スイートピー


 ある日、マジック前総帥が、同伴出勤して来た。

「公私混同です。」
 所望のココアを淹れながら、ティラミスはソファーに座るジャンに言った。
「いや、オレも言ったんだけどね?絶対一時までに終わらせるからってさあ。」
 我が侭だよねぇあのオヤジ。とジャンはティラミスに笑いかけた。
「オレだってせっかくの休日なんだから、寝倒したり洗濯したり今日は買い物気分だったのにさ〜。一緒に行くから!お仕事速攻で終わらせるから!たまにはデートしたいから!!お願い待ってて!!って言うもんでつい。」
「ついで付いてこないで下さいませんか……。」
「だってあの人、曲がりなりにも前総帥よ?下っ端仕官生が逆らえる相手じゃないって。」
「恋人なんでしょう!?」
「オレが公私混同してどうすんだよ。上官の命令は絶対です。」
 ティラミスが焦っているのは今日が本の締切日だからだった。
 『秘石公式ガイドブック 秘石と私』の上巻の原稿を、今日中に上げてもらわねばならないのだ。
 ジャンは、どうせ暇人の趣味なんだから遅れても構わないんじゃないのかと思っていたが、出版社が関わっているため、ティラミスは遅れさせたくないようだった。
 本自体は、マジックがノリノリで執筆しているため、今日中に上がるのは間違いないだろうとジャンは予測していた。
 しかし、あんなものを出版してどうするんだ、というツッコミは不思議とどこからも入っていないらしい。
 シンタローは構いに来なくなって清々すると言っているようだし、ジャンは面白そうだからという理由で傍観していた。
「しっかし、秘石についての話は御伽噺レベルだし、自伝の部分は妄想炸裂だし、売れるのかなあ。」
「あれで、崇拝者がかなりついている御方ですから、売上に関しては心配する事はないと思うのですが……。」
「マジック様、アレで抜け目ないから、重要機密とか上手くはぐらかして書いてるみたいだけどね。」
 ジャンはココアを一口飲んだ。
「秘石の話なんて広めてどーすんだか。」
「……それは。」
 言っていいものか、ティラミスは口篭もった。
「なに?なんかティラは知ってんの?」
「いえ。」
 何かを隠すティラミスに、ジャンは少し考えた。
「よし、じゃあこうしよ。オレもティラにマジック様の秘密を教える。で、ティラもオレにマジック様の秘密を教える。いいだろ?」
「はあ。」
「うん、じゃあオレからな。マジック様はなんと!24…3かな?歳のとき、既に、家族のアルバムが一人100冊を超えていました。因みに、いまはアルバム収納用の家を建てるほどに数が増えています。」
「……ひとりひゃくさつ……ですか……。」
「そー、サービスの見せてもらったんだけど、凄かったよ〜?事細かに記録とってあったからねえ。シンタローのなんて、もっと凄いことになってんじゃないかな。」
「そう……ですか。」
「うん。こないだチラッと見てきたけど、凄かったぜ。シンタロースペースが二階の半分を埋めてたからねえ。……ティラミス?」
「あ、いえ、なんでもありません。」
「……大丈夫。」
 にぱっとジャンはティラミスに微笑んだ。
「コタローの分も、グンマの分もちゃんとあるよ。キンタローの分だって出来た。大丈夫。」
 優しく微笑まれ、ティラミスは恥じ入った。
「ティラミスはいい子だな。で、ティラの持ってるマジック様の秘密ってなに?」
「……秘石は……ジャンさんの父親なのですよね?」
「え、うん、まあ、父親って言うか創造主だけど。」
 突然振られた秘石話に、ジャンは困惑した。
「マジック様は、ジャンさんの父親が、どんなに素晴らしい人か、世間に知らしめたいそうです。」
「……なに、考えてんだあのオヤジ。」
「ジャンさんの父親の話を後世に伝えるために、書いているのだとお聞きしました。」
「うわあ。」
 ジャンは頭を抱えた。
「んなのウソだろウソ!そんなの建前に決まってるって!!」
「あの本の内容の、全てがそうとは思いませんが、マジック様は……。」
「あああもういいよ!!もう分かったって!!ああもうマジック様のバカ。」
 顔を上げたジャンの頬は、微かに赤く染まっていた。嬉しいような恥ずかしいような顔。
 ティラミスは、そんなジャンを可愛らしいと思った。
 そして、こんな顔をさせられるマジックを、少し羨ましく思った。
「バカは酷いんじゃないかなあ、ジャン。」
「……どこから聞いてたんですかマジック様。」
 少し口を尖らせ、ジャンはマジックを見た。
 マジックは原稿の入ったディスクをティラミスに渡すと、ジャンに向き直った。
「ティラミスの『ジャンさんの父親の話を』の辺りからかな?」
 マジックの言葉に、ティラミスはまずいと視線を逸らした。
「立ち聞きは趣味が悪いですよ、マジック様。」
「いやなに、二人が可愛く話しているので、邪魔をするのも悪いかと思ったんだよ。」
 にっこり、笑うマジックに、ジャンは少し拗ねた。
「可愛くは余計です。」
「そうかい?それより仕事も原稿も終わらせたんだが、一緒に街へ行かないかい?」
 差し出す手と、誘いの言葉。
 ジャンは笑って息を吐いて。
「はい、よろこんで。」
 マジックの手を取った。

「私も……。」
 恋人が欲しいなあと。
 一人残されたティラミスは、寂しくなって呟いた。




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6月9日の誕生花は「スイートピー」
花言葉は「優しい思い出・ほのかな喜び」
チョロはどこに消えた…。