「在宅訪問教育の現場から」

東京都立城南養護学校 訪問部 赫多 久美子 

大きな荷物を抱え、玄関前で腕時計をのぞき込み時刻を確認。大きく深呼吸し、「ピンポーン」っと、ベルを鳴らします。ドアが開くのを待っているのは、宅配の業者さんではありません。養護学校(特別支援学校)で在宅訪問教育を担当している教員です。

私たち在宅訪問の教員は、朝まず勤務校に出勤し、職員朝会や打ち合わせを済ませると、その日の授業に必要な教材を詰め込んだバッグを抱えて、次々に職員室を出発していきます。学校の校門を出て、ある時はてくてく歩き、ある時は自転車をこぎ、ある時は電車を乗り継いで、子どもたちの家に向かいます。そして、前述の場面となります。

ドアを開けてくださるのは、多くの場合お母様です。「こんにちは。今日は○○くんの体調はどうですか?」「寒い中、すみません。昨日は微熱があったのですが、今日は平熱だし、ゼコゼコが少なくてご機嫌です。」「それはよかった!」とか、「実は便秘気味で、お薬を使ったんですが・・まだ出ないんですよ。」「あらあら、じゃあお腹のマッサージからしましょうか。」など、授業をする部屋に向かいながらお子さんの様子を教えていただきます。

訪問教育を受けているお子さんは、身体の障害や病気の程度が重く、コンスタントに通学できない様々な事情をかかえています。学校に通学できないお子さんの家に教師が赴いて、そのご自宅で授業をする、それが在宅訪問教育のスタイルです。

家に入ってお子さんと接する前に、忘れてはならない大切なことがあります。手洗いやうがいです。外から感染性の病気を運び込んでしまったら一大事!インフルエンザや風邪がはやっている時期は、特に気を遣います。在宅のお子さんたちは体力が十分あるとはいえず、風邪から肺炎になってしまう場合も少なくありません。「自分の体調管理をしっかりする!」、「自分が感染源になってはならない!」というのは、訪問担当の教員が肝に銘じていることです。風邪を引いた教員が、感染しやすい子どもたちの家を訪問することなどは言語道断、御法度なのです。

授業は1対1で、お子さんの実態に合わせた内容で行っています。大まかな流れは決まっていても、その日のお子さんの体調によって、できることとできないことがあります。毎回、いくつかのメニューを用意しておき、臨機応変に対応できるようにしています。

本調子でなく、お薬を服用し、その副作用でお子さんが眠ったままで授業設定時間が過ぎてしまうこともあります。そういうときは、お母様のお話をじっくり伺う良い機会となります。お母様が目を潤ませて、現在直面する困難、将来への不安について切々と語られることもあります。障害の重いお子さんを在宅で介護し続けていらっしゃるお母様方には本当に頭が下がります。それは並大抵のご苦労ではないとお話を伺いながら改めて思います。教員は、そんなお母様方の相談相手となり、共に悩み、共に考え、共にお子さんの成長を喜び合う存在でありたいと願います。

さて、ここからは、この3月で高等部を卒業するM子さんのご家庭を紹介したいと思います。M子さんは、小学部入学から通学部に在籍していたのですが、体調を崩して通学が困難になったこともあり、高等部2年生から訪問部に移りました。とてもチャーミングで笑顔が素敵なお嬢さんです。

M子さんの授業では、大好きな音楽、身体の緊張をやわらげるマッサージなどの取り組みの他に、「作って誰かにプレゼント!」をする活動をたくさん取り入れました。もう一人の担任の先生と作戦会議を開き、制作過程でM子さんが楽しめる活動を取り入れるよう工夫しました。できあがったものをラッピングし、カードを添えてプレゼントします。母の日、父の日、敬老の日はもちろん、ご家族や周囲の人に喜んでもらう機会を逃さないようにしました。

経管栄養のM子さんですが、調理実習も取り組みます。香りをクンクン、ほんのちょっぴり味見も楽しめます。夏にはゼリー、秋にはスイートポテト、クリスマスにはジンジャーブレッド、バレンタインには、もちろん手作りチョコレート。お菓子作りでは、お母様にもご一緒に楽しんでいただきます。「Mちゃん、いいにおいねぇ。」「あら〜美味しそうな焼き上がり!」「かわいくラッピングできたね〜。」とにぎやかなひとときです。大学生のお姉さんも時々授業に顔を出してくれます。「ちゃんとやってる?」とお姉さんに言われて、「もちろん!」と視線で返すM子さん。姉妹の自然なやりとりがいい感じです。

お母様がにこやかに話してくださる後日談を聞くのは、私たちの喜びでもあります。お父様は「M子が作ったものは美味しいなぁ。涙がちょちょぎれちゃうよ!」と言ってくださったとか。2世帯住宅で階下にお住まいのお祖父様は、M子さんの写真入りの名刺大カードをとても気に入られて、「これがうちの孫娘ですよ。」とお友だちにご自慢されているとのこと。お祖母様も押し花の額を大事にお部屋に飾ってくださっているそうです。

 M子さんは高等部を卒業した後、週1回の施設通所をする予定です。あたたかいご家族に囲まれて、さらに新しい人との出会いを重ね、卒業後も充実した笑顔あふれる生活を送ってほしいと心から願っています。私たち教員は、これまでのつながりを大切にし、M子さんの在宅生活を今後も応援していきたいと思います。