よみうり教育メール コラム「情報教育最前線」 http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/top19.htm 
2001年夏に掲載された原稿です。

よみうり教育メール事務局の許可をいただいてここにupしています。
*に補足説明をいれました。

<もくじ>

 ◆高価な薬より

 ◆入院中のスキルアップ

 ◆白馬のおじさま軍団

 ◆元祖IT少女

 ◆虹の彼方に


◆高価な薬より

このコラムを読んでおられる「あなた」は「先生」ですか?もしそうでないとしても、仮に「先生」になったとして考えてみて下さい。
 自分が担任している子ども(生徒)が、病気になって入院してしまいました。2,3日ならまあいいとして、親御さんから「どうも1ヶ月以上入院しなければならないようです」と連絡が入りました。「そんなに重い病気なのかしら」 当然その間、学校は欠席です。さて、あなたはどうしますか?

 東京都立光明養護学校「そよ風分教室」は、東京都世田谷区にある国立小児病院の中に設置された「病院内学級」です。あなたの教え子はこの国立小児病院に入院したとします。

 「先生、入院先の病院に院内学級があるんです。主治医から入院が長くなりそうなので院内学級への転入をすすめられました。転校手続きをしたいんですが…」「えっ?院内学級?そんなのがあるんですか?」っと、「先生」である「あなた」はその存在すら知らないかもしれません。
 翌日、転校手続きに必要な在学証明書などを取りに来たお母さんと面談します。子どもの病気が決して軽いものではないことを知らされ、とても心配になります。それに、転校してしまうと、教え子が急に遠くに行ってしまうような気になります。

 お母さんは、教育相談を受けた時にわたされた「分教室案内」を持参していました。その表紙にそよ風分教室のURLhttp://***** が印刷されています。面談している教室にインターネットにつながる端末があれば、すぐその場でアクセスしてみるんじゃないでしょうか。

 お母さんが言います。「院内学級の先生が、『転校しても大丈夫ですよ。地元の学校とインターネットで交流できますから。担任の先生に伝えて下さい』って…soyokaze@***これがEメールアドレスだそうです。」

 病院にお見舞いに行くことを考える。当然でしょう。でも、地元からは遠く、すぐには無理かもしれません。あなたがEメールを送る環境を持っているなら、とにかく入院している教え子にメールを送ろうと思うでしょう。
 「○○さん、体の調子はどうですか?治療はつらいでしょうね。早く元気になって、退院できるよう祈っています。学校にもどって来るのを、クラスのみんなで待っています。がんばれ!土曜日にはお見舞いにいきますね」

 分教室では受信したメールをプリントアウトして、病室の子どもの元に届けます。「担任の先生からメールが来たよ!はい、これ」
 受け取った子どもの顔がパッと明るく輝きます。…大好きな先生からのお見舞いメールは、どんな高価な薬よりも効き目があるようです。

 そういう瞬間に、私は何度も立ち会いました。


* そよ風分教室は2002年3月に国立成育医療センターに移転しました。
  現在では立派な職員室や教室を持つ院内分教室となりました。
  もちろん、各教室や図書ラウンジにはインターネット常時接続のPCがあります。
  そよ風分教室の新しいURLは http://www.komei-sh.metro.tokyo.jp/soyokaze/index.htm です。


◆入院中のスキルアップ

 入院が長期になると診断された場合、主治医や病棟婦長さんから、そよ風分教室への入級すすめられます。親御さんも当人も、入院が長くなるという事態と、転校手続きをしなければならないということで、不安を抱えて分教室にやってきます。

 分教室に足を踏み入れると、自分の通っている学校とずいぶん様子が違います。それもそのはず、ここは、ナースステーションを職員室に、病室を教室に衣替えした元病棟です。

 他にも目を引くものがあります。廊下に出ているパソコンです。放課後だったりすると、子どもたちが自由に使っています。「へぇ〜パソコンがあるんだぁ」

 教室を覗くと、あそこにもあるし、ここにもある。「ずいぶんたくさんあるんですね」っと親御さん。それが常にインターネットにつながっていると知って驚かれます。

 地元の学校にもパソコンはあるはずです。でも大抵はパソコン室に置いてあるので、こうも身近ではないようです。

 小学校の低学年でも授業にパソコンを使っています。利き手の甲に点滴の針が入っていても、クリックさえできれば学習ソフトを使えます。ドラッグができればお絵かきを楽しめます。ひらがな入力で、毎日は面会に来られないお父さんにメールも送れます。

