罠
邑輝(あいつ)が君を僕の元に連れてきた時、
俺は一瞬にして、恋に落ちた。俺の黒髪よりも綺麗で
漆黒に濡れた君の髪に、触れてみたい・・・。
―― 京都・鼓鶴楼 ――
「織也?何ですか、私にいきなり電話してきて。」
邑輝は勤務中に非常識にも電話をかけてきた織也にとげとげしくたずねた。
「まあ、そんなに不機嫌な声を出すなって。ただ一つだけ教えて欲しいんだよ。」
「何ですか?」
「この前、連れて来た男の人の名前を教えて欲しい。」
「都筑さんの事ですか?都筑麻斗、100歳。私の愛する人です。」
「100歳?そうか、あいつら死神だったな。そんなに生きてるんだ、あの人。」
「織也。あなたにしては珍しいですね。そんな事を聞くなんて。しかし、どうして都筑さんの事なんて
聞くのですか?」
「別に大したことじゃない。ただ、お前も知りたくないか・・・?」
「何をですか?」
「つまりだな・・・・」
壬生織也。京都の老舗旅館、鼓鶴楼の若旦那。もっともこれは表向きの顔で、裏の世界では
高級官僚・政治家といった、いわゆる『お偉い方』連中、御用達の隠し女郎屋の総元締めを
やっている男である。邑輝とは大学時代からの友人で彼にとって、唯一心を許せる男である。
―― 召喚課・課長秘書室 ――
「都筑さん?何をにやついてるのですか?」
巽が妙な笑みを浮かべている都筑を不思議な顔で見ながらたずねた。
「別に!久々に仕事から帰ってきて、巽に会えてうれしいだけ。」
「そんな事でうれしくなれるとは、あなたも現金な人ですね・・・。」
「いいだろう!俺は巽に会えるだけでうれしいんだ!!」
「仕事が終わってから、私の家に来なさい。積もり積もる話もあるようですし。」
「やったー!俺の好きな料理をいっぱい作ってね。後、紅茶はアールグレイ!」
「あなたは私をただのコックにしか思ってないようですね。」
「そんなことないよぅ〜〜〜!」
都筑が頬を膨らませてすねている所へ密が入ってきた。
「失礼します。おい、都筑。手紙が来てたぞ。」
「有難う、密。誰から?」
「壬生・・・織也だ。誰だ?こいつ。」
「鼓鶴楼の主人ですよ。邑輝の学生時代の友人で、現、壬生家の当主です。」
う〜〜んと悩み顔の都筑に呆れた顔をしながら、巽が答えた。
「ああ、俺と決闘した男ですか。でも、この人って都筑と会った事あるのか?」
「うん、一度だけね。邑輝に皮肉を言われながら行ったよ、鼓鶴楼。
しかし、それ以来会ってないけど何の用だろ?」
都筑は密から手紙を受け取って、レターオープナーで手紙の封を切った。
「『閻魔庁召喚課・第2領域(セカンド・エリア)担当、都筑麻斗様。
邑輝一貴について、話したい事があります。ぜひ、鼓鶴楼にお越し下さい。』だって。
邑輝についてって何だろう?俺を指名するなんて意味ありげだな。」
「そうですね。壬生氏が都筑さんを指名するなんて有り得難いですね。かといって、この誘いを
断るのは角が立ちますし・・・。」
「俺も・・・俺も一緒に行きます!それなら、巽さんも安心でしょう?」
「密は来なくていい!」
「なっ!都筑!!お前を一人だけで行かせるのは危険だ。罠かもしれないんだぞ?
