凪の素描    芳賀梨花子
 
 
梅雨が明ける
青空の隙間から熱い風が吹く
素足を焼けた砂に投げ出せば
背中や肩や胸元に焼きついた記憶と
砂塵とともに行方を知らせない記憶たちが
行き来する
だから
こうやってここで
生きているだけで
焼きついていく
鮮烈になっていく
なにもかも
波の音だけでいい
砕け散って
飛沫になって
わたし
また塊になって
砕け散って
飛沫になって
わたし
くりかえして
また鮮烈になっていく
今、出会えば
忘れられない記憶になれるのかしら
素足にまとわり付いた黒い砂
寄せる波が洗う
どうせなら
なにもかもこの波がさらってくれればいい
そして明日から夏だといいのに
波が寄せる
砕け散って
飛沫になって
砂は悲しみも苦しみも喜びも
ただの泡とする
熱い風が吹いて
無残な白い肌を晒して
傷ついていく
そして砂塵は常に
行方を知らせない
肌が少し焼けたみたい
ひりひりする
波の音は過去の音
現実は確かな音がする
例えば
息子の呼び声
犬の鳴き声
遊んでいる
跳ねている
わたしを呼んでいる
その存在すら疑っていた愛は
不確かではない音となって
わたしを呼んでいる
立ち上がり砂を払った
潮が満ち始めている
それに風も止んだ
わたしは息子と子犬の名を呼ぶ
そして手を振って
おうちに帰るわよ、と言った
くりかえし言った



 
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