| 子どもと大人の市民集会 IN 茂原」報告 2002年 10月27日 「千葉県子ども人権条例」を実現する会事務局 長生地域では初めての子どもの人権をテーマにした市民の手による市民集会が10月27日開催されました。参加者は40名でしたが、業界の集会ではなく、ある組織による集会でもなく、趣味の会でもなく、“子どもの人権の実現”というテーマで市民が個人として立ち上げ、これだけの人が集まったということはとても大きな意味がありました。 参加者の中には不登校の子どもと親もいれば、障害児をもつ親、一般の小学生、中学生、中学校の先生、小学校の先生、養護施設の職員、大学生、市会議員と本当に多様な人達が集まったところにも大きな意味がありました。 参加者以外にも参加したかったけれど他の行事などで参加できなかった人たちも大勢いて、集会を実施することによって本当に子ども達の事を考え、大切にする輪ができてきたことは地域にとって大きな力になっていくと思われました。 集会の最初は代表の鎌倉さんが挨拶をされました。国際的にも国内的にも人権が軽視されるような傾向があり、身近な暮らしの中でも子どもが軽く扱われることが多く、本当に今日子供の人としての権利が大切にされなければならないことを強調されました。 そのあと、第一部は“子どもの人権ってなに”というテーマで副代表の池口が話をしました。 歴史的に観て、人権という考え方がどのように変遷してきたか、とりわけ社会の中で虐げられた人たちの側からの“正当性”=rightの要求として登場したこと。子どもという人が社会においてどのように考えられてきたか、「小さな未成熟な大人」=小さな労働力から子どもという固有の人として考えられるようになってきた経過。社会にとって都合のよい子どもと都合の悪い子どもという見方。児童権利条約までの30年の経過。子どもの権利の内容の変遷。南側世界の主たる子どもの問題(疾病、貧困、戦災、難民、栄養不良など)北側世界の主たる子どもの問題(虐待、非行、いじめ、薬物、ストレスなど)がどう条約に反映されているか。そして、世界の勝者になるために犠牲になっているのが北側に起きている問題であり、その敗者にさせられていることの問題状況が南側世界であること、を確認した。 第二部はグループディスカッションで5つのグループに分かれて行いました。グループのテーマは1、“こんな学校がいいな”2、“学校完全五日制はどう?”3、“先生や親に言いたいこと”4、“いじめってどうする?”5、“校則は必要?”。 5つのグループでは次のようなことが話されました。 第1グループ 今の学校ではみんなの心を豊かにするような文化という新鮮な空気が送り込まれていない。人権侵害の歴史が教えられていない。差別の歴史。人権を侵害される側に立った教育がなされていない。これからの学校では弱者の立場に立った見方を教えることが必要。いろんな人が、子どもも大人もごちゃごちゃいて当たり前の寄せなべ社会としての学校がよい。それから地域社会の知恵、宝が学校に生かされること、地域で生きている人の事や、地域の問題が学べる教育が良い。障害児が通うためにはエレベーターの設置や、トイレの改善も必要。看護士も必要。 第2グループ ゆとりを作るはずの制度が現実にはゆとりが出来ていない。先生たちも余裕のない状態。時間的に自由であるかどうかより、その中で子どもがどう過ごしているかが問題。社会全体に余裕がない。 親が土曜日に休みではないので、学童保育が必要。障害児がそこには入れないようでは困る。夏休みや土日が家族にとって負担とみるか、楽しめる条件とみるかそこが大切。親が子どもを思いどおりにしようとすることが問題。親にも余裕がない。学校では教師が君主になっていて、学びあいがない。子どもには色々な経験をさせてやりたい。 第3グループ 肢体不自由児を特殊学級に通わせているが、学校の都合で親に指示してくることは問題。障害児について研修をしてきた先生とは限らないので、もっとその子を理解しようとする姿勢が大切。親の意見も受け止めて、学校が責任をもって子どもをみていくのが筋。不登校児に対して、最近学校は厳しくなっている。日本の学校はお上のためのものであって、子どものためのものではないと思う。子どもはある程度自分を殺さないと学校にいけない。学校は勉強だけでなく、もっと皆で生きていく上で大切なことを身につけることが大切。生徒会で意見を出し、学校を動かすことで学校が面白くなるのでは。自分のやりたいことや自分の意見をもてるようにすることが学校の目的になる必要がある。大学では自分の意見を言わない人が多い。施設の子は施設の生活に不満が多いと思う。子どもが育ち得る環境をしっかり作ることが重要。そうすれば、子どもは自分で成長できる。子どものあるがままの姿をどう受け止めるか、が重要。人としての権利、障害についての理解、必要なサポートについて学校全体で知っておいてほしい。 第4グループ 友達の話にのれなかったり、興味が違うと、特に女の子はグループから外れる、そうするとこわい。いじめはどこにもある。職場にもあり、職員室にもある。自分よりいいものを持っているといじめられる。いじめているほうはいじめという感覚がない。いじめられているほうはそのことを表明できないのはつらい。親に言っても解決にはならない。学校はいじめに対して敏感で、もみ消す学校もある。 第5グループ 今の校則はなくてもいいようなものばかり。大人は最低限の約束事というけれど、学校の管理教育に変わりはない。携帯を持ったらなぜ駄目なのか説明してほしい。学校は校則でなぜそんな細かいところまで規制しなければならないのか。校則は破るためにあるが、一方でないと自由すぎて自分を見失う。30年以上前の生徒たちは自分たちの力で変えていくエネルギーをもっていたが、今の子はそこまでエネルギーを使わずにうまく付き合っている。校則があると管理しやすい。あっていい校則と考えるとなんにもない。外見で判断されてしまうのはいや。学校が全てではないのだが、結局型にはまった人間が生きやすいということを教え込まれている社会がある。諸悪の根源は管理教育にある。守るべきは一人一人のことであって、スカートの長さやまゆの太さといったものではない。いろんな人がいて、いろんな時間のすごし方があっていいのかな。
最後に内山和江さんがしめくくりとして、一人一人の違いを認め合って、ごちゃごちゃとともに生きていける社会を造ろうと呼びかけて集会をおわりました。 |