夏に降る雪

「雪が見てみたいぜ」
ベッドに寝転んでいた遊人が小さく呟いた。
「どうした急に」
となりで書類を読んでいた海馬が普通に聞き返す。
「オマエも相棒も、見たことあるんだろう?オレはまだないから見てみたかったんだ」
そういえば去年はこの町に雪は降らなかったな、とそんな事を思いつつ海馬は口を開いた。
「夏に雪は降らんぞ」
「そのぐらい知ってるぜ」
今の季節は夏で、とてもじゃないが雪は降らない。
遊人はその事を知っての上で雪が見たいという。
「……雪のある国にでも行くか?」
日本でなければ今の時期に雪の降っている国もある。
そこへ連れていってやろうかと問う。
「いや、今じゃなくていいんだ。冬になったら遠くない所でいいから二人で見に行こうぜ」
かなしそうな/さびしそうな/笑顔で遊人はそう告げた。
本人が気づいているかどうか。彼の笑みは以前にも見たことがあるものだった。
『かいばの負担になると悪いから』そう告げてきた時と同じ笑顔。
胸が痛んだ。
ふと海馬は思った。
オレは何もしてやれてないのだろうか、と。
金ならいくらでもある。
権力も
この世のほとんどは思いのままに操れる。
それでも、それゆえに自由にならないもの―――――時間。
遊人に会える時間は限られ、それゆえ遊人に負担を掛けている。
遊人にはいつも寂しい思いをさせているのかもしれない。
海馬はしばらく何か考えると。
「少し待っていろ」
遊人にそう告げ部屋をあとにした。



三時間後
時計の針はすでに一時を回ってた。
海馬が部屋に戻った時には、待ちくたびれたのだろう、遊人はベッドの上で丸まって寝ていた。
待たせすぎたか。海馬はしばし逡巡し、結局起こすことにした。
「遊人」
「んっ……かいばぁ…?」
「起きろ」
眠い目こすりながら遊人。何とか起き上がり、定まらない焦点で海馬を見上げる。
海馬は寝惚けた遊人を抱き上げると、そのままテラスへ連れていった。
「なんだ?」
「少し待っていろ」
海馬はそう言って遊人を降ろすと、デュエルディスクを取り出した。
「なんだ?」
海馬が、何をしようとしているのか分からず、不安げな声を掛けてしまう。
見た所デュエルをしようとしている様でもないが……。
遊人が思いを巡らせている間にソリッドビジョンが発動した。
「これは――!!」



     それは
            ひらひらとまいおちてきた
                          しろく
        はかない
――――――――――――――――――――  ゆき!?
遊人は思わず手を伸ばした。だが、その白い物体は手をすり抜けていくばかり。
これは……
「立体映像…?」
ソリッドビジョン映写機で映し出した偽りの雪。
「触われはしないが、気分はあるだろう?」
いつのまにか後ろに立っていた海馬が遊人に優しく話し掛けた。
遊人は魅入られたように次から次へと降ってくる雪を見つめていた。
その肩をそっと抱きしめ耳元に囁く。
「冬になったら雪の降る所に連れていってやる」
「本当か!??」
「ああ、約束だ」
果たせるかどうかも分からない口約束。
それでも遊人は嬉しそうに海馬に抱きついた。
そんな海馬の気持ちだけで十分。
自分のためにここまでしてくれただけで十分。
そんな気持ちに切なく胸が痛み……
愛しい肢体を痛いぐらいに抱きしめると、
遊人もそれに抗うことなく海馬の胸に収まった。

辺りには幻の雪が降り続けるばかり。


夏に降る雪の中
二人はいつまでもその幻を見つめ続けていた。