レイアウト探訪記 迷!?ルポライターとJR近畿オーナーがめぐる、
JR近畿京都線の探訪記
『オーナーとウラガミ、絆は深まる』
  感動?の握手を交わした二人に水をさすかのように、ふいにオーナーの携帯電話から「鉄道唱歌」の着信メロディが鳴りだしました。
「あ、ちょっとすんませんな」
オーナーが電話を取り出し会話を始め、所在がなくなった裏紙は、駅前に出て駅舎などの写真を撮っています。
「そうか。ほな、それでいこ。ウラガミはんにはワシから伝えとくわ。うん、よろしゅう頼むな」
電話を終えたオーナーも駅舎から出てきて、裏紙に声をかけました。
「今、秘書の奇多やんから電話が入ったんやけど、ウラガミはんは今日、東京に帰りますんかな?」
「ええ、昨日乗ってきた夜行バスで今夜帰る予定ですが…」
その返事を聞いて、ニタリとオーナーは笑いました。
「やっぱりそうやったか。そやけど、行きも帰りも狭い座席の夜行バスやと疲れまっしゃろ。昨日から奇多やんに頼んで手を回してもろたから、特別に豪華寝台列車で帰ってもらいまひょか」
びっくりした裏紙は、思わずオーナーに言いました。
「えっ? それって夜中に大阪駅を出るサンライズですか? それでしたら予算がないので無理ですよ」
「いやいや、予算は心配せんでもよろしいで。それに豪華って言いましたやろ」
さらにニヤニヤした顔でオーナーは続けます。
「実はウチが京都の博物館で展示しとるトワイライトのスロネフ25の501を、大宮の鉄博のイベントで特別に展示することになりましてな。ちょうど今日から明日にかけて回送で運ぶんやけど、それでどないでっか?」
「な、な、なんと! あの超豪華スイートに乗れるんですか! で、でも、乗客を乗せたらダメなんじゃないですか?」
驚きと怪訝な表情の入り混じる裏紙の耳元に顔を寄せたオーナーはつぶやきました。
「アンタは今夜だけウチの臨時社員や。回送列車の添乗係員の一人として乗ったらタダでっせ」
ポカンと口をあけている裏紙を尻目に、またオーナーは駅舎の中に戻っていきました。カメラをバッグにしまった裏紙も、すぐあとを追って戻ります。
「オーナーには何から何までお世話になりっぱなしで申し訳ないですが、お言葉に甘えさせていただいて、それで東京に帰ることにします」
「よし、決まった。ほんなら、もうすぐ来るヤツでここを出ましょか。取材はもうこんなもんでよろしいやろ?」 
オーナーは時刻表を確認しながら、駅舎の中にいた突側と蚊鳴に声をかけました。
「おふたりさん、またいろいろと頼みますがよろしく。今日はこれで戻りますよって」
突側は蚊鳴と並んで、敬礼しながら答えます。
「いろいろとお忙しいでしょうが、頑張ってください。我々も精いっぱいの努力を致しますので」
「いつもすんませんな。そのうち3人でメシでも食って、また昔の事件解決の武勇伝を聞かせてもらいましょか」
時刻表と時計を見比べてから、笑顔のオーナーは裏紙に向き直ります。
「早めに向日水に帰らんと間に合わんかもしれまへんで。次のヤツも珍しいでっさかい、写真も撮りたなるやろし」
そう言ってさっさと駅舎を出て、踏切を渡りホームに向かって歩いていきました。

 後姿を追ってついてゆくウラガミは、何が来るのかとホームの先のほうを見回しています。やがて駅前広場の少し先にある踏切が、カンカンと鳴り始めました。その方向にオーナーは顔を向けて目を凝らしています。すると踏切のさらに先に見えるトンネルポータルから顔をのぞかせたのは、赤く四角い顔の機関車DD54でした。
「よしよし、調子は良さそうやな」
オーナーはそうつぶやいて目を細めました。機関車が引いてくる車輛はなんともクラシックなダブルルーフの旧客3輌ですが、車体はピカピカに磨き上げられ、ウラガミは逆に新鮮さを感じて写真を撮っています。
「どや? 調子は?  外から見てたら悪なさそうやけど…」
ホームにとまったDD54の運転席の窓に顔を近づけて、オーナーが大声で聞きました。
「おやまあ、誰かと思えばオーナーじゃないですか。いきなり大声で呼びかけられたらびっくりしますがな」
年配の運転士は顔見知りとみえて、笑いながらオーナーに答えます。
