TRUE LOVE ―― 祈り ――


俺の中の疑惑が大きく膨れ上がっている・・・。
俺にとって、あの人は一体・・・何だろう?
上司―?仕事仲間―?友達―?いや・・・違う!!
あの人は俺の・・・恋人――!!マリア・・・俺の願いを叶えて下さいますか?



―― 長崎・邑輝邸別荘 ――
ガチャリ・・・暗闇の中から乾いた金属音が響き、キングサイズのベッドの上で
人影が揺らいだ。
雲間から月が現れ、青白い冴えた光が暗闇の部屋の人物の顔を照らした。
端正に整った顔、漆黒に濡れた髪・・・そして何よりもその者の魅力を
際立たせているのが・・・紫水晶(アメジスト)を映しこんだような瞳――。
都筑麻斗はその整った顔に似合わない怒りの表情を浮かべていた。
「邑輝!絶対にお前だけは許さない!!1度ならず2度までも、俺の体を・・・!!
よくも・・・よくも、巽の前で俺の醜態を晒してくれたな。俺は見てられなかった――
巽のあの傷ついた瞳。そして、お前はその巽すら奪って行った・・・。俺にはわかっていた。
あいつが巽に何をしようとしたのかも・・・。絶対に許さない!!!」
都筑はベッドから降りると、寝室を出た。



リビングでは、白熱灯が数個だけつき部屋を浮き立たせている。
そこに二人の美青年が向かい合って座っていた。その間にはウェッジ・ウッドの
ダージリンティーが置かれている。一人の男が今夜、二杯目となる紅茶を
カップに注ぎながら、訊ねた。
「巽さん。貴方は本当に紅茶がお好きなようですね。
紅茶を飲む時の貴方の顔はとてもうれしそうだ・・・。」
「ええまあ・・・気分が落ち着きますからね。あなたはコーヒー豆を
色々と収集しているそうですね。」
「一般にはまだまだ知れ渡っていませんが、コーヒー豆も茶葉に
負けず劣らず豊富にありますよ。今度はコーヒーを淹れて差し上げましょう。
私のコレクションの中でも最高のものを。」
「いえ、結構です。コーヒーは好きではありませんし、まして貴方とお茶を
共にするのは、これが最初で最後ですから。」
刺々しく巽は言い放つと、カップに残った紅茶を飲み干し、前へ少し押し出した。
「気分も落ち着いた事ですし、麻斗の様子を見て来ます。」
「とうとう始めるというのですか。結構。私もこちらを片付けたら、寝室へ向かいます。」
「鍵を・・・手錠の鍵をください。麻斗にはつけたままでしょう?」
「ふっ。手錠なんてつけておいた方が扱い易いのでは?
それに、ベッドに繋がれた都筑さんなんてまた一段と、美しくありませんか??」
「馬鹿げた事を言わないで下さい。麻斗と私の間には金属製の手錠なんて必要ありませんよ。
二人の間には常に見えない鎖があるのだから。」
「相変わらずだ・・・。」
邑輝はふっと口の端に笑みを浮かべると巽に銀色の鍵を渡し、ティーセットを持ってダイニングへ行った。
巽は邑輝の言葉をさほど気にせずに寝室へ向かおうとした、その時・・・。
リビングのドアが乾いた音をたてて開いた。そして2人はそのドアに立つ人間を見て、
言葉を失った。長い沈黙そして、最初の声を発したのは巽だった。
「都・・・麻斗、どうしたんですか?」
「どうして・・・どうして征一郎が――。」
都筑は熱でも出しているかの如く、うわ言のようにつぶやいた。
「都筑さん!しっかりしてください。」
邑輝も都筑の異常に気付き、彼に触れようとした瞬間・・・都筑はその邑輝の手を
強く払い除けて、言い放った。
「この悪魔!俺に触れるな。俺だけじゃ飽き足らず、巽にまで手出ししやがって!!
それと巽!邑輝なんかと紅茶飲むなよ!!どうしたんだ・・・よ・・・。」
言葉の最後は怒りとも悲しみとも判断がつかない涙でかき消された。
「麻斗・・・すみません。あなたを泣かせるつもりでは・・・!」
と言いかけて巽は口をつぐんでしまった。自分が口にしようとした言葉が
あまりにも言い訳がましかったのと、都筑の瞳に失望の色が浮かんだ事に気付いたからだ。
そのまま巽は言いよどんでしまった。
その様子を終始、黙ってみていた邑輝は都筑に一歩近付いた。
「近付くな!そんなに俺と巽の関係を崩したいか!?巽の大好きな紅茶を淹れて、
巽を抱きこもうとしたのか?」
「確かに、貴方方2人の絆を断ち切ろうと思っていましたよ。だから、あなたを汚したし
巽さんにもそしました。でも、巽さんが言われました。あなたと巽さんの間には
『真実の愛』があると。」
「なっ・・・それって――。」
都筑は邑輝の言葉を聞いて、自分の考えていた事の愚かさを知り、部屋を飛び出した。
「麻斗!何処に行くのですか!?」
巽は飛び出して行った都筑を追いかけた。
邑輝はそんな2人の様子を黙って見て、ひとりごちた。
「私らしくありませんね。あの2人の絆を断ち切ろうと考えているのに、逆に強めてしまう事を
言ってしまった・・・。さて、巽さん。あなたは私に証明して下さいますよね。『真実の愛』を――。」
邑輝は一瞬、その瞳を閉じ祈りのようにつぶやいた。
「許してください・・・――。」



