常念岳(じょうねんだけ)    71座目

(2,857m、 長野県)


横通岳の下りから見た常念岳。眼下に常念小屋が見える。

中房温泉〜(合戦尾根)〜大天井岳〜常念岳縦走

1999年5月28日(金)

相模原400−相模湖IC−豊科IC−中房温泉・駐車場745〜1340燕山荘(泊)

 朝4時に車で家を出た。中央高速を走っていると、明けたばかりの空に富士山や鳳凰三山がシルエットになって見えた。
 さらに走って行くと甲斐駒や八ケ岳などが見えてきて嬉しくなった。

 豊科インターで降り、中房温泉を目指して147号線を信濃大町方面へ向かって行った。しかし、どうも道を間違えたらしく、田んぼの畦道を走って行く。すると、田植えが済んだばかりの田んぼの奥に残雪を抱いた常念岳が聳え立って見えた。(写真左)

「お−、常念だ!」と思わず歓声を上げながら車を止めた。安曇野の田園風景と、その上空に聳え立った常念岳が絵になった。まさに怪我の功名だった。

 中房温泉へ向かう林道からは、正面に大天井岳から餓鬼岳の稜線が立ちはだかるように見えた。久しぶりに見た残雪の稜線に、心がときめいた。

 穂高町営の有明荘を過ぎ、中房橋を渡った左側に町営の駐車場があった。3、40台は置けそうなスペースに、4台しか止まっていなかった。

 7時45分、駐車場発。
 森林の中の急登を登って行く。今日はやたらと汗が出た。最初は体調が悪いのかと心配したが、昨日降った大雨のせいで湿度が高いようだ。もう全身汗だくだった。

 水場の所で一本立てた。近くには、東京ではもうとっくに散ってしまった花水木の花が咲いていた。
 40分も歩くと、左手に白い稜線が見えて来た。残雪を抱いた大天井岳の稜線を良く見ると、大天荘が小さく見えた。久しぶりにあの稜線を歩けるかと思うと嬉しかった。

 合戦小屋からは残雪になった。急斜面の雪渓をピッケルを杖にして登って行った。


右奥が大天井岳、左が東天井岳

合戦小屋

やっと燕山荘が見えて来た。右が燕岳

 燕山荘近くなると冷たい強風にあおられた。やはり天気が崩れる前触れなのだろう。小屋が見えてもなかなか着かない。やっとたどり着いたのが13時40分頃だった。
 この小屋は、650人収容と書いてあったが、今日の宿泊者はたったの18人だった。

 15時頃になってヒョウが降って来た。屋根に当たる音がうるさかった。しかし、天気予報は一転して、「明日、明後日とも晴れ」と報じていた。明日の好天を期待しよう。

燕岳へ戻る

 5月29日(土)
燕山荘615〜845分岐〜(直登コース)〜932大天井岳〜常念小屋(泊)

 ご来光を見るため4時10分頃外へ出た。まさに360度の展望だった。まだ日の出前なので、カメラの自動シャッターは露出不足だったが、山の一つひとつがハッキリと見えた。槍ケ岳が目の前に見えた。槍がこんなに近いとは思わなかった。表銀座の稜線はもとより、裏銀座の烏帽子や野口五郎、鷲羽、水晶なども見えた。

 さらに後立山連峰の爺ケ岳の右側には、妙高、火打、黒姫などが見えた。振り向けば、富士山や八ケ岳まで見えた。
 20数年ぶりに見たアルプスに感動した。燕山荘へ来たのはこれで3回目になるが、ここからの眺望は何回見てもすばらしい。
 外の気温はマイナス1度。時々、小屋の中へ入ってストーブにあたった。

 やがて上空に青く澄んだ空が広がり、まばゆいばかりの光線が走り出した。
 空がさらに明るくなると、残雪が眩しく輝き出した。槍ケ岳の岩峰もわずかに色づいてきた。何とすばらしい朝だろうか。槍や笠ケ岳の写真を何枚も撮った。

(燕山荘前からの槍ケ岳)

