ミズバショウ紀行

 夏が〜来れば〜思い出す〜遥かな尾瀬〜遠い空 


2004花紀行 第1弾
〔車、1泊2日〕
相模原−川越IC−沼田IC−戸倉−(バス)−鳩待峠〜山の鼻〜下田代十字路(泊)〜尾瀬沼〜三平峠〜大清水−(バス)−戸倉

2004年6月5日(土)

 今年は「花の山旅」をしようと思い、7月に北海道の夕張岳と暑寒別岳、8月には北アルプスの白馬岳と雪倉岳を予定しているが、その前に、夏が近づくにつれてふと思い出した山があった。そう、尾瀬である。

 昨年、友達が「尾瀬へ行ってみたい」とつぶやいていたのを思い出した。そして、「夏が来〜れば〜思い出す〜」と口づさんでいると、30年も前に行った尾瀬のミズバショウやまだ見ぬ大江湿原のニッコウキスゲが瞼に浮かび、無性に尾瀬へ行きたくなった。

「そうだ、久しぶりに尾瀬へ行こう!」と思い立ち、さっそく仲間に声をかけてみると6名が集まった。そのほとんどが尾瀬は初めてだという。尾瀬はミズバショウが有名だが、写真で見る限り大江湿原のニッコウキスゲもまたすばらしい。

 私としてはニッコウキスゲも見たい気もしたが、初めて行く人にはやはりミズバショウだろう。そこでニッコウキスゲは別の機会に行くことにして、まずはミズバショウの最盛期である6月2週の土日に行くことに決定した。

 しかし、その後インターネットで調べてみると、ミズバショウは第2週では遅いことが分かり、第1週に変更した。私が行っていた頃は第2週が最盛期だったが、これも地球温暖化の影響だろうか。

 さらに先週、テレビで今年は雪解けが早く尾瀬のミズバショウが見頃を迎えていると報じていた。今週では少し遅いかも知れない。

 朝5時に我が家近くのコンビニまでKさんが車で迎えに来てくれた。それに乗り込んでR16号で川越ICを目指して行く。天気は快晴、絶好の登山日和である。

 途中、拝島駅でNさんを乗せ川越ICから関越道へ入る。高坂SAで2号車と合流した。2号車は予定より早く着いたこともあって1時間も待ったという。しかし、これはまだ序の口でその後もっと待たせることになってしまった。

 それは我々3人が乗った車が沼田ICを通り過ぎ、関越トンネルを潜ってしまったからである。
 谷川の手前で気づいたがもはや遅し。反対斜線へは入れない。そのまま関越トンネルを潜り湯沢ICで一旦降りて引き返した。

 そんなことがあって戸倉へは2時間近くも遅れて到着した。戸倉の駐車場で待ち合わせをしていたMさんをすっかり待たせてしまい済まないことをしてしまった。

 戸倉の駐車場はすでに満車で駐車できない状況だったらしいが、Mさんの計らいで戸倉のバス停近くにあった旅館(前泊した)の駐車場へ止めさせてもらうことが出来た。バスも待ち時間なしで乗ることができ、かなり時間を取り戻すことが出来た。

 久しぶりに鳩待峠に立った。アルプスにあるような大きな山荘(写真右)の前にはハイカーが大勢いた。
 バスやタクシー、観光バスが止まっている広い駐車場の奥に、わずかに残雪を抱いた至仏山(しぶつさん)が見えた。すべてが初めて見る風景のようで新鮮だった。

 11時ジャスト、鳩待峠を出発。
 ここは峠までバスで来てしまったので、登山口から山の鼻まで一気に下ることになる。登山口からいきなり下るというのは珍しい。

 道は下る人と登る人でいっぱいだった。さすがに一番人気の登山口だと思った。昔は大清水から登るのが一般的だったが、今や大半の人がここから入るという。楽チンで尾瀬ケ原まで行けるとあってハイカーも幼稚園児から老人までと幅広い。

 左手に見える至仏山(写真左)の残雪が、先週テレビで見た時よりも多く見えた。それに山が大きく見える。こんなに大きかったかなあ、と驚く。
 元気なオバさんから挨拶された。登って来る人はほとんどが息を切らしているのに息も切らさぬ元気なオバさんだった。

 新緑の森が美しかった。濃い緑と薄い緑が入り混じり、所々にムラサキヤシオツツジや白いオオカメノキの花が咲いていた。足元には小さなスミレやニリンソウなどがひっそりと咲いていた。途中に散りかけた山ザクラもあった。

 山の鼻に近づくようになると、バカでかいミズバショウの花があった。葉っぱは白菜よりも大きく、バケモノのようで写真も撮る気がしなかった。
 それにしても何んでこんなに大きくなるのだろうか。他の山ではこんなデカいのは見たことがないから、やはり入山者が増えて過肥になったとしか思えない。

