イチハツ |
「へくしゅっ。」 研究室でくしゃみをするジャンに、グンマは首を傾げた。 「ジャンさん大丈夫?」 「風邪か?」 心配そうに声を掛けるグンマとキンタローに手を振り、笑う。 「大丈夫だって……へ、へくしょっっ。」 「風邪だね。」 「今日はもう、薬を飲んで休んだ方がいい。」 「じゃあ僕、高松に薬もらってくるね!」 「ちょ、ちょっと待てグンマっっ!!!」 グンマの爆弾発言に、慌ててジャンは呼びとめるが、既にグンマは部屋を出て行った後だった。 「……な、なんの恨みが……。」 「高松の薬はよく利くぞ?」 「別に高松の腕を信じてないわけじゃないよ。むしろ信じてるからこそ怖いっていうか……。」 「なにが恐いんだ?」 「なにがってそりゃあ……へくしゅんっ。」 「ああ、風邪ですね。」 「でしょ?高松!」 高松を伴って、グンマが部屋に戻ってきた。 高松は呆れた様にジャンのことを見た。 「馬鹿は風邪を引かないって言いますが、あれ嘘だったんですねぇ。」 「オマエ、オレがバカじゃないって選択肢はなしかよ。へしゅ。」 「ほらとっとと飲みなさい。」 「聞けよ人の話し。」 高松がジャンに手渡したのはピンクと紫の層に分離した液体の入った小瓶だった。 「…………。」 「よく振ってから飲みなさいよ。」 「いや、なにこの怪しい薬。」 「大丈夫ですよ、風邪は治りますから。ただ副作用で何が起きるかわかりませんが。」 「いやだあーーーこえぇぇぇぇぇっっ!!!」 「ああもう!!ごちゃごちゃ言わず飲みなさい!!」 無理矢理口を開け、高松はジャンの口に薬を流し込んだ。 あまりの苦さに目を白黒させ、吐き出しそうになったジャンの口を高松は手で塞ぐ。 「ほら早く飲みこみなさい。大丈夫ですよ、死にゃしません。」 保証できるのは死なないことだけなのか!と泣きそうになりながら、ジャンは無理矢理苦い液体を飲みこんだ。 「ハァハァ……高松…オマエ覚えてろよ……。」 目に涙を滲ませ、ジャンは高松を睨みつけた。 そしてそこで、ジャンの意識はブラックアウトした。 「だいじょーぶ?ジャンさん。」 ジャンがぼんやりと目を開けると、心配そうに顔を覗きこんでくるグンマと目が合った。 ソファーに寝かされていたジャンは、ゆっくりと身を起こした。 にぎにぎぱあと手を開閉させる。 異常はない。 次ぎに、見える範囲で外見に変化がないか確認する。 特に変わったところは無いようだった。胸の脹らみもない。 否、臀部に違和感を感じた。 恐る恐る掛けられていたブランケットを剥ぎ、尻を見る。 そこには、ズボンからはみ出した、ふさふさとした、犬の尻尾。 「…………。」 「はい。」 あまりの衝撃に固まるジャンに、グンマは鏡を見せた。 鏡の中に映るジャンの頭には、予想通り、犬の耳が付いていた。 「たーかーまーつぅっ!!!」 「煩いですよアンタ。」 飛び起き振り上げられたジャンの拳を高松はかわした。 「あ、くそ、背まで縮んでんじゃねえかっ!」 回し蹴りに鳩尾を狙うパンチ。 ジャンの繰り出す攻撃のすべてを、難無く高松は避けていった。 「当たれよこの高松!!」 「嫌ですよ。当たったら痛いじゃないですか。」 「オマエ、本気で当てに行くぞ!?」 鋭く、速いジャンの動きを避け切れず、高松の腰に蹴が当たった。 それでも加減していたのか、高松は倒れこむだけですむ。 「これ戻るんだろうな!?」 叫ぶジャンに、高松は立ち上がり、ズボンを払った。 「一週間もすりゃ戻りますよ。それよりデータとりますから、血を抜かせなさい。」 「へーへー。」 ジャンは厭そうに腕を捲り高松に差し出した。 高松の持つ注射器に血が溜まる。 ジャンは嫌悪感からか、注射器から顔を背けた。 ピンと立った犬耳もどんどん垂れていく。 「もういいですよ。」 高松の声に、ジャンはホッと力を抜き、同時に身体に巻きつく様に垂れ下がっていた尻尾も力を取り戻した。 「面白いな。」 「なにがだよ?」 ジャンの体を観察していたキンタローの呟きに、己の犬部分の動きに気が付いていないのか、ジャンは首を傾げた。 「触ってもいいか?」 「あ、ああ。別に構わないけど。」 「あ!僕も触る!」 恐る恐る犬耳に触るキンタロー。 