ヒゲナデシコ


 口付けられた。
「な、ななななななっっっ!!」
 いきなりの、何の前触れもなくキスしてきた目の前の男は、顎に手を当てて考え込んでいた。
「もう一度いいか。」
 言うなり、キンタローの顔がまた近づいてくる。
 うわっとオレは、反射的に目を閉じた。
「な、なんなんだよさっきっから。」
「おかしいな……レモンの味なんてしないぞ?」
 バキッッ
「グッ……。」
 あ……どうしましょうお父さま。
 オレ、上司を殴ってしまいました。




「………………キンタローさまー?」
 ムスリと黙り込んだキンタローは、オレの呼び掛けに反応しなかった。
 不機嫌全開。
 キンタローはきっと、どうしてオレに殴られたのか理解していないだろう。
 ここは医務室。
 オレたちが来るのと入れ違いに、高松は救急箱を抱えていってしまい、只今キンタローと二人っきり。
 キンタローは頬に水袋を、オレに殴られた箇所に当てていた。
 そして無言。
 始末書、降格、解雇はいいとして、反逆罪は止めてほしい。
 オレはまだ死にたくない。
 視線を感じてハッと顔を上げると、キンタローがオレをじっと見つめていた。
「どうして殴る。」
「どうしてと言われましても……。」
「その前にその気色の悪い口調は止せ。」
 あっそ。
「どうって、普通殴るだろ。オマエ、なんでオレにキスしてきたんだよ。」
「それはグンマに、初キスはレモンの味がすると教えてもらったからだ。」
 信じるなよ!つかグンマめ。
「ジャン。どうしてレモンの味がしないんだ?」
 キンタローは不思議そうに首を傾げた。
 いやさ、その前になんで殴られたか分かってないだろう。
「あのさ、そんな理由でキスするなよ。」
「どういう意味だ?」
「キスってのは、好きあってる人同士でするもんなの。そんで好きな人にキスするんじゃなきゃ、初キスでレモンの味もしないの。」
 これでいいや。なんでレモンの味がしないか説明するのも面倒だし。
 ああもう、それよりオレの純情返せ。
 もしかしたらってちょっとだけ期待しちゃったのに。
 ふと見ると、キンタローはまた顎に手を当てて考え込んでいた。
「しかし、それなら尚更おかしくないか?」
「なにがだよ。」
「オレはおまえが好きだ。だから、キスをしたのにレモンの味がしないのはおかしい。」
 は……
「はいっ!?ちょっと待て!!それは初耳だぞ!?」
「言ってなかったか?」
 凶悪なぐらいキョトンと、キンタローはオレを見つめた。
「聞いてない……。」
「そうか。ならば改めて言おう。ジャン。オレはおまえが、いいかおまえのことが好きだ。」
 真っすぐオレを見つめる青い瞳。
 あーもう。
「そういうことはもっと早く言え。」
 オレは立ち上がり、イスに座るキンタローの前まで行った。
「すまなかった。好きだ、ジャン。」
 あーもう。わかったよ。
 オレはそっとキンタローに顔を近付けた。
 目を閉じないキンタローの代わりにそっと目を閉じた。
 唇を合わせる。
「オレも好きだよ、キンタロー。」
 身体をそっと離すと、キンタローは手で唇を押さえた。
「……レモン味?」
「レモン飴。」
 ベッと舌を出し飴を見せ、オレは笑った。



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6月10日の誕生花は「ヒゲナデシコ」
花言葉は「勇敢」