 4年生以上にはローマ字入力を教えます。PCの横に備え付けてあるクリアフォルダに入ったローマ字表を見ながら、まずは自分の名前を入力させます。

 この段階では人差し指1本入力でしょう。変換はしないで、「―」を入れてエンター・キー。これで確定を教えます。「たろうー」 そこでおもむろに、教師が両手でパチパチと素早く両手で打ち込みます。「うめぼしー」 「…センセイ、速い!」 ここで平然と「ほら、『し』のつくものは?」 子どもはこれがしりとりの始まりだと知るのです。

 「しまうま!」ローマ字表を片手に真剣にキーボードに向かいます。授業時間が終わる頃には、ローマ字もキーボードも簡単だ!っという印象を植え付けることができます。(現在まで成功率100%)

 後日ホームポジションを意識させますが、後はゲーム感覚の練習ソフトで自然に身に付きます。「熱が出たら困るから、もうあと1ラウンドでやめておきなさいよぉ」 時には制止するのが私の役割です。

 友だちに教えてもらいながらWeb検索のコツもつかんでいきます。デジカメの操作も覚えます。手話の練習ソフトで新しい歌を覚えたり、紙工作サイトから画像をダウンロードしてプリントアウトしたり、自作のCGや作文をそよ風のWebサイトに発表したり…。

 入院中、そよ風の子どもたちは、そんな風にごく自然にスキルアップしていくのです。



◆白馬のおじさま軍団

 「た〜す〜け〜て〜〜〜〜!!!」

と、かなたで叫ぶのが「美しいおひめさま」ではなく、「右往左往するおばさん」であることを知りながらも、白馬にまたがって駆けつけるごとく、インターネットの回線を通じて即座に対応してくださる「最強サポート軍団」。

 その構成メンバーは、本校のPCエキスパートの先生方や病院のインターネット委員会のドクター、そして障害児教育関連のメーリングリスト(ML)で存じ上げるようになった全国のヘビーユーザの方々等です。

 6年前、限りなく「知識ゼロ・技術ゼロ」に近い状態で、分教室のパソコン担当になってしまった私は、幾度と無く「白馬のおじさま」方に救っていただきました。初心者を襲うトラブルの嵐、四方八方ふさがって、もはやこれまでと思いきや、「SOS!」メールを発信すると、すぐに的確なアドバイスが返ってくるのでありました。

 「まあ、そう煮詰まらないで。誰でも最初は初心者です。楽しくやりましょう」と添えられたメッセージに、思わず涙が溢れてしまったことも。あの日あの時あの場面、危機的状況から救い出された体験は、枚挙にいとまがありません。

 軍団のサポートはオンラインにとどまりません。初期には、本校から決して近くはない場所から、トラブルシューティングのため度々足を運んでいただきました。

 2000年問題に戦々恐々としていた1999年の暮れには、病院のインターネット委員会のご厚意で、そよ風のWebサイトを病院のサーバの中に取り込んでいただき、無事新年を迎えることができました。

 MLでは、教育現場でコンピュータ等の機器活用を進めるにあたって、多くのヒントをいただき、また直面する様々な悩みを共有することで、精神的にも支えられています。

 全国的な研修会などの際、登録メンバーの皆さんとオフラインが実現すると話もはずみ、また新たな明日への力がわいてきます。

 おかげさまで知識も多少身に付き、最近はサポートする側に立つことも増えました。ミドルエイジの私は、「リボンの騎士」とは言い難く、せいぜい「たすき掛けのお助けおばさん」。スマートな対処はできなくても、モニターを前に困っている人の元に、すばやく駆けつけて、できる限りの助けをしたいと思います。

 受けたサポートのご恩を、だれかをサポートすることでお返しする…そうありたいと思います。



◆元祖IT少女

 件名「新しくホームページを更新したので見てください」

 単刀直入なこの件名…メールの送信者は、そよ風分教室OGの「はなちゃん」です。彼女が最初に分教室に転入してきたのは小学校4年生の時。以来、入退院を繰り返すこととなり、度々そよ風に転入手続きをとりました。

 そもそもお父様がインターネット関連のお仕事をしておられることもあり、家でもパソコンは身近な存在だったようです。海外出張中のお父さんが滞在している都市の「今日のお天気」をインターネットで調べたり、「私の理想の子ども病院」というCG付きレポートをまとめて発表したりと、そよ風「元祖IT少女」の地位に輝くネット活用ぶりでした。

 彼女はパソコンを使ってお父さんの仕事を手伝うという家庭内アルバイトも始めました。そしてそのバイト代と貯金で、ついに自分専用のパソコンを手に入れたのです。(偉い!)

