僕は、人間ではないから
きっと、君を困らせるだけだと思った。
だから告げなかった
君が彼に惹かれていくのには寂しさを感じたけれど、
もともと君は離れていく存在だったのだと自分に言い聞かせてた
この方が、君のためなんだ、と。
最後までそうして自分に嘘をついていたけれど、それは後悔していない。
それでも、今になっても胸の奥に突き刺さる思いが、ひとつ
彼女のこと
人間を憎む僕と反対に、最後まで人を信じた少女
彼女をあの時止められなかったこと。
それが僕の最後の後悔
「ねえ、冗談でしょ?!」
君の声が、小さな部屋に響いた。
大きなその声に、部屋のテーブルに座って頬杖をついていたバルレルが眉をひそめた。
「冗談ではない。本気の話だ。もうすぐ迎えも来る」
「どうしてなの? 蒼の派閥に帰るなんて!!」
眉を詰め、険しい顔をして僕を見つめる君を見て、僕は「昔もこんな事があったな……」とぼんやり思っていた。
まだそんなに昔のことではないはずなのに、それがひどく昔のことに思えた。
「君は彼女の帰りを待つんだろう? 君にはそのほうがいいだろう。だが、僕はこのままで彼女が帰ってくるとは思えない」
君の、息を呑む声がする。
そして、君は目の端に涙をためて僕を睨みつけてきた。
「アメルは帰って来るもん! あの子は帰ってくるって、そうあたしに約束したんだから!!」
「だがその根拠がない」
「……!」
最も見たくなかった現実を突きつけられたからだろう。
君を肩を震わせて泣き始めた。
うつむく君の頭を撫でようと手を伸ばして……やめた。
今の君と僕は昔の二人とは違うのだから。
「だから僕は,樹になったアメルを目覚めさせる方法を探してみようと思う。それで、派閥の文献を徹底的に調べてみようと、そう思うんだよ」
そう言っても、君は聞き入れなかった。
いやいやをする君の肩を叩いてやる。
「君は一人じゃない。彼や、バルレルがいるだろう? だから僕がいなくても……大丈夫だ」
「でも……!」
「困らせないでくれよ、トリス……本当に今だって」
君を殺してしまいそうなのに
言いかけた言葉をあわてて飲み込むけれど、君は僕の様子に気がついてしまったらしい。
君の目が潤みを帯びつつも、訝しげに僕を見上げる。
そして、僕の頭の奥から響く、どす黒い衝動の声。
――我等を利用した一族に復讐を――
やつによって黒く塗りつぶされた、記憶の声だ。
「……っ」
まだ小さいその声を振り払って、僕は君から手を離した。
「もう行くよ。彼によろしくな」
それだけしか言えなかった。
「待ってよ、ネスッ、ネスティ?!」
君の手を、声を、振り払うようにして、僕は部屋を出た。
「――それで、君は帰ってきたというのか。ネスティ・バスク?」
「あなた方にも見過ごせない事態でしょう。あの悪魔の復活は」
「それはそうだが、しかし君の提案はあまりにも……」
「悪くない条件の筈ですよ。派閥の聖なる森への不干渉。事実の隠蔽。それだけで、世界は守られるのだから」
「……それで、君が後悔すると思わないのかい?」
「後悔? 何を今更。僕はアメルを、彼女が消滅するかもしれないという事を分かっていても、停められなかった。それだけが後悔ですよ」
「君は、私達を憎んでいると思っていたんだが」
「ええそうですよ。だが今となってはどうだっていい事だ。さあ、今すぐ誓約をして、僕を除名処分してください。総帥?」