阿寒岳からの続き
2.雌阿寒岳 (めあかんだけ、1,499m)


雨で一度も見ることが出来なかったオンネトーからの雌阿寒岳(左)と阿寒富士(右)
(写真は友人提供)

雌阿寒温泉〜雌阿寒岳〜オンネートー〜雌阿寒温泉

8月4日(火)

雌阿寒温泉・野中温泉ユースホステル510〜720雌阿寒岳735〜オンネートー〜雌阿寒温泉・野中温泉ユースホステル−帯広−羽田

 夜中に雨の音で何度も目が覚めた。

 4時になっても雨は止む気配はなかったが、100名山を目指している私としては、たとえ雨であっても雌阿寒岳は登らない訳にはいかない。屋久島で3日3晩雨に降られた思いをすれば、今日は半日も辛抱すればいい。それに荷物も少ないし、下って来ればすぐ温泉に入れる。

 野中温泉、5時10分発。野中温泉から、阿寒湖方面へ道路を100メートルほど行くと登山口があった。登山道はうっそうとしたアカエゾマツの樹林帯の中に付いていた。

 二合目からはハイマツに変わり、周りが明るくなって来た。ハイマツのトンネルを潜るように歩いて行った。

 山腹を大きくえぐった沢状の所で先客が朝食を摂っていた。我々もここで一服することにした(写真右)。水は流れていないが、大雨が降れば沢となって流れるに違いない。ここからは雲海が見えた。山頂は晴れているかも知れないと思った。

 ここからは石と砂礫の山になり、かなり上部の方まで見えるようになってきた。しかし、雨はいっこうに止まない。

 ここからSさんに先に行って貰うことにした。彼の雨具は頭の部分がないため、頭や襟元から水が身体の中へ入り込んでいる。少しでも早く行かないと風邪を引いてしまう。彼は見る見るうちに私から遠ざかって行った。

 ここは活火山だけあって、硫黄の臭いが鼻をついた。それに、活火山なので植物など生えていないかと思ったが、けっこう多い。

 この山にしか咲かないというメアカンフスマ(写真左下)やイワブクロなどが咲いていた。

 フスマという花は、ハコベに似た白くて小さい花で、鳥海山にもチョウカイフスマというのがある。鳥海山に咲くチョウカイフスマとメアカンフスマが、どこがどう違うのか素人の私には分からなかった。


メアカンフスマ

イワブクロウ

 途中で青年に追い越された。彼は雨具も着ないでサッサッと登って行った。
 高度を上げるにしたがって、雨が濃い霧に変わり、視界はいっそう利かなくなった。せいぜい70メートルぐらいだろうか。周りに人影は見えない。

 山頂近くなると、高山植物も少なくなった。それに先程から気になっていた音は、噴煙をあげる音だった。視界が悪くよく見えないが、音を聞いているだけで活火山のすごみを感じさせられた。

 山頂へ7時20分着。山頂には誰もいなかった。Sさんも、さっき私を追い越して行った青年もすでに下ってしまい、たった一人の山頂だった。
 山頂からは、期待したオンネトーも、昨日登った雄阿寒岳も見えなかった。

「雌阿寒山頂」と書かれた立派な標識を写真に撮り、15分ほど待ってみた。すると、頭上に薄く太陽が見えるようになって来た。しかし、周りの視界は依然として利かない。眼下から濃いガスが吹き上げるように流れていた。実に変な天気である。ここに1時間もいれば良くなるかも知れないと思いながらも下ることにした。7時35分下山。

 本来なら、ここから正面に阿寒富士、眼下にオンネトーが見えるはずだが、両方とも姿を見せない。本当に悔しかった。

 砂礫の中を下りながら、せめてコマクサでも咲いていないかと探したが、ついに見ることはできなかった。地元のパンフレットにはコマクサもある、と書いてあったのだが……。

 阿寒富士との分岐からは下ることに専念し、一気に駆け下りた。キャンプ場のトイレを過ぎ、登山口まで下って来ると、湖畔にテントが何張か見えた。M子さんはここでキャンプをして、昨日の朝、知床へ向かったはずだった。私達とは逆コースだが、こんな所にも知っている人が来るのかと思うと、世間は狭いものだと思った。

 ここから野中温泉まで、オンネートー(下の写真2枚)の湖畔を歩いて行った。バスの待ち時間が長す過ぎたこともあるが、ガイドブックに『ここは車で通り過ぎてはもったいない。ぜひ歩くことをおすすめする』と書いてあったからだ。

 オンネトーとは、アイヌ語で「老いた湖」という意味だそうだが、実に神秘的な湖だった。北海道の五色沼と言われているそうだが、湖面の色が変化してきれいだった。この湖面に雌阿寒岳と阿寒富士の雄姿を映す光景は、さぞかし美しいだろうと思った。せめてひと目でいいから見たかった。

 野中温泉へ着くと、Sさんがお風呂へ入る準備をしているところだった。「フロよりビールだ。ビールを飲もう!」と、勝手に缶ビールを買ってきて飲み始める。Sさんも缶ビールを買ってきた。「雄阿寒と雌阿寒の登頂祝いだ、カンパ〜イ!」
 雨と汗で下着まで濡れてしまったが、さほど寒さは感じなかった。

 深田久弥さんは、雄阿寒岳を登った後、この雌阿寒岳を登ろうとして登山口まで来たが、火山活動で入山禁止になっており、ついに登れなかったという。私達はたとえ雨の中といえども山頂に立てたのだから、それだけで満足しなくてはならない。

 ここはもう一度来たい所である。山は登らなくてもいいから、せめてオンネトーからの雌阿寒岳と阿寒富士を眺めてみたい。家族旅行かツアーでもいい。よく晴れた日に、じっくりと心ゆくまで眺めてみたいものだ。
 そんな思いを胸に、6日間の山旅は終わり、もう一度温泉に浸かって着替えてから帰路についた。
    (平成10年)