上関町におけるボーリング調査と許可漁業・自由漁業の法律関係について

20050627 熊本一規


はじめに

山口県上関町において中国電力が6月20日から海上ボーリングなど海上での詳細調査を実施しようとし、それを阻止しようとする祝島漁協の漁民と衝突していることが報道されています。

 この衝突を法的に正しく解決するためには、ボーリング調査と漁業の法律関係を理解しなければなりません。

 以下、まず公共用物使用の法律形態をおさえ、次に、それをふまえて、ボーリング調査と漁業の法律関係を解説することにします。

1.公共用物の自由使用・許可使用・特別使用

 海面は公共用物の一種です。公共用物とは、直接に公共の福祉の維持増進を目的として、一般公衆の共同使用に供せられる物で、道路、港湾、公園、海浜、海面、河川、湖沼などがそれにあたります。公共用水面とは、公共用物のうち、河川、湖沼、海面などの水面及び水流をいいます。

 公共用物は、国又は公共団体等の行政主体によって一定の公の目的に供用されます。

 公共用物の使用には、自由使用、許可使用、特別使用の三種があります。

 @自由使用

  道路・河川・海岸等の公共用物は、本来、一般公衆の使用に供することを目的とする公共施設ですから、誰もが、他人の共同使用を妨げない限度で、その用法にしたがい、許可その他何らの行為を要せず、自由にこれを使用することができます。これを公共用物の自由使用又は一般使用といいます。

 たとえば、道路の通行、公園の散歩、海浜での海水浴などが自由使用にあたります。

 A許可使用

 公共用物の使用が、自由使用の範囲を超え、他人の共同使用を妨げたり、公共の秩序に障害を及ぼす恐れがある場合に、これを未然に防止し、又はその使用関係を調整するために、一般にはその自由な使用を制限し、特定の場合に、一定の出願に基づき、その制限を解除してその使用を許容することがあります。これを公共用物の許可使用といいます。

 たとえば、道路交通法では道路における道路工事、工作物の設置、露店・屋台の出店などが、河川法では河川区域内での工作物の新築、盛土、土地の形状変更などが許可使用とされています。

 B特別使用

 公共用物は、本来、一般公共の用に供するための施設ですから、原則として、一般公衆の自由な使用を認めるのが、公共用物本来の用法に従った普通の使用形態ですが、時として、公共用物本来の用法をこえ、特定人に特別の使用の権利を設定することがあります。これを公共用物の特別使用又は特許使用と呼んでいます。

 許可使用が単に一般的な禁止を解除し、一般的に公共用物本来の機能を害しない一時的な使用を許容するにすぎないのに対し、特許使用は、公物管理権により、公共用物に一定の施設を設けて継続的にこれを使用する権利を設定するものである点に特色があります。

  道路法・河川法などは、この意味での特許使用を、たとえば道路の占用、流水の占用等、公共用物の占用と呼んでいます。公共用物の占用関係は、特許(法律用語では「占用の許可」)という行政行為によって成立するのが普通ですが、特許の形式によらず、慣習法上の権利として成立する場合も少なくありません。

2.祝島漁民の漁業は特別使用

 他方、調査海域においては、祝島漁民によって許可漁業(まきえ釣り)、及び自由漁業(流し釣り)が営まれています。

(1) 許可漁業は利益(許可使用)から権利(特別使用)に成熟する

許可漁業は、漁業権の免許に基づく漁業ではなく、許可に基づく漁業です。この場合の「許可」も、やはり「一般的禁止の解除」であり、許可がなければ禁止されている漁業を、許可により禁止を解除して可能にするのです。したがって、許可がなされて開始された許可漁業は、当初は「水面の許可使用」にあたります。

 しかし、許可がなされた当初は、許可漁業は許可使用であり、またそれは権利ではなく単なる利益にすぎないものの、それが長年の間継続して営まれ、社会通念上権利と認められるまでに成熟した場合には、その実態(慣習)に基づいて「慣習上の権利」になります。そのことは、「公共用地の取得の伴う損失補償基準要綱」第2条第5項「この要綱において『権利』とは、社会通念上権利と認められる程度にまで成熟した慣習上の利益を含むものとする」の解説書(建設省監修『公共用地の取得の伴う損失補償基準要綱の解説』)において「社会通念上権利と認められる程度にまで成熟した慣習上の利益」の適例として「許可漁業あるいは自由漁業を営む実態が漁業権と同程度の地位を有する権利と認められるもの」が挙げられていることにも示されています。すなわち、許可漁業は、許可を初めて受けた当初は「許可に基づく許可使用」であり、「単なる利益」にすぎませんが、長年継続して営まれるにつれて成熟していき、社会通念上権利と認められる程度にまで成熟すると「慣習上の権利」になるのです。