そんな所へ、お前を一人で行かせるわけには・・・。」
「都筑さん。黒崎君の言う通りですよ。それに死神の仕事は二人で行うのが・・・。」
「これは仕事じゃないよ!俺がただ、招待されただけだよ。大丈夫、危なかったらすぐに
連絡をとって、助けに来てもらうから。」
にっこりと笑って、都筑は言った。
巽はその笑顔を見て、大きく溜息をつき、もう何を言っても無駄だと悟った。
「仕方ありませんね。ちゃんと通信機を忘れずに持って行って下さい。」
「巽さん!そんなことを許していいのですか?課長に何と言うおつもりですか?」
「課長には、うまく言っておきます。黒崎君はまだ、知らないかもしれませんが都筑さんは、
一度言い出したら、どんな事でも諦めませんよ。特に笑顔を見せる時はね・・・。」
「密、心配しなくても大丈夫だよ。俺も馬鹿じゃないから、へまはしない。
そのかわり、助けを求めた時は助けに来てね。」
「虫のいい奴。後で後悔しても知らないからな。」
「ごめんね。我がまま言って。でも、二人で行けば相手を刺激するような気がする。
それに呼ばれているのは、俺だけだし。」
「都筑さん、気をつけて下さい。本当に危なかったら、通信機に連絡しないさい。
すぐにかけつけますから。はい、通信機。」
巽は都筑に通信機を手渡した。小さなメモ用紙と一緒に・・・。
そこには『今晩の約束がつぶれてしまい、残念です。明日にでも致しましょう。無理をしないで。』と
密の前では絶対に口に出せない巽の優しさがあった。
都筑は巽ににっこりと笑い、通信機をスーツの内ポケットにしまった。
「それじゃあ、行って来るね。密は心配しないで。巽、課長の方は宜しく頼むな。」
都筑は急いで秘書室を出て行った。
秘書室に残された密は、黙っている巽の横顔を見てたまらずに訊ねた。
「巽さんなら・・・巽さんなら止められると思っていました。あなたは都筑が大事では
ないのですか?」
「もちろん、大切ですよ。大切だからこそ、彼の意見を尊重したいと思ってます。
それに先程申した通り、彼はああ見えても頑固なんですよ。」
「巽さん、一つ訊いてもいいですか?」
「何ですか?」
「巽さんは、都筑の事を愛しているのですか?」
「黒崎君・・・知っておられたのですね、私たちの関係の事。
私は都筑さんを・・・麻斗をとても愛しています。誰よりもね。」
にっこりと笑い返した巽の顔を見て密は目を閉じた。
「愛しているのなら、都筑を守るべきだと思います。もしかしたら、邑輝がいるかもしれないんですよ。」
「黒崎君。君が思っているほど、彼は馬鹿ではありませんよ。安心してください。」
密はまだ何かを言いたげだったが、巽が課長室へ向かったので、諦めて自分のデスクへ戻った。
―― 京都・鼓鶴楼 ――
「すみませ〜ん。」
都筑はしんと静まり返っている鼓鶴楼の玄関で中へ向かって叫んだ。
「はーい。ちょっと待ってくださいね。」
中から決して若くない女性の声が聞こえてきた。
「ごめんなさい。予約のお客様の準備をしていたもので・・・。何か御用ですか?」
「大変ですね。お・・・私は、こちらのご主人の織也さんに招待されました、都筑と申します。」
「ああ、旦那様から伺っております。どうぞ、こちらへ。」
都筑は仲居に連れられて、鼓鶴楼の裏の屋敷へ向かった。
「こちらのお部屋でお待ちください。すぐに旦那様がいらっしゃいますので。」
都筑は一つの部屋に通された。部屋の中央には綺麗な茶碗が置かれ、
部屋の隅には茶釜が置かれてあった。どうもここは茶室のようだ。
「う〜〜ん、すごく高価そうな茶碗だな・・・。気をつけよう。」
都筑が茶碗から少し離れた位置に座っていると、茶室の障子が開いた。
「ようこそ、鼓鶴楼へ。本当に来てくれたんだね。」
にっこりと笑った織也が入ってきた。都筑はあわてて立ち上がり
