読解文法の奥義
1.NEXUS
このネクサスというのはデンマークの言語学者イェスペルセンの用語である。日本の学校英語ではネクサス関係として、SVOCのOとCの関係や、名詞構文に潜む動的な主述関係を説明する際などに導入されることが多いが、本来は語と語の静的な結合のJunctionに対立する動的な結合としてより根源的な文法関係を表す語であった。Jespersen
Philosophy of Grammarの説明をかなり粗雑に要約すると次のような内容になる。
The dog barks VS a barking dog
この一見似た意味を持つ語の組み合わせの相違は何か。前者の場合、文が完成しており、The dogを主語、barksを述語と言うのが通例であるが、前者と後者の根本的な違いは何なのか。
この両者の相違は、一方(後者)は完成しておらず、人に何らかの表現が継続することを予想させるのである。(『わかった「吠えている犬」だな。で、その犬がどうしたんだ?』というように)。これに対し、前者のほうは完成しており、語と語が結びついて全体を構成している。後者のほう(a barking dog)は生命を持たない固定的な結びつきであるのに対し、前者はそのうちに生命をもっている。これは一般的に前者に定動詞が含まれているという事実にその原因があるとされる。もちろん生命を持たない名詞に対し、動詞は『生きた言葉』と言われるのは事実だが、しかし、語そのものではなく、語と語の結びつきこそが生命を生み出すのであり、定動詞をもたずとも、あらゆる点でThe dog barksのような表現と並びうる語の結びつきも存在する。The dog barksのような文は完全な文を形成しているが、このような完全な文に見受けられるのと全く同じ語と語の関係が、それ自身は文として完成していないような表現のうちにも見出される場合がある。例えば、従属副詞節内のthat the dog barksや、he painted the door redのthe door redの部分、the Doctor's arrivalの関係である。こういった結びつきに共通して見受けられる関係をネクサスと呼ぶ。静的な関係を表すJunctionでは、語の結びつきは一つの概念を表し、それらは他の単一の言葉で言い換えられうる。例えばsilly personのかわりにfoolと言うこともできるように。しかし、Nexusは二つの概念を含み、これらは常に別々のものでなければならない。ジャンクションはより固形的であるのに対し、ネクサスはより柔軟である。
とこういう感じになるのだが、日本の英語教育でネクサスと言う用語が用いられる場合は、普通、それと気付きにくいようなところに動的な主述関係が潜んでいる表現を説明する場合である。例えば
Literature is the result of the same skill and sensitivity dealing with
a profounder insight into the life of man.(伊藤和夫『英文解釈教室』より抜粋)
とこういう文の場合、物理的にはthe result of以下のthe same skill and sensitivity dealing〜の部分は、『意味上のS+動名詞』と『名詞+現在分詞の後置修飾』の二通りの解釈があるが、今回のようにこれが前者である場合には、これらの語の間にネクサス関係があると言う。一方、仮に名詞+現在分詞の関係である場合は後置修飾されているだけで、形容詞+名詞とかわりないため、動的な関係とはならずネクサスとはみなされない。多くの日本人学習者は機械的に、dealingを前の名詞にかけがちであるが、そういう場合に『ここはネクサス関係が含まれています』と言って諌める。