善光寺本堂に残る地震の痕

梵鐘  写真は本堂正面左隅から、梵鐘と左(西)側の回廊を望んでいます。
 本堂正面から左側回廊に曲がる角の柱には腰の高さ付近に傷があります。
 この傷は善光寺地震の大きな震動で梵鐘が外れ、梵鐘の縁が柱に斜めにぶつかった時にできた地震の痕跡です。

 これは後の人の想像ではなく善光寺地震当時の古文書に残されております。
梵鐘と本堂西側の回廊

柱の傷  写真は柱の傷のクローズアップ

 梵鐘が落下してできたといわれる柱の傷


柱の傷
本堂東向拝  本堂への入り口である向拝*は正面と東西側あわせて3箇所あります。
 *向拝 読みは「ごはい」または「はこうはい」
 本堂に入る階段にせり出したひさし部、または参詣者の礼拝するところ。
 本堂の東側の向拝柱は地震柱と呼ばれ、以前は善光寺参りの案内コースに入っていたそうです。


 向拝は本堂本体の二本の柱とせり出した位置の二本の柱(向拝柱)で支えられています。
 写真向かって左側手前の向拝柱が地震柱と呼ばれていた柱で、柱の上端は梁で固定されて変形はありませんが柱の下端はその土台(礎石)に対して外側に回転しており極端にねじれが生じています。
本堂東向拝

東向拝柱の回転状況  このねじれは善光寺地震でねじれたものとされてきましたが、実際は柱の経年変化による変形であると考えられています。

 本堂は1707年に完成していますが、1700年の出火により再建用の用材が焼けたために急いで用材を集める必要がありました。このような事情のために生木に近い用材を使用したのがねじれの原因になったと考えられています。
 円柱ならばねじれたとしても目立ちませんが、向拝柱は古来から角柱であることからねじれの現象がわかることになりました。
 なお、当時の宮大工は経年変化を予測して、左右の柱が互いに外側に回転するように用材を選択し向拝自体に変形が及ばないよう配慮されているということです。
東向拝柱(地震柱)の回転状況