都筑はリビングを飛び出してやみくもに走った結果、邸内での自分の居場所を見失ってしまった。
「俺って・・・情けない。こんな時にまで、方向音痴になるなんて。」
都筑は脱力感に襲われ、目の前にあったドアを開けた。とにかく、隠れたかったのだ。
彼がドアを開けた部屋には綺麗なステンドグラスが窓に施されていた。
目を凝らしてみると、マリア像が置かれている。小さな教会を思わせる部屋のつくりに都筑は驚いた。
「これって・・・邑輝がクリスチャン!?まさか、あいつがそんなわけない!!」
都筑は自分の考えをすぐに否定するようにかぶりを振った。
ステンドグラスを通して差し込んでくる月光は美しく又、人間の汚れを浄化してくれるようだった。
「マリア様か・・・。俺みたいな奴には無縁の存在だな。第一、俺と巽の関係は
神様が許さないもんな。」
都筑は疲れきった表情を顔に浮かべ、ドアにもたれかかったまま座った。
「マリア・・・もし、あなたの慈悲の心が広いならば俺の事を許してくださいますか?
俺のしてきた事を・・・この罪深い男を・・・。」
都筑は祈りを捧げるように、マリア像へ告げた。そして、疲れがぶり返したのか、静かに眠りについてしまった。



都筑を追いかけていった巽は、途中でその姿を見失ってしまい、邸内の部屋をしらみつぶしに探していた。
「ここにもいない!一体、何処へ行ったんですか、麻斗。」
ふいに、脱力感に襲われ巽は廊下に座り込んでしまった。
「邑輝にあんな事を言っておきながら、見事に醜態を晒してしまった。
麻斗を早く見つけないと―――。」
ふと、視線を下に下ろした巽はドアの隙間から白い布が出ていることに気付いた。
ドアの下にある布は紛れもなく、都筑が身につけていたバスローブの裾であった。
(麻斗のバスローブが何故?もしかして、この中に!?)
巽は立ち上がるとそのドアをそっと開けてみた。ドアを開いた巽の顔をステンドグラスを通った月光が
優しく照らした。
「なんて、綺麗な光なんだ。」
その光の美しさに魅せられた巽がステンドグラスに近付こうとした時、ドアの側に倒れている都筑に気付いた。
「麻斗?どうしたんですか!?」
「ん・・・んぅ?えっ!た・・・征一郎!?」
目を覚ました都筑は目の前にいる巽に気付き、後ずさってしまった。
「どう・・・どうして、征一郎がここに?俺は隠れていたはず。」
「隠れていた?何故、そんな事をする必要が?」
「俺は・・・俺は、征一郎を信じる事ができなかった。変な勘違いをおこして勝手に怒って・・・怒鳴って・・・
えっ・・・ごめ、、、、んぅ?」
都筑の告白は途中で途切れてしまった。巽が己の唇を都筑のそれに重ねたからだ。
「うん、、、、んぅ、、、。」
一度離れようとした唇をまた捕まえ、深く深く舌を差し込む。
「んん、、、、んぅ、、、はぁ。」
唇と唇の間で熱っぽい息をはき、都筑は潤んだ瞳で巽を見上げた。
「本当に馬鹿な人ですね、貴方は。私が貴方の事をどれだけ思っているかなんて今まで、嫌というほど
教えて差し上げたでしょう?確かに、貴方が誤解しても仕方ない状況でしたけどね。
でも、私は貴方を裏切るよな事は一切してませんよ。」
「どうかしてたよ、俺。たぶん、征一郎に醜態を晒しちゃったせいかな。
そうだよね、俺はいっぱい、いっぱい征一郎に愛されてるよね?」
「そうですよ、その唇にも、その耳にも、その心にもそして、その体にも教えて差し上げましたよ。」
巽は都筑のバスローブに手を差込んだ。
「・・・んぅ、、、征一郎、、、や、やめよう?ここでは・・・。」
巽は都筑の言葉に驚き、手を止めた。
「何故ですか、麻斗?」
「ここは・・・ここはマリア様の前だよ。俺たちの関係は決して許されたものではないだろう?」
「そんな事を気にしていたのですか?構いませんよ。マリア様の慈悲の心はとても広く、深い。
私たちの関係だって祝福してくださる。
マリア――― 許してくださいますよね?」
巽はゆっくりとマリア像を見上げ、許しをねがうように十字をきった。
「大丈夫ですよ、麻斗。マリア様は私たちを祝福してくださいます。」



