明治40年の夏から42年の1月まで当時マンチェスター大学の講師であった古代植物学者のメリー・ストーブス博士が本邦へ来て、夕張、三池、其他各地の炭鉱を探り、石炭の中の石灰質のノデュールス中に化石となって存在する植物の組織を研究し、北海道から得たものに関する第一回研究報告を明治42年の夏に藤井教授と連名でロンドンのローヤル・ソサエティーに提出し、フィロンフィカル・トランサクションスのB部の第201巻に出て居るが、其内に18種の新たな古代植物を記載し、此等の新種に命名するに当り、時の濱尾東京帝国大学総長、櫻井理化大学長、松村植物園長並に東北帝国大学農科大学附属水産学科(後に北海道帝国大学附属水産専門部)教授遠藤吉三郎氏に謝意を表して、その内の4種にそれぞれ Jugloxylon Hamaoanum, Sabiocaulis Sakuraii, Cedroxylon Matsumurae, Cedroxylon Yendoi なる名称を与え,斯て此等の人々の名は学界に永遠に伝えらるる。

 以上は大正14年の9月に濱尾元総長の不時の御不幸があって、其の10月に学士会で月報に出した追悼録へ寄せたものに、些少の変更を加えたものであるが、今ここに櫻井先生の追想の辞として再び之を記して良いのであろう、著名両博士の今に健在ならるるは慶すべきであるが、名を取られた4人の方々は先生を最後として何れも故人となられたのは悲しむべきの極みである。

 但し名の中にサクライイとあったとて直ぐに先生に捧げられたものとすることは出来ない。ソヴィエットのシュミットが先生に捧げて何とかサクライと云う名を付けた魚があるとは嘗て聞いたことであり、先生に縁んでサクライイと名づけられたものは外にもあることであろうが、 Petrosavin Miyoshia−Sakuraii (Makino) ILGER 和名サクラヰサウと云うのは美濃の恵那山麓で櫻井半三郎と云う帝室博物館に関係のある人が採集した百合科の植物で、産地等の関係から三好學博士と採集者たる櫻井半三郎氏との姓を併せて結局この名が与えられたものであると、「科学」の今昭和14年の4月号にあるが如きはサクライイとあっても先生と関係の無いものの例である。

 上のストーブス女史にはなお次の著作があって、                             
Plays of Old Japan,the’No’,by Maric C.Stopes,D.Sc.,Ph.D.,F.L.S.,    
togerther with translations of the dramas, by M. C. Stopes and professor Joji Sakurai, D.Sc., LL.D., with a preface by His Excellency Baron Kato, late Japanese Ambassador.               
 先生との合作の訳文の方が主なる部分であるもので、ロンドンのザ・エクリブス・ブレッスから出版せられ、加藤元大使の序に大使のロンドンに在勤中なる1912年(大正元年)11月の日付があり、謡曲の訳されて居るのは、求塚、景清、田村、隅田川の四番で、大使は其の序の中に謡曲を欧州語に訳すことは困難で殆ど不可能とも云うべく、其の原文の意味は之を伝え得べく其の精神も或る点までは之を写し得けんも、謡曲の美をなすものである言辞の特性は之を現し得べくとも思われないのに、今ストーブス博士と櫻井教授とがこの不可能とも思われることをなさんと企てたるは勇敢というべく、而して其の成功をの著しきに対して祝意を表することを得るのは欣快とすべき所であると云って、高く其の出来ばえを讃えて居るものである。

 若しそれ先生が大学に於いて初め研究に授業に指導に講演に本邦における化学の進歩に尽瘁せられ、次で理科大学長や総長事務取扱などとして大学の進運に貢献せられ、更に帝国学士院や学術研究会議や太平洋学術会議などで内外に於ける学術や文化の発達や協調を図って、世界の学会に於ける本邦の地位を明かにするに務められ、また理化学研究所や日本学術振興会などの創立や事業で本邦に於ける学術研究の振興や研究者の幾多の便益を計られたことなどは今更改めて云うまでも無いことで、自分は日本化学会から差し上げる弔辞を起草する時、そのうちに夙に<もと>英国に学びて本邦化学教育の基を啓<ひら>きしばしば欧米に使して我国学術進歩の績を昭かにす任に最高諮問の府に在り班に碩學耆徳 <せきがくきとく>の例に冠たり既に賜杖の高寿を越え遂に華冑の栄爵を受く真に学界の泰斗として内外の瞻望<せんぼう>する所たりしに一朝ニ豎<イッチョウニジュ=病気>に犯されてにわかに不帰の客とならるまことに哀悼の至りに堪えず・・・・・・と記した。知らず先生在天の霊これを享けたまいしや否やを。

古代植物学者ストーブス博士命名

 ” Sabiocaulis Sakuraii ”
昭和14年9月25日 東京帝国大学名誉教授 松原行一 (学士会月報より)
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一部にストーブス博士の業績紹介あり<東京大学総合研究博物館 大場秀章教授>