(2) 自由漁業は利益(自由使用)から権利(特別使用)に成熟する

 自由漁業は、漁業権免許も許可も受けずに、自由に営める漁業です。自由漁業が水面において自由に営めるのは、水面が公共用物であり、公共用物の自由使用として自由漁業も営めるからです。流し釣りが自由漁業とされているのは、それが技術的に他人の自由使用を妨げる恐れがないからです。それに対して、技術的に他人の自由使用を妨げるような内容の漁業は許可漁業とされているのです。

 自由漁業は、それが始められた当初は「水面の自由使用」ですが、それが長年の間継続して営まれ、社会通念上権利と認められるまでに成熟した場合には、やはり、その実態(慣習)に基づいて「慣習上の権利」になります。そのことは、上掲のように、要綱2条5項の「社会通念上権利と認められる程度にまで成熟した慣習上の利益」の適例として「許可漁業あるいは自由漁業を営む実態が漁業権と同程度の地位を有する権利と認められるもの」が挙げられていることにも示されています。すなわち、自由漁業は、始められた当初は「自由使用」であり、「単なる利益」にすぎませんが、長年継続して営まれるにつれて成熟していき、社会通念上権利と認められる程度にまで成熟すると「慣習上の権利」になるのです。

(3)「慣習上の権利」は妨害排除請求権を持つ財産権

 慣習に基づく公共用物の使用は、特定の者による使用であるから自由使用ではなく、許可に基づく使用ではないから許可使用でもなく、したがって、特別使用であるほかありません。実際、前述のように、特別使用は、特許(「占用の許可」)という行政行為によって成立するのが普通ですが、特許の形式によらず、慣習法上の権利として成立する場合も少なくないとされています。

したがって、許可漁業・自由漁業もまた、長年継続して営まれると「慣習上の権利」になり、「特別使用」になります。だからこそ、埋立等の場合、漁業権に基づく漁業のみならず、許可漁業・自由漁業に対しても補償がなされるのです。それが誕生したばかりで「単なる利益」にすぎず、また「許可使用」や「自由使用」に過ぎないならば、補償は必要ないのです。そのことは、『公共用地の取得の伴う損失補償基準要綱の解説』にも「慣習上認められた利益に対する補償」について「社会通念上権利と認められる程度にまで成熟した流木権などは補償すべきであるが、単なる利益まで補償することは妥当ではない」(18頁)と述べられています。

「慣習上の権利」は、私法学者の私権説によれば「慣習法上の物権」とされ、公法学者の公権説によれば、「財産権的性質を有するもので、第三者がこれを侵害した場合には、民事上の妨害排除ないし損害賠償の請求をすることができる」とされています(原龍之介『公物営造物法』292、293頁)。したがって、いずれの説に基づいても、「慣習上の権利」にまで成熟した許可漁業・自由漁業を営む祝島漁民は、ボーリング調査を排除できる法的根拠を持っていることになります。

また、「公共用地の取得の伴う損失補償基準要綱」は、財産権を侵害するには補償が必要であるため、財産権の範囲を明確にするべく定められた要綱であり、したがって「公共用地の取得の伴う損失補償基準要綱」において「補償が必要な権利」と認められているということは、それが財産権であることを意味します。したがって、長年営まれて権利にまで成熟した許可漁業・自由漁業は財産権でもあり、それを侵害する行為は財産権の侵害にあたります。

財産権は、憲法29条1項において「財産権は、これを侵してはならない」と規定されており、それを侵害するにあたっては、予め任意交渉を通じて侵害に伴う損害に対して補償をする代わりに侵害行為に同意してもらう旨の補償契約を交わさなければなりません。補償契約を交わすことなく財産権を侵害すれば憲法29条1項違反になります。

3.ボーリング調査をするには補償契約が必要

ボーリング調査を行う中国電力は、山口県知事から「一般海域の占用」の許可を受けています。「一般海域の占用」の許可とは、山口県の「一般海域の利用に関する条例」3条に基づく許可です。「一般海域」とは、同条例で「漁港漁場整備法に基づく漁港区域や港湾法に基づく港湾区域等を除いた海域(海底の区域を含む)」である旨定義されています。

実は、この「一般海域の利用に関する条例」の背景には、明治時代に行われた内務省と大蔵省との論争があります。浜本幸生『早わかり「漁業法」全解説』13,14頁によれば、その論争は次のようです。