「やぁ、、、んん、、、、んぅ。」
冴えた月の光に包まれた部屋には物音一つ聴こえない。ただ一つ、都筑の甘い吐息を除いては。
「あん、、、んぅ、、、、ん、、、征、、、一郎、、、好き、、、、。」
「私もですよ、麻斗。貴方の事は誰よりも愛してます。」
巽はゆっくりと都筑の中へ自身をいれると、その痛みを和らげるように優しく腰を動かし始めた。
「痛っ、、、、あぁ、、、んん、、、うん、、、、。」
「少しだけ、我慢・・・してください。」
荒い呼吸と都筑の甘い声・・・。その様子を黙ってマリア像は見つめていた。
その慈愛に満ちた顔に微笑をたたえ、その足元は力強く蛇を踏みしめていた。
その昔、人間がまだこの地球で他の生物たちと同等に暮らしていた時代。
蛇は神の祝福をたくさん受けていたヒト・アダムとイヴを騙し、禁断の果実を食べさせたのだ。
その事を知った神はアダムとイヴに楽園追放令をだし、それぞれに苦痛を与えた。
アダムには働き続けるという苦痛を・・・イヴには出産するという苦痛を・・・。
そして、最後にヒトを騙した蛇には未来永劫、地を這いつづけるという苦痛を与えた。
そういう謂れがあるので、聖母マリアは悪の象徴である蛇を力強く踏みしめているのだ。
「うん、、、、んん、、、、んぅ、、、、。」
少しずつ速さを増していく巽の腰の動きに呼吸を合わせながら、都筑は快感を味わうように感じていた。
その頃には都筑自身もその体積を増し、限界まできていた。
「麻斗・・・これからも一緒にいましょうね?」
「んぅ、、、、当たり、、、、ま、、、うん、、、、。」
「貴方は可愛い人だから・・・離したく・・・ない。」
「俺、、、、だって、、、、んぅ、、、、征、、、、あぁ、、、、離さ、、、なぁ、、、んん、、、、い、、、、。」
「前にも、、、言いましたね、、、、『覚悟してください』と、、、、」
「うん、、、そん、、、な覚、、、悟なんてぇ、、、あん、、、とっく、、、にできて、、、るぅ、、、やぁ、、、。」
「そうですよ、、、ね、、、、うっ!!」
巽はその誓いを確かに聞いたというように、都筑の中で自身を解放した。
そして次の瞬間、都筑の快感も絶頂を迎え、都筑自身は巽の手の中で解放された。



「麻斗?眠ってしまいましたか。仕方ありませんね、あれだけ館内を走り回って、
私とSEXをしたのだから。ゆっくりお休みなさい。」
巽はいつのまにか、隣で寝息をたててしまっている都筑にそっとバスローブをかけた。
そして静かに瞳を上げ、終始黙って微笑を浮かべていたマリア像に語りかけた。
「神は同性愛を禁じられていましたね。それは、この罪深い行為が何も生み出さないからだ。
確かに物質的なものは何も生み出さないかもしれない、けれど、私の精神には確実に
何かが産まれました。彼の精神にもそうである事を願っている。
マリア・・・決してこの行為が許される物とは思っていない。だから、その咎はいくらでも受けよう。
しかし、彼にはその咎を与えないで欲しい。責められるべき者は私だけだから。
そして、いつまでも私たちを見つめていて欲しい。私には彼しか愛す事ができないから。
かつて、貴女に愛すべき人がいたように・・・・。
マリア――― 私の願いをききいれて下さい・・・――。」
巽はゆっくりと、しかし力強く十字を切った。そして、都筑の頭を自分の肩に寄りかからせ眠りについた。
ステンドグラスからの月光は眠りつづける二人だけを照らし出した。
暗闇の中に浮かび上がる二人の姿をマリア像は優しく見守り続けた。
まるで、我が子を寝かしつける母のような表情を浮かべて・・・――。



邑輝は邸内を歩き回って、やっと二人の姿を見つけた。二人は静かに寝息をたてていた。
邑輝はそっと二人にシーツをかけた。
「本当に貴方がたは・・・神様の前で互いの愛を確かめあったんですか?
罪深い人たちだ。そして、なんて深い愛でこの二人はつながれているのだろう。
神さえもこの二人の絆を引き裂けなかったのか・・・。私には到底、無理な事なのか?
絆を引き裂こうとすればするほど、彼らの絆は深まってく。
巽さん、貴方の証明はしっかりと受け止めました。私の答えは・・・――。」