 燕山荘は、燕岳を往復する人が多く、常念岳まで行くというのは私の他に1人しかいなかった。大天井岳まで往復してから下山するという人も何人かいた。

 6時15分、燕山荘発。
 常念まで行くという40代の人と一緒に小屋を出た。昨夜同部屋だったオジさんが、「こんなすばらしい所を縦走できるなんて羨ましいですね」と言いながら、途中まで送ってくれた。
 縦走路には雪は全くなかったが、念のためアイゼンはいつでも出せるようにザックの一番上に入れておいた。

 この縦走路は最高の展望だった。30年近くも前に槍ケ岳まで縦走したことがあるが、「こんなにすばらしかったかなあ……」と思った。
 槍や北鎌尾根は黒い岩肌と白い残雪が半々ぐらいで、コントラストがちょうどいい。山はこの季節が最も美しく迫力があり、生き生きとして見える。私はこの時期をあえて狙って来たのである。

 小屋を一緒に出た連れは、かなり健脚のようなので先に行ってもらった。
 大天井岳の直下にある分岐点へ8時45分に到着。ここには槍ケ岳へ向かうコースと、大天荘へ向かうコースがあるが、小屋の人から「道はカチカチに凍っているので直登コースを登るように」と言われてきた。
 その直登コースは、残雪がたっぷり詰まった両側の斜面と違い、雪のない岩と石の間に、しっかりとした踏み跡があった。

 ここの登りはきつかった。石と岩がゴロゴロした直登だった。登っている途中で、燕山荘から往復している人達と会った。そして「連れが山頂で待ってましたよ……。今下って行きましたがね……」と言われ、彼に済まないと思った。
 大天井岳の山頂へ9時32分着。

 山頂からは、足元に町営の大天荘が見えた。その小屋の脇を連れが下って行くのが見えた。彼に向かって、「ヤッホー」と大きな声を出して手を振ると、彼も気付いて手を振った。

 山頂は別天地のようだった。ここは燕山荘よりも高く、しかも、槍ケ岳にグンと近くなったので、北鎌尾根の荒々しい岩峰が手に取るように見えた。これから目指す常念岳も、やっと見えるようになった。鷲羽岳や野口五郎もよく見えた。安曇野の向こうには、八ケ岳や南アルプスが浮かんで見えた。ここはまさに360度の展望だった。


大天井岳

大天井岳からの槍ケ岳

 昔、燕山荘から槍へ行った時はこの山頂を巻いてしまったが、実にもったいないことをしたと思った。
 山頂にいた若者2人が下ってしまったので、私も早々に下り始める。大天荘はまだ閉まったままで、小屋の周りには1メートルもの残雪があった。
   200名山の大天井岳のみをご覧の方は〔200名山〕へ戻る。

 東天井岳の南斜面には残雪がたっぷりあった。そこを回り込むと、槍ケ岳へ続く東鎌尾根の縦走路がよく見えた。一度槍ケ岳へ登りたいというNさんに、このすばらしい光景を見せてあげようと思い、お土産のつもりで写真を何枚も撮った。

(写真左は東天井岳付近から見た横通岳と常念岳)

 横通岳の登りの途中で、持病の胃痛がはじまった。空腹になると痛みがひどくなるので何か腹に入れなくてはならない。今日は常念小屋まで行って、常念岳を往復して来るつもりだったが、今日中に小屋へ着けばいい、と自分に言い聞かせた。それに、やっと大きく見えてきた穂高連峰を前に、スタスタと歩いてしまってはもったいない。

 早速、道ばたに座り込んで昼食にした。食事をすると胃痛が治まった。荒治療のつもりでコーヒーを飲んだ。目の前に聳えるマッターホルンのような槍ケ岳を眺めながらのティ−タイムは最高の贅沢だった。

 ここから20分も歩かないうちに横通岳の下りになった。眼下に常念小屋が見え、目の前に常念岳が堂々とした山容で立ちはだかるように聳えていた。まるで後立山連峰の五竜岳のように、ボリュームと重量感があった。