「大丈夫ですよ。このぐらいの編成やったら上り坂も問題なく走りますわ」
運転士の返事に気をよくして、オーナーがウラガミに乗車を促します。客車に乗り込んだ二人は、空席の4人掛けボックス席に向かい合わせに陣取りました。
「あのカマは現役時代から評判の悪いカマでね。うちの技術屋さんも苦戦続きで往生して、先月やっとこさ改造が終わりましたんや」
「はぁ、本当にすごい技術陣ですね。その方々もオーナー同様、鉄道に情熱を注いでいるんでしょうね」
「ワシと同じ考えで、古い車輛でも外観以外は改造・改装で使えるようにしよりますわ。まあ、そのうちに大井川はんとは別の意味での現役で動く鉄道博物館ができまっせ」
ニコニコ顔のオーナーに比べて、なぜかウラガミは、少し真剣な表情を見せ始めました。ガタンとひと揺れした発車とともに、意を決したウラガミが話し始めます。
「実はオーナーに聞いて頂きたい話があるんです。今の私はしがないルポライターなんですが、いつかは本を書いて世に送り出し、作家として認めてもらうのが夢なんですよ」
「ほう、それで?」
ウラガミのただならぬ気配に呑み込まれて、オーナーは続きを促しました。
「昨日今日とオーナーとご一緒させていただいて、悩んでいた最初の本の内容が決まりました。このJR近畿を舞台に鉄道にかけるオーナーの熱意・愛情をぜひテーマにさせてください。お願いします」
そう言ってウラガミは深く頭を下げました。
「なんや、何事が始まるんかいなと身構えただけ損したわ。そんなもんでよければ、テーマにでも題材にでもしたらよろしいがな」
その言葉を受けて、さらに熱を帯びたウラガミが続けました。
「ありがとうございます!! 今までの経緯はもちろんのこと、新しくなるローカル線の建設記録を重ねて、開業に合わせて出したいと思うんですが」
「それは願ったり叶ったりやな。ええ宣伝にもなるし。ワシも二日間アンタと行動を共にして、信頼できるお人やと確信しましたわ。ぜひタッグを組んでやりまひょ」
満面の笑みを浮かべるウラガミにオーナーは積極的なバックアップを約束しました。

「なんか、話がまとまると腹が減ってきましたな。そう思たらそろそろ昼メシの時間やがな」
時計を見たオーナーが言うと、まさにグッドタイミングで社内販売のワゴンがやってきました。”まさかこんな列車で”と、驚くウラガミを尻目に、オーナーは呼び止めます。
「すまんけど餘部の弁当あるかいな?」
お目当ての弁当をめざとく見つけたオーナーは、ウラガミの同意も得ずにお茶とともにふたつ購入しました。
「すごいですね。普通列車のなかでもワゴンセールスをしてるんですか」
「駅によってはホームの駅弁立ち売りもやってまっせ。お客さんの中には忙しゅうて移動の車内で食事を済ませたい人もおるやろし、好き好んでこんな列車に乗る人もいてはるからね」
購入した弁当のかけ紙には、旧餘部鉄橋を渡るブルートレイン出雲があしらわれています。
「これはひょっとして、浜坂の駅前の夜寝蛇茶店が販売していた弁当じゃないですか?」
「やっぱりお分かりですな。あそこがやめるということで、ウチの飲食部門が引き継いたんですわ。ワシはこれが好物で、あの方面に行くたびに食べてますんよ」
さっさくふたを開いて食べ始めたオーナーにつられ、ウラガミも箸をつけます。
「食べながらの話で申し訳ないですけど、山陰線をテーマパーク化するとなると、架け替えられた餘部鉄橋はもったいなかったですね」
「それやがな。ほんでもワシには考えがあってね。解体した橋脚と橋げたをちょこっともろてきて保存してますんよ」
ウラガミに振られた話につい答えてしまったオーナーは、”しまった”という表情でお茶を飲んでごまかそうとします。
「ああっ、やっばりオーナーは鉄橋の復元を考えていらっしゃるんですね。こりゃまたすごいネタですよ」
「あかんあかん。これ以上しゃべったらえらいことになるがな。ここまでの話もオフレコで頼んまっせ」
弁当をパクつきながらウラガミが答えます。
「分かってますよ。大丈夫です。でもさらに完成が楽しみになってきましたね」