グンマも面白そうにジャンの犬部分に触れていった。 「この耳自体は耳の役割を果たしていないんだな。」 「そうだねー。普通の人間の耳も付いたままだし、外耳道に繋がってるわけでもなさそうだし。」 「そもそも孔も空いていないしな。」 「ちょ、ちょっと、くすぐったいんだけどっっ。」 「と、いうことは感覚はあるのか。」 「尻尾も骨は通ってるし、耳もちゃんと軟骨あるしねー。すごいね。」 「縮んだ分の身長がこれに替わったという事か?」 「うーん、でも縮んだのって十センチってとこだよね。それで足りるのかなあ。」 「あの……いい加減耳と尻尾から手を離して下さい。くすぐってー。」 ジャンは身を捩って、二人の手から逃れた。 「ああ、すまない。触り心地がよかったのでつい。」 「そうそう。ジャンさんの耳と尻尾、ホント気持ちいいよ!」 「いや、それ、誉め言葉か?」 「どれ。」 高松はジャンの背後に回ると、ジャンの犬耳を撫でた。 「ひゃあぁぁっっ。」 「……なにアンタ、色気のない色っぽい声出してんですか。」 「うるさいっ。」 顔を真っ赤にして、ジャンは高松を振り仰いだ。 「ああもう、なんでおまえのこと見上げなきゃなんないんだよ!!」 「そんな事言われましても。」 「しかも感覚鋭くなってるし!!」 「じゃあジャンさん、ヤリ殺されちゃうね。」 にっこり笑うグンマの言葉にピタリとジャンの動きが止まった。 キンタローが首を傾げる。 「やり殺され……」 「うわあああああっっ!!」 慌ててジャンはキンタローの口を塞いだ。 「オマエは知らなくていい。っていうか知らないまま大きくなってくれ。」 「俺はもう大きいぞ。」 ムウとキンタローは答えた。 それにジャンはうんとかいいやとかいうように曖昧に首を動かした。 そして頭を抱えてしゃがみ込む。 「ああ。でも絶対やる。あのエロバカオヤジ、ぜってー加減しねぇーーー。」 グッと顔を上げ、ジャンは高松を見上げた。 「匿って。」 「嫌ですよ。」 語尾にハートマークを付けたジャンのお願いを、ばっさり高松は切り捨てた。 「なんで私がそんな事してやんなきゃなんないんですか。」 「なんでって、オマエの所為だろ!?」 「風邪はちゃんと治ったでしょう。大体匿って欲しいならサービスにでも頼みなさい。」 「サービスが匿ってくれっかよ。面白がってマジック様に売り渡すに……あっ!!」 ジャンは慌てた様に立ち上がり、壁に掛かった時計を見上げた。 「どうしたんですか?」 「ヤベ。サービスとお茶する約束してたんだった。あー、もう時間過ぎてるよ……。」 ピンポーンと研究室の呼び鈴が鳴った。 「ハイハイどーぞ。」 「やあ、ジャンいる?」 部屋に入ってきたサービスは、室内にジャンの姿を認めると、動きを止めた。 「ジャン?縮んだ?」 「ツッコミ所はそこなのか?」 首を傾げるキンタローに構わず、サービスはジャンの前まで行くと、ポスリと頭に手を置いた。 「可愛いネ。」 そのままジャンの髪を撫でる。 ジャンの尻尾が高速で振れるのを見て、サービスは面白いなと微笑んだ。 「よし。」 サービスはジャンを腕に抱え込んだ。 「じゃあ兄さんに見せびらかして来ようか。」 「うわあぁぁっ!!」 じたばたとサービスの腕から逃れようと身をばたつかせるジャンに、首を傾げた。 「どうしたの?ジャン。」 「あのね。ジャンさん、いますっごく感じやすいから、おとーさまに会いたくないんだって。」 「へえ。」 「コラなに言ってんだよグンマってうわああ!!耳を食むなーーーーっっ!!!」 ジャンは叫び、頭の上に生えた犬耳を押さえた。 「ふーん。」 サービスは頷き、にっこり笑うと、ジャンを抱え直した。 「早く兄さんに見せてこないとな。」 「うわあーっ!!鬼っ子!悪魔っ子!!青っ子ーーっ!!!」 ずるずるとジャンはサービスに引き摺られていった。 段々と叫び声も聞こえなくなる。 「結局、やりごろすとはどういう意味なんだ?」 「キンちゃんにはまだ早いよ。」 ポツリと呟き、首を傾げるキンタローに、グンマはにっこり笑って見せた。 高松は肩を竦め、自分の研究室へと戻って行った。 ‐‐‐‐‐ 6月6日の誕生花は「イチハツ」 花言葉は「あなたに夢中」 |