地震・防災・災害関連用語集

地質年代と地層

先カンブリア時代

地球史46億年は、化石として残るような生物(硬骨格生物)の出現を境にして2つに分け、古い時代を先カンブリア時代といい、新しい時代を顕生代と呼びます。顕生代は古生代、中生代、新生代に区分され、「代」は更に「紀」、「世」と細分されています。先カンブリア時代は古生代カンブリア紀の先の時代であることから、このように呼んでいますが、地球誕生期までさかのぼります。


先カンブリア時代は地球の生成期から時代順に、冥王代、始生代(太古代ともいう)、原生代に区分されます。これらの時代の年代区分と主なできごとは次の通りです。

【冥王代】
 地球生成(46億年前)から40億年前までの時代。マグマオーシャンの形成、核の形成、海洋の形成、マグマオーシャンの消滅、大陸 地殻(花崗岩)の誕生など。
 地上最古の花崗岩(アスタカ片麻岩)の年代はほぼ40億年前。


 【始生代】
 40億〜25億年前までの時代。
 強い磁場の形成(28〜27億年前)
 原核生物の出現(35億年前)、ストロマトライト(光合成バクテリア)の出現(27億年前)

 【原生代】
 25億年〜5.64億年前までの時代。
 巨大下降プルームであるスーパーコールドプルームの誕生と最初の超大陸の形成(19億年前)
 多細胞生物の出現。

 時代区分と年代は「新版 地学辞典」 地質団体研究会編集 1996年より
 主なできごとは「生命と地球の歴史」 岩波新書 1998より用語説明選択メニューに戻る



地質年代

地層の中から発見される生物化石の様相から相対的に定めた年代を地質年代といいます。地質年代は古い方から順に、先カンブリア代、古生代、中生代、新生代に大きく区分され、各々代・紀・世の順で細分化されています。例えば、新生代新第三紀中新世などと表現し、現在は新生代第四紀完新世になります。
 地質年代は絶滅による年代区分であり、地質年代の境界では代表的な生物が絶滅し、それに変わる生物が台頭することになります。
 例えば、2億5,000万年前の古生代と中生代の境界では紡錘虫やアンモナイトが絶滅しては虫類が栄え、6,600万年前の中生代と新生代の境界では恐竜が絶滅して哺乳類が台頭しました。


生物の絶滅による地質年代に元素の放射壊変から求められた放射年代を対比させた表を地質年代区分表といい、その1例を右の表(「層序と年代」 日本地質学会ヒィールドジオロジー刊行委員会 2006 から一部を抜粋編集)に示します。
 右の地質年代区分表は新生代から古生代までを紀で区分し、その境界が何億年前に当たるかが放射年代で示されています。また、新生代第四紀のみ拡大表示して世で区分して数字は万年前で表示しています。

地質年代区分表はこれまでいくつも発表されていますが、国際的に統一されるまでに至っていません。そのため、日本では最新データを使用するという暫定的処置が取られています。

地質年代と同じような用語に地質時代があります。地質時代は地質年代と同じ意味で用いる他に、地質学の対象となる過去を漠然と指す場合にも用いられます。


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放射年代

 放射性元素は放射線を放出して一定の速度で少しずつ別の元素に変化します。この現象を放射壊変といい、元素の放射壊変を利用して求められる年代を放射年代といいます。
 炭素は質量数12の12Cのほかに質量数14の14Cの同位体があります。14Cは放射性同位体で12Cに壊変します。
 14Cは光合成によって植物に、あるいは食物連鎖によって動物の骨や殻などとして取り込まれますが、取り込まれている間は生物の体内と外界との間で出入りがあるので14Cと12Cの比は一定に保たれています。死滅すると生物の体内への炭素の取り込みが停止し、遺体中の14C が一定速度で減少します。この原理を利用して遺物の14Cと12Cの比から年代を測定する方法を炭素14法といいます。
 14Cの半減期は約5.700年と放射性元素のなかでは短いことから遺跡など比較的新しい時代を対象とした時代測定に用いられています。地質の分野ではサンゴや貝化石を用いた海水準変動や火山活動に伴う熱で炭化した木片を用いて火山活動の年代測定に使用されています。
 なお、地球上のC14の生成量は時代によって微秒に変化しているため、国際基準により補正されています。
 適用可能な放射年代は同位体元素の半減期の数倍程度であるため、下の表に示すように対象物の年代範囲によって測定方法が選択されています。

年代測定法のいろいろ(地質ニュース 私の20億年 −上麻生礫岩の礫− 2000より)

方法

同位体

半減期

試料

年代範囲

K-Ar法
(カリウム-アルゴン法)