ふたりを乗せた列車がトンネルを抜け、右下に新線が見えてきました。その先には昨日訪れた暇崎運転所も見えています。弁当を食べ終わったウラガミは、最後の写真のつもりでバッグからカメラを取り出しました。
「そういえばウラガミはん。アンタには新聞社に勤める大学の先輩がいてはったなあ。そのお人は作家になることに対してどう言うてはりますんや?」
「舞鳥日報の多荷田センパイのことですか。よくご存じですね。あの先輩も定年間近で出版部門に異動になったので”そこから出すぞ”って催促されてます。結構せっかちな方なんで」
「そうでっか。現役記者のときから行動派で鳴らしてはったようやからね。まあ、ほんでも頼もしい存在でんな」
弁当についていたつまようじを使いながら、オーナーは言いました。
そのとき複々線の本線を、正面にパンダの顔・側面にいろいろな動物のイラストをラッピングした287系の8連がやってきました。
「ああいうラッピング車も増えてきましたね。たしか和歌山の動物園でしたっけ?」
そう言いながら素早く写真に収めたウラガミに、オーナーが言います。
「営業上、集客のためにあんなラッビングもやっとりますけどね、ホンマは原色やデビュー当時の塗装が鉄道ファンには喜ばれすますわ」
折しもそこへ反対方向から現れたのは、国鉄色の151系ボンネット車でした。

「ああいうのも、よう頑張っとるなあ。ワシも負けてられへんわ」
オーナーの言葉に、ウラガミは二度三度うなずいて答えました。
「全国の鉄道ファンのために、これからも頑張ってくださいよ。まあ、今のオーナーなら百歳ぐらいまでは充分いけるんじゃないですか?」
「そんな無茶、言わんとってや。アッハッハッハッ」
ふたりが顔を見合わせて笑っているところに、鉄道唱歌の着メロが鳴り、オーナーはあわてて携帯電話を取り出します。
「ああ、ワシや。おお、そうか、それで頼むわ。ウラガミはんにはワシから言うとくさかい。うん、ほな、のちほど」
通話を終えたオーナーはウラガミにこう言いました。
「キタやんからやけど、周りの目があるんで、添乗の作業員に見えるよう、制服を用意しとるらしいわ。まあ、タダでっさかい、それぐらいは辛抱してもらわんとね」
「私はどんな格好でも構いませんよ。あんな豪華車輛で帰れるんですから」
そんな会話を交わしているうちに、乗っている列車は市街地の高架を走って、向日水駅に近づいてきました。複々線の新線と並走するように旧線用のホームに到着し、ふたりは他の乗客に交じって降り立ちます。その姿を認めた奇多野が近づいてきました。
「ご苦労様です。秘書の奇多野と申します。いつもお世話になっております」
ウラガミと名刺を交換し終わると、奇多野はさっそく提げていた紙袋を差し出しました。
「オーナーからお聞きになったと思いますが、作業服です。たいへん申し訳ないのですが乗車中はこれでお願いします。もちろん何も作業をお願いすることはありませんので、お休み頂いて結構ですよ」
「了解致しました。お世話になってばかりで申し訳ないです」
「それと制服の下には、駅弁続きで失礼かとは思いましたが、夕食用の弁当と飲み物が入っていますので、車内でお召し上がりください」
「さすがキタやん、気が利くなあ。回送列車やさかいに定期列車に抜かれに抜かれて着くのは明日の早朝やからね」
オーナーは"あっぱれ、これぞわが秘書"という表情でニコニコしています。
「いや、これはこれは、いろいろとお気遣い頂き感謝に堪えません」
3人で回送列車の入ってくるホームに移動しながら、オーナーが尋ねました。
「あとどれぐらいで入ってくるんかいな?」
「1時間ぐらい前に暇崎を出てますから、回送列車の予定だと10分後ぐらいだと思います」
時計を見ながら奇多野が答えました。
「キタやん、ウラガミはんは信用できる人から、これからも取材に便宜を図ったってや」
「わかってますよ。オーナーが惚れ込むぐらいの方でしたら、間違いはないでしょう」
今後の取材について話を進めていると、案内の放送が回送列車の到着を告げました。やがて遠くからホイッスルが聞こえ、EF66に牽かれたスロネフ25がゆっくりと入線してきました。