 常念小屋は、皇太子さまも泊まったことがあるそうで、かなりきれいな小屋だった。しかも展望は抜群だった。食堂やテラスから目の前に槍ケ岳が見えた。二階には皇太子さまが食事をしたという展望レストランまであった。さっそく缶ビールを買い込んで、槍を眺めながらビールを飲んだ。最高の気分だった。

 宿泊者は50人ぐらいで、そのほとんどが一ノ沢から往復しているようだった。部屋は定員14人と書いてあるところに3人だったが、そもそも定員14人というのがかなりいい加減な数字だった。6〜7畳間ぐらいの部屋にどうやって14人が寝られるのか不思議だった。


5月30日(日)
常念小屋(泊)〜常念岳往復〜一の沢登山口−タクシー−中房温泉・駐車場

 朝、4時25分に起きると、すでに空が明るくなっていた。もう陽は昇ってしまっただろうと思いながらも、カメラを持って外へ出てみると、ちょうどご来光が昇っているところだった。オレンジ色の光線がゆっくりと走り、槍ケ岳の岩峰がオレンジ色から茜色に染まった。若い頃、セッセと通い続けた穂高連峰も、茜色に染まっていた。


小屋前から見たご来光

槍が茜色に染まっていく。

 朝食を済ませてから、水とカメラだけをサブザックに入れて、6時15分に小屋を出た。
 常念岳は石ころだらけの急登だった。上部は所々に残雪があった。その残雪を除けるように足跡が着いていた。昨夜、同部屋だった甲府から来たという2人は、「登り1時間40分かかった」と言っていたが、私は山頂までノンストップで登り、1時間と8分で登った。山頂7時23分着。

 山頂には10人位が休んでいた。ここは昨日登った大天井岳よりも展望がいい。何しろ穂高が近くに見えるのが気に入った。涸沢カールの中に涸沢小屋まで見えた。

【常念岳山頂からの展望:拡大してご覧下さい】

穂高岳

槍ケ岳

槍ケ岳をズーム

 ここからは、昨日、見た山はもちろん、乗鞍岳や白山まで見えた。北には立山、剣、針ノ木が見え、その後ろに鹿島槍が顔を出した。

 南には富士山、八ケ岳、中央アルプスなどの山々まで見えた。ここは見える山を探すより見えない山を探した方が早いくらいだった。この山頂に立った皇太子さまも、さぞかしご満悦だったに違いないと思った。

 下りは一気に駆け下り、45分で小屋へ着いた。
 下山の準備をしてから、小屋自慢の「常念坊コーヒー」を飲んだ。挽きたてでうまい!

 初めて下った一ノ沢は、「胸突き八丁」の所に雪渓があったが、そこから下は全くなかった。ここは水が豊富で有り難たかった。20分も歩けば水場があり、冷たくてうまいのでつい飲み過ぎてしまった。こんなに水に恵まれた登山道は珍しい。

 下りは2時間40分で着いた。タクシーの予約時間より30分も早く着いてしまったが、タクシーはすでに待っていてくれた。

 この後、タクシーで中房温泉の駐車場まで行き、車を回収してから町営の有明荘で温泉に入り、食事をしてから帰って来た。
        *

 山には登って楽しい山と、見て楽しい山があるが、この常念岳はその両方をそなえており、アルプスを見るには最高だと思った。穂高を見るなら蝶ケ岳、槍を見るなら常念岳に限ると思った。
 若い頃は槍だ穂高だと騒いでいたが、大天井や常念から見る槍や穂高もまた格別のものだった。マッターホルンやアイガーなどは、山頂に立たなくても(もちろん登ったことはないが)見るだけでもすばらしいものだ。

 最近はヒマラヤ・トレッキングというのが人気があるが、もし北アルプス・トレッキングをするなら、このコースに限ると思った。
 常念岳からの眺望を楽しむために、一ノ沢から一泊で来る人が多い。一ノ沢がこんなに人気があるとは知らなかった。こんどアルプスが見たくなったら、この一ノ沢を登ってみようと思った。  (平成11年)

【槍ケ岳山荘から見た常念岳】