銀色の涙 「遊戯…。」 軽く引かれキスされる。 海馬の欲望に、しかし遊戯は抗わなかった。 唇に、耳朶に、うなじに、キスの嵐。 クラクラする。 崩壊する理性の端で、遊戯は銀色の光を捉えた。 薬指の指輪。 プラチナのリング。 闇の遊戯にその意味は分からなかったが、胸がざわめく。 「かいばぁ、それ……。」 何だ?とでも言いたげな瞳。 一般で通用する指輪の意味を遊戯は知りはしないのだろう。 海馬は口元に意地の悪い笑みを浮かべた。 「自分で考えろ。」 耳元でそう囁き、抗議の声は唇でふさぐ。 遊戯は軽く身じろいだがそれ以上はなく、あとはただ熱が辺りを支配した。 「意味が分かったら来い。」 クククと面白そうに笑う声と共に囁かれたコトバ。 海馬が別れ際に発した言葉。 それが指輪を指していることは分かるのだが、それだけだった。 意味は相棒にでも聞かなければ分からないだろう。 『相棒…。』 心の部屋に降りて遊戯はゆうぎに話しかけた。 『なに?海馬くんとはもういいの?』 遊戯は『ああ』と頷きを返し、ゆうぎに質問をした。 『薬指の指輪に意味なんてあるのか?』 ゆうぎは突然どうしたんだろうと思ったが、それを聞くのは止めた。 遊戯がそういう系統のことを聞くのは海馬絡みだけだ。 『う〜んそうだなー。約束、かな?』 『約束?』 『うん、好きな人にずっと一緒にいようねって送るんだよ。』 ゆうぎの解説に遊戯は『…そうか。』と呟いたきり黙り込んでしまった。 何かを感じたのかゆうぎが心配そうに声をかけた。 遊戯は何でもないと笑って見せるが『すまない、もう…。』と言って自分の心の部屋に入ってしまった。 ゆうぎはもう一人のボクと海馬との間に何かあったんだと、悟った。 だが、自分に何ができるのだろう。 ゆうぎはただその背中を見守ることしかできなかった。 朝の教室には珍しく海馬がいた。 ゆうぎは遊戯に『代わろうか?』と言ったのだが答えはNOだった。 海馬がゆうぎに近づいてくる。 ゆうぎは海馬を睨み付けた。 「…遊戯はどうした」 立ち上がり睨み付けたままそれに答える。 「もう一人のボクは寝てるよ!!海馬くん、いったいもう一人のボクに何したの!?」 ゆうぎの声に城之内たちも何事かと駆け寄ってくる。 「特に何もしていないが。」 クククと笑いながらそう言う。信憑性はゼロだ。 「じゃあ何でもう一人のボクがあんな顔するのさっ!」 その言葉に海馬は少し考え、ぽつりと言った。 「あいつは、素直じゃないと思わんか?」 海馬の独り言にゆうぎはさらに口を開こうとし、気づいた。 「海馬くん、それ…。」 ゆうぎは海馬の左手を指差す。 「誰から貰ったの?もう一人のボクじゃないよね……?」 ゆうぎの言葉に海馬は答えず、遊戯が寝ていることを確認するとパズルを外すよう言った。 ゆうぎはしばらく考えてからパズルにてをかけた。 「ゆうぎっ!?」 城之内が止めようとする。 それに「大丈夫」と応え、パズルを海馬に渡した。 「すまないな。ここでバレてしまってはここまでした意味が無くなる。」 「それでどういう事?説明してくれるんでしょ。」 ゆうぎは、怒っているのか言葉に刺がある。 城之内、海馬共々慌てた。普段おとなしい者はキレると手に負えない。 「実はな…。」 慌てて海馬は説明することにした。 夜。遊戯は海馬邸の前に来ていた。 遊戯は先ほどから門の前に立ち尽くしている。 ただ呼び鈴を押す。それだけの行為ができないでいた。 学校ではとうとう海馬と一言も口を利かないまま終わってしまった。 「……ハァ。」 ため息一つ。 また明日にしようと門に背を向けた。 瞬間、車のヘッドライトが視界に飛び込んできた。 黒のベンツがゆっくりと遊戯の前で止まる。 スーっと窓が開き中から海馬が呼び止めた。 「どうした。オレに用があったのではないのか。」 尋ねられ、逃れきれず、捕まった。 遊戯はそのまま海馬の部屋に連れ込まれてしまった。 海馬の部屋で遊戯は自分でも持て余す感情に支配されていた。 嫌だ、帰りたい。