んだ。
「美味しいのに。」
「勤務時間中ですから。」
 生真面目な言葉にジャンは口を尖らせた。
 ティーカップに口を付ける。
「んー。やっぱりティラミスの淹れる紅茶は美味いなあ。」
「誉めても食べませんよ。」
「うーーん。じゃあ、ほら。あーーーん。」
 ジャンはケーキに乗っていた苺をフォークに刺し、ティラミスに向けて突き出した。
「ジャンさん……。」
「あーーん。」
 ティラミスは苺を睨みつけ、諦めたように口を開いた。
 赤い苺がティラミスの口内に消える。
「美味いだろ?」
「ええ。」
 ポンポンとジャンの横を叩かれ、ティラミスは仕方なくソファーに座った。
「はい、あーーーん。」
 今度はスポンジとクリーム。
 ティラミスは目を閉じ口を開く。
「おいし?」
「はい。」
 ティラミスが溜息混じりに頷けば、ジャンは楽しそうににこにこ笑った。
「じゃあ、はい。あーーん。」
 もう一口分。
 いい加減抵抗感も薄れ、ティラミスは素直にフォークをパクンと口に含んだ。
 部屋の扉が開く。
「…………。」
「な、なにやってんだよティラミス!!」
 焦ったようなチョコレートロマンスの声。
 マズイ。という3文字が、ジャンとティラミスの頭に浮かんだ。
 扉付近に一つ、どす黒い気配が生まれていた。
(どうするんですか!!!)
(あーー、マジック様ってばタイミング悪過ぎ。)
(タイミングで私の命を儚くしないでくださいっ!!)
 視線で会話をし、少し引き攣らせた笑顔でジャンはフォークから手を離した。
 テーブルに置いてあった使ってない、もう一つのフォークを手に取る。
「はい、マジック様もあーーーーん。」
 ジャンはケーキを掬い、フォークをソファー越しにマジックに差し出した。
 目を細め、見下し、マジックはジャンに近づく。
 ジャンの手首を掴み、手からフォークを奪いテーブルに置く。
「ジャン。」
 低く名を呼ばれ、ジャンの腰が引ける。
「……ごめんなさい。」
 フウとマジックが息を吐いた。ジャンの顔を覗き込む。
「お仕置きが必要みたいだね。」
 目の笑っていない顔で笑われ、ゾクリ、と背筋が震えた。
 掴まれた手首がバジッと音を立てた。
 マジックが手を押さえ膝をつく。
「ティラ!チョロ!逃げるぞ!!」
 ジャンの声に二人の秘書官はハッと我に返り、ジャンの後を追い扉に向って駆け出した。

 部屋に残されたマジックは深く息をつき、立ちあがった。
「300秒、かな。」
 ハンディを一方的に決め、マジックはソファーに身を沈めた。
 フォークをケーキに刺し、一口食べると、逃げた兎たちの為に、ゆっくり3百数え始めた。



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6月4日の誕生花は「ダマスクローズ」
花言葉は「美しい姿」

ご、ごめんなさい……。
なんでこんな話に(ガタガタ)
でもほらきっと、パパは酷いことはしない!!
この後たぶんジャンが一番最初に捕まって、パパの機嫌直してくれるよ!