大学の教員養成課程における「病弱教育」の講義実践例

−現場で求められる専門性と教員養成課程における教育内容の一致を目指して−

赫多 久美子

キーワード:病弱教育 教員養成 専門性




【はじめに】

 筆者は、前職で特別支援学校の病院内分教室及び在宅・病院訪問学級という病弱教育の現場で教員として勤務していた。この経験を生かし、今年度よりA大学の非常勤講師として「病弱児の指導法」の講義を担当することになった。ここでは、現場で求められている専門性につながる教員養成課程の講義内容を模索した実践を報告したい。


【専門性】
 病弱教育における専門性と教員養成については、病気についての知識、共感的態度、医療関係者との協調性等21項目を挙げた山本(2005)の調査結果をはじめ、『育療』39号で「教員養成における病弱教育」が特集される等、本学会でも度々取り上げられてきた。
 これらの先行研究をふまえ、筆者がこれまで現場で必要を実感し、特に重きをおきたい項目を挙げる。

@病気の子どもを理解し自己管理支援を適切に行うための小児保健医学の基礎的知識と新しい情報を得る情報検索及び活用能力

A守備範囲の広い教科についての十分な指導力

B病気の子どもやその家族の不安を受け止め、軽減するカウンセリング能力

C医療関係者等他職種とのコラボレーションを成立させるコーディネート能力 (以下専門性@〜Cと表記)


【講義計画】
求められる専門性を念頭に置きつつ、「病弱児の指導法」では、学生に何を学ばせ考えさせるべきか、強調するべき点は何かを整理し講義計画を作成した。実際に教員が行っている業務内容をカバーできるよう各回のテーマを決めた。専門性Aについては、基礎免許となる科目で実力をつけることが前提であるため、ここでは@BCの項目を意識した。


○講義の目的
病弱・身体虚弱児の教育に関する歴史、法令・制度、教育課程、教育内容・方法(各教科、自立活動)、自己管理支援について基本的な知識を習得するとともに、様々な病気の子どもに対する正しい理解と適切な指導や支援の仕方の基本を身につける。


○各回のテーマ(全15回)
 1  オリエンテーション 病弱児、病弱教育とは?

 2  学校教育における病弱教育の位置づけ、歴史と制度について

 3  病弱教育の場と教育形態

 4  病弱児とのコミュニケーション、ラポールの取り方

 5  特別支援学校(病弱)の教育の実際と課題

 6  院内学級の教育の実際と課題

 7  訪問学級の教育の実際と課題

 8  自立活動、自己管理支援の実際

 9  復学支援、通常学級における病弱児の支援について

 10 病弱教育におけるICT活用

 11 多職種との連携について

 12 病弱児の保護者・きょうだいの理解と接し方

 13 ターミナル期における指導・支援、グリーフケアについて

 14 病弱教育の展望と課題

 15 まとめ


【講義の実際】

 履修者は79名であり、2年生が半数以上を占めるが全学年が混在している。講義では、筆者が現場で出会った子どもたちのエピソードや作品を紹介し、テーマに関連した実際の経験をできるだけ多く話すよう心がけた。毎回、授業の最後に感想や質問等を所定の用紙に記入し提出することを求めた。この記述から、受講生の志望進路は、特別支援学校の教員、通常学校の教員、福祉分野と様々であることが分かった。また受講生の経験や興味を知ることができ、次回以降の講義内容に反映させることができた。

 初回、情報源として重要な独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所のWebサイトを紹介し、『病気の子どもの理解のために』のURLを各自のネット端末に登録するように指示した。専門性@を意識し、宿題として研究所や病弱特別支援学校、学級のサイトを検索し閲覧する等、ネット上の情報を活用する課題を出した。

 専門性Bを身につけるには、相手の立場になって、その「思い」を想像することが基本になる。場面を設定したうえで「病院のベッドにいるその子の気持ち」「自分の子どもが簡単には治らない病気であると診断されたら」等の質問を投げかけ、ワークシートに文章化、発表により共有した。また病弱児の学校生活の様子や保護者の意見、教師の関わり方の実際を学ぶためにDVDを活用した。(・難病のこどもを知る会編『知ってほしい。』/・NPO法人エスビューロー『小児がん復学ガイダンスビデオ』/・NHK『プロフェッショナル仕事の流儀 院内学級教師 副島賢和の仕事』等)

 専門性CはOJTで獲得していかなければならないが、教員が連携するべき多職種について解説し、トータル・ケアの概念とその重要性について講義した。

その他の取り組み
 ・通常学級に在籍するアレルギー疾患児について学習後、「自分が担任した場合、どのようなことに配慮したらよいか」等をテーマにしてのグループ・ディスカッション

 ・病弱児の「きょうだい」としての経験のある学生による体験談の発表

 ・横浜国立大学名誉教授 山本昌邦氏、品川区立清水台小学校 さいかち学級担任 副島賢和氏による特別講義 


【おわりに】
 提出された感想・質問を研究資料として活用することに関して受講生の承諾を得ている。これを分析し、講義内容の改善を図り今後に生かしたい。


【参考文献】 
山本昌邦(2005)特別支援教育と教員の専門性、育療、32、1-4.
日本育療学会(2007)育療、39


日本育療学会 第16回学術集会(仙台蔵王大会) 抄録原稿より(一部修正あり)

2012.08.25