「招待を断るのは良くないと思いまして・・・。お久しぶりです。」
「久しぶり、都筑さん。安心してくれ、邑輝はいないから。」
都筑は心の内を読んだような織也の言葉に驚いて、言葉を失った。
「さあ、座って。見ての通り、ここは茶室。お茶を点てるよ。」
織也は都筑の緊張を和らげるように言った。都筑は少し、安心して座った。
「君は、俺からの手紙に驚いただろう?一度もきっちりとは会っていない人間からの手紙・・・。
気持ち悪く思わなかった?」
「いえ、そんな事はありませんよ。俺たちはちょっとの情報でも欲しいですから。」
「邑輝の事が目当てか・・・。」
「えっ。手紙には邑輝の事で話があると・・・。もしかして、邑輝の情報は嘘!?」
「嘘だ。」
都筑は織也の返事に驚き、そして怒りが同時に込み上げてきた。
「俺は帰ります!何が目的ですか?俺たち死神が珍しいからですか?」
「落ち着けよ。真実を話すから。確かに君を呼び出すために邑輝を使ったのは事実だ。
俺は邑輝が君をここへ連れてきた時、一瞬にして心を奪われた。
いわゆる『一目ぼれ』だよ。」
「一目ぼれ・・・。俺の事が好きだと言う事か?」
「恥ずかしながら、そういう事だ。邑輝もまた、君を『愛してる』と言っていた。
君はもてるんだね。」
「やめろ・・・やめてくれ!あなたも邑輝も、よくそんな事を平気で言えるな!?
俺の気持ちなんて考えもせずに、『一目ぼれ』だとか『愛してる』とか。」
「確かに君の気持ちなんて考えてもいなかった。でも、相手の気持ちを確認する前に
自分の気持ちを伝えたいと思うのが普通だと思う。」
「普通?確かに俺も好きな人がいたから告白した。相手はその事をきっちりと受け止め、
答えてくれた。そして今、つきあっている。」
「彼の事を愛しているんだね。羨ましいな、その人が・・・。」
「これでわかったでしょう?俺はこれからもあなたや邑輝の気持ちに答えるつもりはない!
帰ります!!」
「待てよ!!俺の話はまだ、終わってないぜ。」
今まで紳士的(?)に行動していた織也がすごい勢いで都筑の腕をつかんだ。
「痛っ!離して下さい。あなたの話なんて聞きたくない!」
「座れよ。俺だって、この気持ちを伝えるためにいろいろと悩んだ。君の気持ちは
わかったけれど、俺のちょっとした想いだけでも叶えさせてもらう。」
その瞬間。織也の整った顔が都筑の顔に近付いてきて、その唇を奪った。
織也の話に聞き入っていた都筑は、突然の織也の行動に抵抗できなかった。
「んぅ、、、、は、、、、はぁ、、、、。」
簡単に都筑の口腔内に入ってきた織也の舌は都筑の舌の温度よりも少し低く、
それ故に都筑の快感を一層ひきたてた。その快感に我を忘れそうになった都筑だったが、
次の瞬間、「ガリっ」という音共に血の味が口腔内に広がった。
「んぅ、、、痛っ!」
織也が怯んだ隙に、都筑は彼の体を突き飛ばした。
「なっ・・・何をするんですか!!」
「キス・・・だよ。君の舌は少々、俺のよりも温かいね。」
悪びれもせずにそう言ってのけた織也に怒りを覚えた都筑は、
「あなたって人は・・・。俺の気持ちなんて全く、理解してないですね。」
織也は都筑に噛切られた唇からにじみ出ている血を舌で舐め取りながら、大声で笑い出した。
「邑輝!もう、いいだろう?これ以上、都筑さんをいじめても嫌われるだけだぜ。」
「邑輝!?」
都筑は信じられない名前を聞いて、一瞬、思考が止まった。
「織也、本当にあなたは悪趣味ですね。でも、都筑さん・・・。」
そんな声が聞こえると、茶室の障子が開き、邑輝が立っていた。
「上手なキスの逃げ方を教えて差し上げましょうか?相手の唇を
噛切るのは、上品ではありません。自分にも相手の血がつく。
もっとも、あなたは『血』がお好きかもしれませんが。」