 外泊中や退院後は、頻繁にメールをくれるようになりました。今日の夕飯メニューや手作りテディベアのこと、兄弟げんか&仲直りや家族でお出かけしたことなど、読んでいるとクスッとしたり、あったかい気持ちになる素敵なメールばかりです。

 私は即レスを心がけていますが、出張でモバイルはしているものの時間が無くてメールを打てない日がありました。すると…件名「先生から最近メールの返事がこなかったので、ちょっとさみしかったです」という非常にわかりやすいが長い件名のメールが…。

 「ひょえ〜〜。」慌てて「ごめん。ごめん」と宿泊先から返信を打ちました。

 やがて彼女は、自分のWebサイトを作り始めました。当初は画像がうまくリンクできなかったり、サーバへのアップに手間取ったりと苦労したようです。入院するとその作業も中断せざるを得ません。しかし、昨年、コンテストでみごと個人佳作賞を獲得しました。

 現在は、体調に合わせて自宅から地元中学校に通っています。そして彼女のサイトは、加速度的に進化発展するばかり。そのセンスと技術は、私など足下にも及びません。

 「ホームページアドレスはこちら!!」というのは、彼女のメールの結び文句。

http://www.gategroup.co.jp/hanahana/ 皆さんもアクセスして是非ご覧下さい。

 はなちゃんからの伝言:「たくさんの感想を待っています

*はなちゃんのサイトは、コラム掲載当時のURLから変更されています。



◆虹の彼方に


 魔法の筆で虹を描けることをご存知ですか?

 お絵かきソフトの定番、キッドピクスのツールの1つです。虹のアイコンを選択してキャンパス上でドラッグすると、ハープの調べと共に美しい虹が描き出されます。この虹は淳子ちゃんのお気に入りでした。

 淳子ちゃんは5年生の4月に他の病院から転院、そして分教室に転入してきました。当初は、強い副作用のある化学治療の連続で、ベッドから起きあがれない日も少なくありませんでした。でも、病室にノートパソコンを持ち込むと、キッドピクスを使ってCG(コンピュータ・グラフィックス)を描くことで気分が紛れるようでした。

 大きな外科手術、その後の大変な治療も終わって体力が戻ってくると、教室に登校して学習できるようになりました。そうなるとインターネットをフル活用です。

 休み時間になると、あるキャラクター・ファンのサイトにアクセスし、チャットルームでおしゃべりするのが大好きでした。キー入力の早いことといったら!いつの間にかほとんどタッチタイピングをマスターしていました。

 一方、数あるCG作品のいくつかは、そよ風のWebサイトにアップしていきました。遠くに住むご親戚も、しばしばアクセスして見て下さったそうです。

 ある時、淳子ちゃんの絵をとても気に入ったという他県の方から「自分のパソコンの壁紙にしていいですか?」という嬉しいメールも届きました。

 こいのぼりの絵のことでした。虹色のこいのぼりが3匹気持ちよさそうに泳いでいます。お父さんコイはパイプをくゆらせ、次に優しそうなお母さんコイ、そしてその下ににっこり安心して泳ぐ子どものコイ…これはまさしく、ほのぼのした淳子ちゃんファミリーそのもの。そして空の向こうには、お気に入りの大きな虹がかかっています。

 その淳子ちゃんが、今年3月、12年の生涯を駆け抜けて、天国に逝ってしまいました。

 「パソコンを教えてもらって、この子はホントにいろいろ楽しむことができました。いろんな方と知り合うこともできたし・・・ありがとうございました」

 担任として十分なことをしてあげられなかった私に、お母様がかけて下さった言葉です。虹の絵を眺めていると淳子ちゃんのメッセージが聞こえてきました。

 「先生、なにメソメソしてるの?しっかりしてよぉ!」

 …そうだね、淳子ちゃん、私もがんばるよ。虹の彼方で再会するのを楽しみに…。  


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