明治8年当時、海面の法的性質をめぐり、内務省の「官有(国の所有)説」と大蔵省の「公共用水面説」とが激しい論争を行いました。論争の結果、太政官(今で言う総理大臣)は大蔵省に軍配を挙げ、この時に海面は公共水面であることが確立されたのです。しかし、内務省側は、「海面官有説」をすべて引っ込めたわけではなく、明治23年制定の「官有地取扱規則」のなかで「官に属する公有水面」の使用は許可制とし、水面使用料を徴収することとしています。現在も、その「官有地取扱規則」を踏襲して、全国の都道府県を指導して、港湾区域や漁港区域等になっていない一般海面について、海面の占用、工作物設置等について許可制にし、海面使用料を徴収する「海面管理条例」を作らせています。

「一般海域の利用に関する条例」も、ここにいう海面管理条例にほかなりません。

海岸法では、「占用の許可」ができるのは陸上だけであり、海面における「占用の許可」はできないとされています。にもかかわらず、条例により、海岸法がその対象とする海岸保全区域の海面においても「占用の許可」が可能としていることは、「条例は法律の範囲内において制定できる」とした憲法94条に違反する疑いがあります。

仮に百歩譲って、条例による「海面占用の許可」が可能としても、知事が許可を出したからといって、それでボーリング調査ができることにはなりません。知事が中電に許可を出したというのは、知事(行政庁)と事業主体(民間企業)との間の関係、いわば公−民の関係に過ぎず、従来から海面に存在する権利と事業との関係にまで及ぶものではありません。海面に存在する権利の権利者(民間人)と事業主体(民間企業)との関係は民−民の関係であり、行政とは何の関係もなく、事業主体(民間企業)が権利者(民間人)と交渉して契約を交わすことによって初めて調整できるのです。

したがって、中電がボーリング調査を行うには、調査区域の海面において許可漁業・自由漁業を営んできた祝島漁民と補償契約を交わし、その同意を得なければなりません。補償契約を交わすことなく許可漁業・自由漁業を営む権利(財産権)を侵害すれば憲法29条1項違反になります。

4.「一般海域の占用の許可」は条例違反

 そのうえ、山口県の出した「一般海域の占用の許可」は、以下に述べるように、その法的根拠とされている「一般海域の利用に関する条例」にも違反しています。

「一般海域の利用に関する条例」では、5条において「『公衆の一般海域の利用に著しい支障が生じないものであること』という基準に適合しないものについては、3条の許可をしてはならない」と規定されています。「一般海域の占用の許可」は、自由使用を著しく侵害する場合においてさえ禁じられているのです。したがって、自由使用の利益よりもはるかに強力な特別使用の権利である「慣習上の権利」を侵害するような場合に「一般海域の占用の許可」ができるはずはありません。つまり、祝島漁民の「慣習上の権利」を侵害するような本件の「一般海域の占用の許可」は、条例自体にも違反しているのです。

 中電は、共同漁業権管理委員会(第107号共同漁業権を共有している8漁協からなる委員会)における多数決で許可漁業者の同意を得たと主張しているようですが、許可漁業者の同意は、許可漁業を営む漁業者から取らなければならず、共同漁業権管理委員会が許可漁業者から委任状を取っていない限り、許可漁業を営む権利の侵害に関し、共同漁業権管理委員会には何の権限もありません。自由漁業についても、全く同様に、自由漁業を営む漁民から同意を取らない限り、その権利の侵害はできません。

許可漁業や自由漁業の権利者の同意は、それらを営む漁業者から得なければならないことは、漁業や埋立に関する行政に携わるものにとって常識に属することであり、それを無視している中電を山口県漁政課が容認していることは、全く理解に苦しむことです。

結 論

以上のように、中国電力は、「一般海域の占用の許可」を得たといっても、その許可に基づいて「慣習上の権利」を侵害することはできず、許可とは全く別に、「慣習上の権利」の侵害に対して補償契約を交わさなければボーリング調査はできません。補償契約を交わすことなく、祝島漁民の「許可漁業・自由漁業を営む権利」という「慣習上の権利」を侵害している中電は、違法行為(憲法29条1項違反)を犯しています。

また、山口県の出した「一般海域の占用の許可」は「一般海域の利用に関する条例」にも違反した、違法な「許可」です。

他方、祝島漁民の海面使用は「特別使用」であり、ボーリング調査に対して「慣習上の権利」に基づいて妨害排除を請求できます。

以 上



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