「邑輝!?どういうつもりだ。『いじめる』って一体・・・。」
「これは狂言ですよ。織也がね、都筑さんの気持ちを知るには
最適の方法だって・・・。」
「狂言?騙していたという事か?」
「そういう事。俺は完璧な『ノーマル』。女性が大好きです。
君たちみたいに男を好きにはなれません。まあ、理解はできるけどな。」
「しかし、都筑さん。やはり、あなたは巽氏が好きなようですね・・・。
あれだけ、私が誘っているのに・・・、さびしいです。」
「はっ、そんな事で落ち込むようなお前じゃないだろう?誰だよ
『告られるよりも、奪う方がゾクゾクする』って言った奴は。」
「もちろん、そのつもりですよ。都筑さん、覚悟してくださいね。あなたのその美しい
紫水晶(アメジスト)の瞳を必ず捕らえてみせます。」
「俺の瞳(め)はもう、巽の姿しか見えないよ。今までも、これからも・・・。」
「ここぞとばかりに巽氏との関係を強調しますね。
という事は、あなたを奪うためには巽氏を抹殺しなければいけないようですね。」
「そんな事してみろ。俺も一緒に死んでやる。」
「後追い自殺ですか?あなたには似合わない。あなたは常に人に愛され
愛していなければいけない。」
「五月蝿い!!俺は巽以外の人間は愛さないからな。」
「ふっ。それもいつかは変わりますよ。さてと、都筑さんは早くお帰りなさい。
有能な秘書殿がこちらに来ぬうちに。」
「言われなくても、帰る!!」
「今度は、その有能な秘書殿と来てくださいね、都筑さん。」
織也は口元に微笑を浮かべながら言った。
(邑輝もそうだが、この男も心が読めない。何を考えているのか。)
都筑はそんな事を考えながら、
「絶対に来ませんよ。京都は好きですけどね。」
「残念。」
「じゃあ、帰る。邑輝、変な事するなよ。」
都筑は二人に言い残して壬生邸の茶室を去った。
その姿を見送ってから織也は言った。
「お前らしい相手だな。せいぜい右京さんに愛想つかされないようにな。」
「都筑さんが欲しいのは右京との関係とは全く別の物です。」
「あっそ・・・。茶ぁでも飲むか?点てるぞ。」
「お願いしましょうか。」
二人は織也が点てたお茶を飲みながら他愛の無い会話をした。
三日月が闇の中にたたずむ鼓鶴楼をひっそりと浮き立たせていた。
京都の寒い夜はふけていく。
―― あとがき ――
はい、今回は表のキリ番リクエストで執筆した小説です。リクエスト内容は「織也×都筑」の小説でした。
「織也×都筑」は滅多に見ませんね。というか、ほとんど今回の小説もどちらかというと
都筑が巽氏との関係を大きく主張(?)してますし、相変わらず邑輝先生は奪ってやるって
言いまくってますし。あんまり「織也×都筑」的ではありませんね・・・。反省・・・。
さて、今回の苦労話!織也の言葉遣いが難しいです。織也は「京都編」でバリバリに登場してくださった
のですが・・・。う〜〜ん、やっぱり難しい。言葉遣いが変なところがあると思いますがお許しください。
小説を読んでいてわかっておられると思いますが、今回は、☆は少ないです。ここ最近の小説は
みんな☆が多かったので木精的には少々、頭を抱える破目に。しかし、邑輝先生的
「キスの上手な逃げ方」とは一体・・・・。
後、今回はゲッターさんのお願いで真面目っぽくしない予定でした。でも、どうも真面目腐ってる
気がするのは私だけでしょうか?もうちょっと、ドッキリみたいな笑いが入った小説にすればよかった。
その際はカップリング、内容等をはっきり明記してください。お願いします。
では、次回は「TRUE LOVE」の最終章でお会いしましょう。
(はう。「TRUE LOVE」の2章は少し、壊しすぎました。)
SPECIAL THANKS 2000HIT & AKIRA
神崎 木精