40K→40Ar

1.25×109
(12億5000万年)

雲母、角閃石、火山岩、変成岩など広範

10万年程度よりも古い年代範囲

Pb-Sr法
(ルビジウム-ストロンチウム法)

87Rb→87Sr

4.88×1010

雲母、カリ長石、深成岩、変成岩など広範

1000万年程度よりも古い年代範囲

U,Th-Pb法
(ウラン、トリウム-鉛法)

238U→206Pb
235U→207Pb
232Th→208Pb

4.47×109
7.04×108
1.40×1010

ジルコン、モナズ石、チタン石、閃ウラン鉱

1億年程度よりも古い年代範囲

14C法
(炭素14法)

14C

5730年

木片、泥炭、貝殻、骨

5万年より新しい年代範囲

 同一岩体中の異なった鉱物、異なった測定手法からは異なった年代が得られることが普通であり、ある同位体の系がどの段階で閉じたかと関係しています。系が閉じたときに同位体が時計として動き出すことから、この不一致年代を利用して貫入・固結・冷却いった岩体の形成過程を調べることが行われています。
 放射年代を解釈するにあたっては測定方法が前提条件を満足しているか、二次的な熱の影響を受けていないか、周辺環境に汚染されていないかなどの検討が必要であり、貫入・固結・冷却という地質的できごとを時間経過の中で理解することが必要だとされています。

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第四紀

地質年代は古い方から順に、先カンブリア代、古生代、中生代、新生代に大きく区分されます。新生代は第三紀と第四紀に分けられ、第四紀は約180万年前から現在までの最も新しい地質時代を指します。

第四紀は氷河時代とも呼ばれ、氷河が拡大した氷期と、氷期と氷期との間の温暖で氷河が縮小した間氷期を繰り返してきました。氷期は海水面が低下して陸地が拡大したのに対し、間氷期には海水面が上昇し、陸地内部まで海水が浸入しました。
 第四紀は最終氷期が終了して暖かくなった約1万年前を境に、それ以前の更新世とそれ以後の完新世に分けられます。完新世は最終氷期以後であることから後氷期ということもあります。時間的には更新世が第四紀のほとんどを占めています。最終氷期が終了した1万年前といえば、大量の溶岩を噴出して現在の富士山の骨格が形成された頃です。南関東での関東ローム層は、古箱根火山、箱根火山、古富士山などの更新世の活動による火山灰がほとんどであり、台地(洪積層)を特徴付ける堆積物です。

人類は第四紀より前の第三紀末に出現し、第四紀になって猿人、原人、旧人(旧石器時代)を経て、最終氷期にはわれわれ新人が出現して新石器時代に入りました。
 新人は更新世の末に出現し、完新世の過去約1万年の間に縄文から現代の文明までを築いたことになります。


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沖積層

 新生代第四紀は氷河時代とも呼ばれ、氷河が拡大した氷期と、氷期と氷期との間の温暖で氷河が縮小した間氷期を繰り返してきました。氷期は海水面が低下して陸地が拡大したのに対し、間氷期には海水面が上昇し、陸地内部まで海水が浸入しました。海水が浸入することによって新たな海水侵入域は河川によって運搬された砂や粘土が堆積することになります。
 最終氷河期の海面低下期(約2万年前の更新世末期)以降に堆積した地層を沖積層といいます。

 縄文時代早期から前期にかけては現在よりも海水面が上昇し、内陸部まで海が進入しました。これを縄文海進といいます。内陸部に浸入した海には、内湾成の堆積物が堆積しましたが、その後、海水面が低下し、海が退いた後には新しい堆積物で覆われた平坦な平野が残されました。縄文海進とその後の海退は、結果的には次の弥生時代以降の良好な米作地帯と現在の都市地盤を準備しました。この平坦で広大な平野や低地を含めて沖積層で形成されている平野を沖積平野といいます。代表的な沖積平野に海岸平野があります。
 第四紀は更新世と完新世に分けられますが、完新世(沖積世)の堆積物がこのまま沖積層に相当するわけではありません。沖積層は最終氷期以後の堆積物を指し、更新世末期および完新世の堆積物に相当します。一般には更新世末期に堆積した沖積層はそれ以後の新しい時代の沖積層に被われて地下深部に埋もれています。
 沖積平野の地表部を覆うのは特別な場合を除いて最も新しい堆積物です。