 3人の目の前をEF66が通り過ぎ、続いてスロネフがぴたりと止まると、ドアを手動で開けた係員が顔を見せ、声をかけてきました。
「なんとなんと、オーナーに奇多野さんまでお見送りですか。で、今夜だけの臨時添乗員の人は?」
「ああ、すまんな。このお人や。よろしゅう頼むわ」
オーナーがウラガミを一歩前に押し出して言いました。
「ウラガミと申します。東京までよろしくお願いします」
「東京言うても尾久の基地やけど、それでよろしいか?」
「はい、もちろん構いません。なにしろタダでこんな豪華な車輛に乗せてもらえるのですから」
ニコニコしながらそう言ったウラガミに対し、係員は話し始めます。
「一応、仕事もしてもらわなあかんのでね。掃除とかやってもらいますよ。それが終わったら休んでもろても構わんですが、汚したらまずいんで、弁当食べたり仮眠のときは廊下で」
オーナーはしてやったりの顔でほほえんでいます。
「まあ、せっかくやから裏方の仕事の体験でもして、記事の参考にしなはれ。ハッハッハッ」
やられたという表情のウラガミは、笑って言いました。
「はいはい、了解致しました。作業服も貸していただいてますし、頑張りますよ」
「まあ、そんなに気張ってもらわんでも…。だいたいは終わってるんやろ?」
係員も笑いながら答えます。
「もちろんですよ。ただベッドで寝られないのはホンマですけどね。さあ、そろそろ乗ってもらえますか?」
ドアの前でウラガミはオーナーと奇多野に向かって、深々と頭を下げました。
「何から何までお世話になりっぱなしで、いくらお礼を言っても足りません。本当にありがとうございました」
軽くうなづきながらオーナーが言いました。
「記事ができたらぜひ先に見せてくださいや。それから例の本のほうも、ときどき経過報告をしてもろてな。キタやん、窓口になってくれるやろ?」
「わかってますよ、オーナー。私もいろいろとお手伝いさせてもらいます」
スロネフに乗り込んだウラガミは、ドアのステップに立って、再び頭を下げました。
「さっそく今夜から文章の構想を練って渾身の力作にいたしますので、どうぞお楽しみに。それと、これからは頻繁に連絡を取らせていただくと思いますので、お手柔らかにお願いします」
係員がドアを閉め、最後尾の室内に移動したウラガミは、キョロキョロと豪華室内を見渡してから、ホームの後方に移動したふたりに、ガラス越しに手を振っています。オーナーと奇多野がつられて手を振ると、EF66の短いホイッスルとともに動き出しました。両手を振るウラガミが見えなくなるまで見送ってから、ふたりはゆっくりと歩きだしました。
「そうそう、オーナーにお伝えしておかなければならないことがあります」
奇多野が話を始めるとやや疲れた表情でオーナーが答えました。
「面倒な話やったら。ちょっと休んでからにしてや」
「いやいや面倒ではないですよ。先ほど某テレビ局から取材とロケの要請がありました。オーナーなら絶対に飛びつきそうな話なんで…」
横に並んで歩きながら奇多野は続けます。
「何でも数年前にNHKでやった全国のJR路線乗りつぶしの旅に対抗して、全国全駅で乗り降りする旅だそうで、無人駅も含めてすべての駅を紹介するという、とんでもない企画らしいです。しかも出演は、あの咳口知宏さんなんだそうですよ」
それを聞いたオーナーの顔に満面の笑みが浮かびました。
「おお、またセッキーと仕事ができるんかいな。あのときも一緒にテレビに出て楽しかったなあ」
「飛び入りで出演して咳口さんを煙に巻いたオーナーが視聴者に好評だったんで、ぜひまた二人の掛け合いが欲しいとのことです」
当時を思い出したオーナーはがぜん足取りが軽くなり、まるでスキッブするかのような速さで階段に向かいます。
「詳しい話は事務所で聞かせてや」
そう言い残して、奇多野を置いてけぼりにして行ってしまいました。
(やはりこうなったか。まあ予想通りだな。でも、ウチのオーナーはこうでないと…)
そう思いながら、西に傾き始めた陽光が照らすホームを速足で歩き、オーナーを追いかけて奇多野も階段を駆け下りていきました。


  最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。