なんだか、息苦しい。ここから、逃げたい―――!? 「それで、意味は解ったのか。」 海馬の声が遊戯を現実に引き戻す。 ラフな普段着に着替えた海馬が遊戯の顔をのぞき込んだ。 左手にはリング。 愛しい恋人に送る、愛の証し。 海馬は、それを……。 「『誰から貰ったんだ。』そういう顔をしているな。」 海馬は遊戯に指摘した。 思わず言葉を失う。 「……どうして、わかった。」 「オマエの事だからな。」 さらりと言われてしまい、何故か言い返す事が出来なかった。 代わりに思っていた事が口を衝いた。 「……好きな奴が、いるのか?」 俯いて、表情を悟られないようにする。 泣きそうなのに、最後のプライドだけでそれを我慢している。 ひどくそそるな。 そんな事を思いながら海馬は、遊戯のあごに手をかけ無理矢理上向かせる。 海馬は訊ねた 「そうだと言ったら…?」 酷くやさしい瞳で。 遊戯の瞳が涙でどんどん潤む。 溢れそうになる雫。 顔を逸らしたいのに、あごを掴まれ、叶わない。 海馬は満足そうに目を細め微笑む。 自分の一言一句が遊戯を操っているという支配感。 遊戯の気持ちが自分に傾いているという確認と安堵。 海馬はいつものあの意地の悪い笑みを口元に浮かべるとそのまま遊戯を腕の中へと引き込んだ。 必死で抵抗する遊戯。 胸板をぽこぽこ殴るがさしたるダメージにはならない。 どころか、逆に左腕を掴まれてしまった。 それでもなお、イヤイヤと首を振り抵抗する遊戯。 海馬はそれに構わず遊戯の左手に指輪をはめる。 「イヤダっっ!!」 指輪を抜き取り床に投げ捨てようとする。 海馬はそれを指輪を握った遊戯の手ごと掴み、阻止する。 「よく、見てみろ。」 その言葉に手のひらに込めた力を緩める。 掌には銀色のリング。海馬がつけていたプラチナの指輪。 「なんで……。」 これをオレにつけるのだろう。 怪訝そうな顔で見ていると海馬が「内側の文字だ。」と指示をした。 そこには文字が彫り込んであった。 「k to y?」 「オレからオマエに、だ」 海馬の声が囁く。 どういう事だろうか?これは海馬が恋人から貰った物ではないのだろうか。 だとしたら何故こんな事が書いてある?遊戯の中で疑問が渦巻く。 「オマエの指に合わせて造らせた。オマエのための指輪だ。」 「なんでっ!だってオマエつけてた。」 「オマエは、自分の気持ちを伝えなさすぎる。」 遊戯の言葉を遮るように海馬は一言一句区切りながら言った。 「さっきの言い草だってなんだ。好きな奴がいるのかだと?そんなもん目の前にいるオマエに決まってる。それをオマエは…。キサマはオレの愛が信じられんのか!?」 一気に捲し立てる。 「だいたい何故教室で逃げた。何故ありのままの感情をぶつけてこない。それだからオレは、 ……不安になる。」 遊戯の肩口に顔を埋め身体を抱きしめる。 「海馬…?」 「愛している、遊戯。だがオマエがオレと同じ気持ちかどうか……。解らなくなった。」 「海馬……、オレは、オマエの負担になりたくない。」 オマエがオレよりもほかの誰かを選んでも、オレはそれを止めない。 「そんな事を考えるな。もっと自分の好きなように、自分の事を信じて生きろ!たとえオレを 不幸にしてもオレの手を離すな!オレもオマエの手を離してやる気なんぞない。」 「かいば……。」 どのくらいそのまま時が流れたのだろうか。 遊戯の涙はもうすっかり乾いてしまっていた。 二人の身体が離れる。 「填めてやる。」 差し出された手にリングを乗せる。 左手を取られ、それは遊戯の薬指にぴったりと収まった。 「意味は分かっているな。」 その言葉に少し赤い顔で頷く。 「ずっととは言わん。せめてオレに会いに来る時はつけてこい。」 その言葉にも頷くと海馬は満足そうに微笑んだ。 左手の薬指の指輪は永遠の愛の証。 お互いを繋ぎ止める契約の証。 海馬はリングに/遊戯に/涙に恭しくキスをした。 願わくば 左手の薬指の指輪が お互いがお互いを縛るための 甘く、切ない枷へとなる事を………。 |