桜の季節から樫の栄冠を夢見る季節へと移る。しかし船長の夢見たフィールドは、桜井市の倉橋溜池であった。「池」とは言うが、一見小さめの湖に見える。周辺はしっかりとコンクリートで舗装され、河童の住処を奪うかのような、オカッパリバサーご用達の池であった。水質はクリアーだが連日の雨により増水しているようだ。私はクロールで泳ぎたい衝動にかられたがグッと抑えた。
到着と同時に飛び出したのは私である。早速堀沿いを歩きポイントを探す。最も端と思われる場所まで行き、最初の魚影を発見し、その場所で釣る事を決めた。向いには民家の犬が3匹見え、こちらを見据えながらギャンギャン鳴いている。何やらオカンムリのようだが、それに構わず見えているバスにクロステイルシャッドの3inchを与える。反応は無い。何度かアタックしてみるが、全く相手にされていないようだ。
たちまちこの場所に興味を無くし、一匹狼は皆のもとへ戻る決心をする。途中に3匹程の仲良しバスを相手にワームを与えてはみるが、やはり反応は無かった。私のスーパーウェポンはここでは通用しないのか。
皆のもとに行くと、そこはブルーギルのテリトリーであった。私のターゲットがギルに変わったのは言うまでもない。100匹釣ると公言し、ルアー投下から0.5秒で一本目をゲットするという幸先の良いスタートを見せた。それを見たhiroは、ここにNNギルFC結成の意思を固めたという。当面の目標は100匹だったが、それは時間の問題だと悟り、一気に標的を「最小ゲット」へとジャンプアップさせた。hiroはギルにも手こずり、本日の目標を「奇跡の訪れ」へと変更させたという。
ほのぼのとした朝の陽射しの中で一抹の清涼感を演出したのは船長だった。『わぉぃー』、何か抑えたようなくすみ声が私に聞こえた。それは最高の歓喜の雄叫びを内に秘め、『オレはこんな1匹ごときで大げさに歓びを表さないぜー!』といった、自分を隠したある種の屈折した心情と受け取れた。「コエビちゃん」にてバスゲットである。
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巨バスに涙する船長 |
船長が釣り上げた、3人の中で最初の1本は35cmほどの丸々太ったグッドバスであった。船長の歴史の中で最大クラスである事は間違いない。なぜなら船長の装着する偏光グラスの横からは一筋の光るものが零れ落ちていたからだ。振り向くとhiroも大粒の涙を目に溜めていた。遥か遠く桜を求めた甲斐があったと後の反省会で語った。
私はhiroにNNギルFC脱退を告げ、池沿いをさらに奥へと進んだ。そこは素晴らしくストラクチャーの豊富なフィールドが広がっていたが、バスの姿を見かける事は無かった。
そろそろこの場所にも飽きがきた為、ポイントの移動を決行した。反時計回りに400m程進んだ場所に程良い駐車場を発見し、その場所を拠点とした。数匹のバスがたむろってはいるが、私や船長の周辺にはギルとハエがまとわりついていた。hiroはテレセンジャーとの電話に夢中である。私は私のフェロモンにメロメロのハエ共にとても耐えられなくなり、常にうろうろしながらバスを求めて彷徨った。池沿いの堀を随分と歩いたが、結局1匹の魚影も見ることなくトボトボと引き返した。船長は偏光グラスの威力を最大限に発揮し、我々には見えないバスと格闘していたが、そこでも全く反応はなかった。
我々はこの警戒心たっぷりのバスフィールドに嫌気がさし、近隣する津風呂湖へ向かう事にした。青々と広がる晩春の山を越え、約30分でその湖は姿を現した。周辺で釣れる場所を詮索しながら湖沿いを走っていると、そこには小さな沼が手招きで選ばれしバサー達をおびき寄せるかのように存在した。まさに水溜りといった小さく濁った水面には巨大なバスが数匹見え隠れする。我々は恐怖の力を自らの活力に替え、ここで釣りをする事にした。
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2本目の巨バスに大満足の船長 |