 沖積層は工学的には軟弱な地層で特徴付けられ、構造物の基礎として注意が必要な地層です。

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洪積層

 新生代第四紀に堆積した地層は洪積層と沖積層に区分れ、地形や地質の違いから両者はしばしば対比的に用いられます。第四紀末の最終氷河期の海面低下期(約2万年前の更新世末期)以降に堆積した地層を沖積層といい、それより以前の第四紀(約200万年前まで)に堆積した地層を洪積層と呼びます。

 日本の都市のほとんどは、平坦な沖積平野と傾斜の緩やかな台地に形成されています。洪積層で形成されている台地を洪積台地といい、関東での武蔵野台地、下総台地などがその例です。一方、平坦な沖積平野の下には浸食を受けた洪積層が分布していますが、沖積層によって被われて隠れています。

 南関東での関東ローム層は富士箱根火山に噴出起源をもつ火山灰が偏西風にのって堆積、風化、粘土化した特殊な土であり、洪積層の代表的な堆積物です。

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関東ローム層

 関東ローム層は第四紀の火山活動に由来する火山灰起源の地層群の総称であり、南関東では富士箱根火山に噴出起源をもつ火山灰が偏西風にのって堆積、風化、粘土化した土です。火山活動の時期の相違から新しい順に立川ローム層、武蔵野ローム層、下末吉ローム層、多摩ローム層の4層に区分されています。

 関東ローム層は特異な団粒構造で、間隙が大きいという特徴があります。団粒間の大きい間隙と団粒内の微細間隙からなっており、間隙内に貯えられる水分は非常に多いものの自由に流動しうる水分はその一部で、他は非自由水として拘束されています。したがって、関東ローム層は非常に大きな間隙を持ちながら、保水性が良いと同時に透水性も大きいという特徴を持っています。また、冬期に乾燥状態が続くと、地面の砂が強風に煽られて土ぼこりとなります。風乾されたロームが土ぼこりになりやすいのは、土粒子が細粒である他に乾燥密度が小さい(細かくて軽い)ことが主な原因です。 

 関東ローム層は見かけ以上に支持力を持っており宅地の地盤としては良好ですが、掘削などによってひとたび団粒構造が破壊されると軟質で厄介な土に変わります。

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氷期と間氷期

 地球の温度環境を大きく分けると氷河時代と無氷河時代に分けられ、氷河時代にあって氷河が拡大した時期を氷期といい、氷期と氷期との間の温暖で氷河が縮小した時期を間氷期といいます。

 新生代に入ると南極大陸が他の大陸から孤立しました。南極大陸を廻る環南極海流が成立することによって南極大陸が寒冷化し、氷河時代呼ばれる時代に入りました。氷河時代でも寒冷な氷期と比較的温暖な間氷期があり、氷期と間氷期を繰り返しながら、現在(間氷期)に至っていると考えられています。  
 最終氷期は約1万年前に終わり、現在は間氷期に相当しています。最終氷期以後の温暖化に伴って氷河が縮小し、海水準が上昇しました。この海進を縄文海進と呼んでいます。
 最終氷期とそれ以後の間氷期のおよその境界は地質の時代区分では第四紀の更新世と完新世の境界(約1万年前)に対応し、旧石器時代と新石器時代・縄文時代の境界(1万数千年前)にも対応します。したがって、縄文から現在までの文明は、最終氷期以後の温暖化とそれに伴う環境変化ともに形成されたことになります。

 氷河が発達し、地球上を覆う氷河の面積が増えると太陽からの熱エネルギーを反射しやすくなることからますます気温が低下します。氷期には大陸に厚い氷床が発達し、山地を削り広大な平野が形成される一方で、間氷期には氷が溶けて海水面が上昇します。海面の変動は、海峡・水道の断続や海岸地形の変化を引き起こし、動物の移動や植物の分布に大きな影響を及ぼしました。
 氷河によって形成される地形には、谷頭部の侵食地形のカール、岩屑よりなるモレーン(氷堆石または氷成堆積物およびその丘)などがあります。

 氷期・間氷期といった大きな気候変動は、周期的な地軸の傾きの変化に伴う太陽エネルギーの照射面の変化、太陽エネルギーの変化、太陽の黒点の増減などが考えられています。 
 太陽エネルギーは太陽のコアの中のH-Heの核融合反応によって生じるエネルギーですが、ニュートリノの観測結果により核融合反応の状態が変動していることが明らかになっています。また、太陽からの光エネルギーは太陽定数として安定しているものと考えられていましたが、光エネルギーも変動していることが知られるようになりました。
 氷期と間氷期の気候変動には2.3万年、4.1万年、10万年の周期変動が認められており、それぞれ歳差運動、地軸傾きの変化、地球公転軌道の離心率の変化に対応しています。これらの3つの働きによって、地球が受ける日射量が周期的に変化するとする説をミランコビッチ・サイクルといい、日射量の極小期と極大期が氷期と間氷期に当たるといわれています。
 氷期と間氷期のような気候変動はミランコビッチ・サイクルの影響を受けていることは確かであっても未解決の問題が残されているといわれ、二酸化炭素の濃度変化が氷期・間氷期の温度変化を増幅させたという新しい研究もあります。