 山の鼻へ12時頃着いた。ここで昼食。
 とにかく日差しが強くて暑い。日陰を探したがどこも先客で埋まっていた。しかたなくガンガン照りのベンチで弁当を広げる(写真左)。Mさんが冷たい缶ビールを買ってきてご馳走してくれた。それを一気に飲み干した。

 13時出発。
 ここからは尾瀬の核心部へ向かって進んで行く。強い日差しを浴びながら、広い尾瀬ケ原の木道を歩いていると、遠くからウグイスやカッコウの声が聞こえてきた。いかにも尾瀬らしく、のどかでいい。

 正面には日本百名山である燧(ひうち)ヶ岳(写真右)が遠くに見える。しかし、正面と足元だけを見て歩いてはいけない。背後にあるこれも日本百名山である至仏山の美しい山容を見のがしてはならないからだ。時々振り向いては写真を撮った。(写真左)

 上田代、中田代ともミズバショウはほとんどない。皆んなガッカリしているかも知れないが、竜宮小屋近くまで行けばミズバショウが咲く絶好のポイントがあることを私は知っている。そこまで行けばきっと歓声が上がるに違いない。

 しかし、そこは少々期待はずれだった。ミズバショウが咲き、バックに至仏山がどっしりとかまえ、30年前と変らぬ風景だったが、肝心なミズバショウの花が少なかった。いや少ないのではなく盛りを過ぎていたのだ。白い花弁がすでに黄ばんでいた。(写真左下)

 近くに咲いていた一輪の真っ白いミズバショウをアップで撮った。やっとピチピチした花を撮ることができて満足したものの、少々欲求不満が残る。

 そこから竜宮小屋へ向かう途中、右手の富士見へ行く道の奥にミズバショウの群落が見えた。さっそく休憩所へ荷物を置いて木道を進ん行くと、リュウキンカの花が黄色いジュウタンを敷いたように群落をなしていた。その奥にピチピチした真っ盛りのミズバショウの群落があった。

 そこは日当たりが悪いせいか今日開いたばかりという感じで、瑞々しく、しかも間近で見ることが出来た。手で触ることも食べることも出来た。ウソで〜す。(^^)
(写真右は水中から元気に顔を出して咲いているミズバショウ)

 皆んな思い思いに写真を撮っていた。これで皆んな満足してくれたにたに違いない。私もホッとするものがあった。


6月6日(日)

 朝4時前に起こされた。隣のツアー客の部屋と間違えられて起こされてしまったこともあるが、カッコウの鳴き声がうるさかった。普段はなかなか聞けないカッコウではあるが、眠い時に近くで鳴かれるとやかましい。

 一人静かに部屋を出て、サンダル履きで尾瀬ケ原まで出かけて行った。朝靄が立ち込める草原が幻想的だった。カメラを持って来ればよかったと思った。

 昨夜の天気予報では「今日は曇り、午後から雨」と報じていたが、まずまずの天気。陽が昇るにつれ雲の合間から青空が広がって来た。

 6時小屋を出発。
 今日は尾瀬沼を目指して行く。すがすがしい大気、濃い緑。昨日の湿原歩きとは違い今日は樹林帯の中のなだらかな木道を登って行く。尾瀬沼まで高度約300メートルを登ることになる。
 1時間ほど歩いてから休憩。しっとりと汗をかいた。渓谷の対岸には、まだわずかに雪の残骸があった。

 尾瀬沼畔にある沼尻休憩所で大休止。30年前にはこんな休憩所はなかったような気がする。軽食や飲み物があって登山者には助かる。
 ここのトイレは有料だった。私とNさんがズルして無銭小便をしようとしたら、「有料です。お金を入れて下さい」と遠くから声がかかった。誰もいないと思ったが小屋の中からしっかりと見張っている青年がいたのである。200円を箱に入れながら、彼は一日中あのように物陰に隠れて見張っているのだろうか、とつまらぬことを考えてしまった。

 ここからは燧ヶ岳の裾を巻いて長蔵小屋へ向かった。この辺は尾瀬ケ原より高度が高いので、ミズバショウが最盛期だった。木道の周りにもかなり咲いていた。しかし、もうミズバショウは充分見たのでカメラを向ける人もいなかった。「ミズバショウよ、ご馳走様・・!」。

 長蔵小屋の周りも人で賑わっていた。売店のテラスで缶コーヒーを買って飲みながら燧ヶ岳を見上げる。最高のロケーションだった。(写真右)

 尾瀬は20代の頃に何回も来ていたので、「もう行くこともあるまい」と思っていたが、こうして30数年ぶりに来てみると、懐かしいというよりもむしろ初めて見る風景のようで新鮮さと感動があった。

「やはり来て良かった」と思いながら、「今度はニッコウキスゲが咲く頃に必ず来よう!」と新たな決意を胸に、三平峠へと向かった。