長い冬の夜も、小鳥たちのさえずりでようやく明けようとしている。
巽はゆっくりと瞼を上げた。そして、自分たちにかけられたシーツに気付いた。
(シーツが何故?もしかして、邑輝が・・・?)
巽が思案を巡らせている所へ、ドアが開き邑輝が入ってきた。
「お目覚めですか?昨夜はよく、お眠りになったようで。」
クスッと少々意地悪な笑みを浮かべ、近くのテーブルにティーセットを置いた。
「アッサム・ティーです。朝の目覚めには良いでしょう。都筑さんは未だ眠っておられるのですか?」
「有難う、邑輝(ドクター)。それから・・・」
「そうそう、巽さん。」
巽の言葉を遮るように邑輝は言った。
「貴方との約束の答えをお伝えしましょう。私は都筑さんを諦めます。」
「えっ!?」
「貴方がたの絆はとても強い。引き裂くのは無理だとわかりました。そのかわり・・・・。
私もその絆の一員になろうと思います。」
「何を!?」
巽は己の耳を疑った。
「都筑さんと貴方の関係を引き裂かないわけですから、約束違反にはなりませんね。」
「ずる賢い・・・。」
(この男、やはり一筋縄ではいかないようだ。)
「そう、巽さん。貴方も魅力的な人ですし。」
そう言って、顔を近づけてきた邑輝を巽は突き飛ばして立ち上がった。
「邑輝(ドクター)、貴方の答えはわかりました。その言葉を忘れないように。
只、私たちの中に入るのは容易ではありませんので、悪しからず。」
不敵な笑みを口元に浮かべて、邑輝をねめつけた。
「さてと、紅茶をいただいて私たちは戻ります。登庁時間を大幅に遅れそうですけど。」
「また、遊びにいらして下さいね。」
邑輝は巽に突き飛ばされた事をさほど気にしていない様子で部屋を出て行った。



「なあ、征一郎。俺があそこにいるって、どうしてわかったの?」
邑輝低・別荘からの帰り道。霊体になって急いで帰ろうとしていた巽を都筑は
「長崎観光がしたい!!」
の一言で押し切った。
「それはですね・・・愛の力でしょうか?」
思いもよらない返答に都筑は閉口してしまった。その姿があまりにも可愛かったので、
巽は都筑の額にキスをした。
(本当はドアの隙間から貴方が布(しっぽ)を出していたのですが、黙っておきましょう。)
長崎の異国情緒ただよう雰囲気に二人は溶け込んでいった。

                                  ― THE END ―



―― あとがき ――
やっと×2、終わりましたぁ〜〜〜!!長かったです。最後の最後まで結末を作者本人まで、見当がつかなかったです。(ヲイ!)
今回は長崎が舞台だったので、絶対に「キリスト教」を絡ませようと第一章からもくろんでいたのですが・・・最終章にして
ようやく叶う。当初の予定では、アニメで邑輝先生が祈りを捧げて、ついでに涙を流された大浦天主堂を舞台にしようと考えていたのですが、
「さすがに神様のお膝元ではダメでしょう。」とSTOP命令が下りまして、先生の別荘に変更。
最終章の後半ではくどいと皆様が思われるほど、マリア様のお話を書いてしまった木精ですが、その理由はただ一つ!!
聖母マリアは私の憧れです。クリスチャンであるからとかそういう事は関係なしに(実際に、クリスチャンではありません。
よく、訊かれますけど。今のところは無宗教です。)マリア様の生涯は素晴らしいと思います。この方こそ、理想の母親像だと思います。
話の中で出てきているアダムとイヴの話とマリア像が蛇を踏みしめている話は事実です。(ただし、アダムに神様が与えた苦痛は少々、
曖昧ですが。)聖書を読む機会が多いので、これから私が書いていく小説は聖書の中の話がたくさん絡む可能性があります。
(新約聖書よりも旧約聖書のほうが好きです。物語風ですから。)
閑話休題(それはさておき)
ただいま、夏真っ盛りで木精も小説を書きながら「古典」の宿題をしてました(笑)。時に、人物のセリフが文語調になったりしました。
(もちろん、修正してあります。)そんな中、ブレイク中にとっても美味しいアイスクリームの食べ方を見つけました。
カップのアイスクリーム(バニラORチョコクッキー)をカクテルグラスかガラスの器に入れて、コーヒー、カップ3〜4分目
(ただし、ブッラクOR少々、砂糖入りで)の量をそのアイスクリームにかけます。これで、出来上がりです。
食べる直前に熱々のコーヒーをかけるのがPOINT!ちょっと不思議な味がして、美味しいですよ。お試しあれ〜〜。
それでは、次回作もお楽しみに。(未だ、予定が立ってません。)

                                           神崎 木精



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