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縄文海進

縄文海進(グラフ)  温暖化とともに氷河が縮小することによって海面が上昇し、陸地が海の進入(海進)を受けることになります。
 最終氷期(ウルム氷期)以後、停滞や反動を繰り返しながら温暖化に向かい、約9,000年前からの急激な海進と約6,000年前〜5,500年前の最大海進期を経て現在に至っています。
 最終氷期以後の海進を縄文海進といい、海が最も陸地内部まで侵入したのが約6,000年前〜5,500年前の縄文時代(早期末〜前期)であったことからそのように呼ばれています。
 縄文海進によって形成された堆積層が最初に東京の有楽町で調査研究されたことから、縄文海進を「有楽町海進」と呼ぶことがあります。また、完新世の海進であることから「完新世海進」、最終氷期以後の海進であることから「後氷期海進」と呼ばれることもあります。
 東京下町低地を構成する有楽町層の基底には陸上の河川によって形成された谷が埋積してます。この埋積谷の延長は東京湾底の谷(古東京川)として浦賀水道の水深100m付近の海底まで追跡できることから、最終氷期以後の縄文海進によって100m以上の海水準の上昇があったと考えられています。
 日本の大都市を形成する平野の多くは縄文海進とその後の海退によって形成された平坦面であり、その表層は最も新しい堆積物で被われています。

 氷期には閉鎖されていた日本海は縄文海進に伴う海面上昇によって津軽海峡や朝鮮海峡などに海が進入して出入り口が開かれました。海進の結果、日本列島が形成されるとともに日本海への海流の進入によって冬季の積雪に見られるような大きな環境変化がもたらされました。
 また、紀伊水道と豊後水道とがつながって現在のような瀬戸内海が形成されたのは約7,500年前(縄文時代)であるとされています。

 縄文時代の海進とその後の海退よって形成された新しい地盤は、地震時の震動の増幅や地盤の液状化、地盤沈下や不同沈下、洪水など、現在の災害と大きな関わりがあることがわかります。

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氷河時代

 地球上に大規模な氷床があった時代を氷河時代といい、氷床がなかったかあっても小規模であった時代を無氷河時代といいます。地球の歴史上では氷河時代と無氷河時代を繰り返してきました。

 中生代は温暖な気候で無氷河時代でした。中生代の無氷河時代から現在の氷河時代への移行過程には大陸の分裂が大きく関係しています。
 約2億年前には1つにまとまっていた超大陸パンゲアが分裂を始めました。約1億年前になると大陸を分け入って赤道付近にテーチス海が進入しました。テーチス海では激しい蒸発作用により塩分濃度が濃くて重たい海水が生産され、この暖かい海水がテーチス海から大洋に流れ出して深層水を形成していました。
 一方、超大陸から分裂した南極大陸は他の大陸から孤立し、約3千7百万年前になると南極大陸を巡る環南極海流が成立しました。これによって環南極海流の水温が低下するとともに南極大陸が寒冷化しました。これが氷河時代の始まりです。
 さらに、約1千5百年前になるとサモア海路の成立によって冷たく重い深層水が広大な北太平洋に流入し始め、地球は急激に寒冷化しました。

 氷河時代である現在の深層水は冷たくて重い海水であるのに対して、無氷河時代である中生代の深層水は塩分濃度が大きく暖かくて重い海水でした。重い深層水が暖かいか冷たいかで氷河時代と無氷河時代を分けるとされています。 
酸素同位体が示す気候変動 過去6千5百万年間の酸素同位体比が示す気候変動
海洋表層の変動は浮遊性有孔虫化石
底層の変動は底生有孔虫化石の分布値から得られた

 3千7百年前の環南極海流の成立と1千5百万年前のトンガ海溝とサモア海路の成立によって地球は急激に寒冷化してきた。氷河時代の現在に向かって、表層と底層の温度差が大きくなってきた。南極域では表層もこの底層の変動と同じ傾向を示す。増田(1996)


図・説明文とも
環境理学 −太陽から人まで− 野上道男編著 2006 より
出版社古今書院http://www.kokon.co.jp/

この項目は「環境理学 −太陽から人まで−」 野上道男編著 2006 を参照しました。


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