私とhiroが準備で戸惑っている時、『わぉぃー』何か抑えたようなくすみ声が私に聞こえた。「コエビちゃん」にて速攻である。船長は一刀で35cmほどのグッドサイズを上げたのだ。なぜこんな泥沼化した水溜りにこのような怪物が生息しているのか不思議だった。まさにハリーポッターの世界に足を踏み入れたかのような感覚に陥った。
私はしばらく同じ場所を攻め続けたが、1回のアタリすらなく、延々とトンボの産卵を眺めるだけであった。私には茂みの陰からブッシュの中へワームを放り込む勇気が有る。混じりけの無い燃料をグツグツと沸騰させた私は、前人未到の地へブッシュマンへと変身した姿で侵入した。そこには、この沼のヌシであろう巨大な影が見える。茂みの奥に身を隠し、その魚影の行き先に向かって静かにクロステイルを放り込む。するとヌシはあっさりとワナにはまり、一口にクロステイルを咥え込んだ。
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体側模様すら消えている黒い悪魔 |
ヌシではあるがバカでもあった。私は立ち上がり、ブッシュに巻き付けられないように丁寧にロッド操作をする。バスの背中には歴戦の死闘を物語る大きな傷が有ったが、元気満々だ。そしてランディングされたそのバスは私が釣った中でも最大級の1本だった。
その後、所期の目的地であった津風呂湖ではやる気が湧かず、聖地平群へと移動する事にした。道中、ウェポン購入の為、釣具屋を2件まわる。私は当然クロステイルシャッドを買い込み、hiroはスピニングリールと何やら奇抜な雰囲気をかもし出す白いスティック系ワームを購入していた。
hiroは相変わらずここでも釣れていない。今日のhiroはずっと私のおすすめクロステイルばかり使っていて、持ち前のhiroオリジナルリグという伝家の宝刀を封印していた。「hiroに一本を」を合言葉にサブの小池へ移動。私は船長のアドバイスに従って池の周囲を囲む草沿いを攻めると、なかなか重いアタリが数回私のロッドを折り曲げた。実際にそれを釣り上げたのは船長だった。船長本日3本目、好調をキープしている。私もその後、ノーマルに子バスをゲット。3本目である。hiroにクロステイルの効果的な使い方をレクチャーするが、この日のhiroに言うべき事は「見極めろ、相手は誰なんだ?どこにいるのか。そして何を使うんだ。」であった。そして日も暮れ、よく頑張ったと己らを慰めながらメインの池に戻った。
夕焼けが3人を包み、3つの影のうち1つの影はまだ釣りをしているように見えた。そしてさらに釣り上げているかのような幻を私の中で作っていた。いや、違う!彷徨えるhiroの魂が奇跡を呼び起こしていた!野池ツアーはコンティニューされていたのだ。30cm弱のバスを道中に購入した奇抜な雰囲気をかもし出す白いスティック系ワームにて会心の一撃を食らわしていたのだ。
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奇跡か必然か?それともイリュージョンか |
桜井の倉橋溜池で祈った奇跡の訪れがここに来て埋め合わせされたのか。いや、その伝家の宝刀は奇跡すらあざ笑うものなのか。どちらにしてもhiroは何も気付いていない。狂喜乱舞しているだけであった。
そして気持ちよく「王寺ラーメン」を食べに行き、そして各々がそれぞれの生活に戻っていく。ゆっくりと春が終わりに近づき、これから慌しく夏バスとの格闘が始まる事を感じながら、今日の1日も僅かな土産話と共に記憶から消え去るであろう。
しかしhiroの無双乱舞はこの2週間後に爆裂する事になろうとはまだ誰も気付いてはいない。そして同じ日、船長は日本記録を狙うと言い捨て七色ダムに向かったが・・・
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