手描友禅染とは・・・★                   Data       Top

 西暦1682年。今からざっと320年ほど昔、天和二年。五代将軍綱吉の御世。

生類憐れみの令という悪令の出た年を遡ること五年。

江戸を中心に、大規模な奢侈禁令の法度が出されました。

世に言うこの、「天和の禁令」を一つのきっかけとして、友禅染なるまったく新しい紋様形式が

生み出される事となります。

 京都は知恩院前に住まいしたといわれる、宮崎友禅斎という扇絵師によって創始、又は

集大成されたとされる友禅染は、三百年後の今日に至るまで、絶えることなく脈々と我が国の

着物染めの逸品として、その存在価値を保ち続けて参りました。


 我が国染織の歴史は、遠く縄文・弥生の時代まで遡ることが出来、文様染めに関する資料とし

ては、奈良・東大寺の正倉院御物に顕著であり、中でも著名な「昴秩iろう結)・纐纈(絞り)

・夾纈(板絞め)」の三染法を古くルーツに置きながら、世界にも比類なき発展を呈して来ました。

古代ペルシアから奈良へと続く、細く長い一本の絹の道。

営々たる文化の営みの果てに、今日の友禅染があります。

 友禅染は、代々数多の染色技法中、一番最後に出現した、言わば染めの集大成、究極の染法と

しての性格を体する技法です。


 技法の概要を説明しますと、いくつかの工程に分かれます。


1 下絵

 白生地を裁断し、先ず仮絵羽(かりえば--注1)します。

 そこに紫露草そ花弁から抽出した藍花(あいばな--注2)で、生地に直接図柄を骨描きします。


2 糸目糊置き

 下絵の通りに、糯粉から作った糸目糊を細く線状に置いてゆきます。

 このため、糸目友禅という名称がつけられました。

 糸目とは、糸のように細いという意味です。


3 地入れ

 糸目を置き終わった布を、柱と柱の間に長く張り、うすく布糊を溶いた液を、大刷毛で

 満遍なく引いてゆきます。糊を布に定着させます。


4 豆地入れ(ごじいれ)

 乾いた布の模様の部分に、更に大豆の豆汁を筆で丁寧に挿し込みます。

 泣き(染め出し)を防止します。


5 色挿し

 生地を伸子(しんし--注3)に張り、横張り(よこばり--注4)を掛けて平らにし、溶いた

 染料の色を、模様の中に筆又は刷毛で染め込んでゆきます。


6 空蒸し

 色を挿し終わった布を、蒸気釜で約一時間程、蒸します。これで色素が布にほぼ定着します。


7 伏せ糊

 蒸しあがった模様の部分を、糸目糊と同様の「伏せ糊」で、満遍なく覆います。


8 染め地入れ

 地入れに同じ。糊を定着させます。


9 地染め

 地入れ同様布を張り、大刷毛で地色を全面に施します。


10 本蒸し

 空蒸し同様、釜で一時間蒸します。全体の色が定着します。


11 水元(みずもと)

 所謂、友禅流し。現在では小型のプールに水を張り、水洗いしている。


12 仕上げ

 染め上がった作品に、線描き、金箔押し、金泥描き、金線置き等々、上仕上げを施します。


13 湯のし

 染めの加工上で縮んだ布地を、蒸気で均一に巾出しします。


14 染み抜き

 加工途上でのあらゆるシミを取り除きます。


15 刺繍

 豪華さを加えるため、和刺繍を施します。


16 傷かけ

 生地が破損した場合、生地そのものから繊維を取り出し、修正します。


17 仕立て

 注文誂えに添い本仕立てし、一昼夜寝押しをして本だたみ、箱に収めて製品となります。


以上が簡単な友禅染の工程になります。

 東南アジアの更紗にも通ずる色だしの技法は、ろうけつ染め、辻が花など様々な技法を師に、

永い時の流れの中で培われ養われて、ひとつの到達を見たものに他なりません。

が、あまりにも優雅且つ繊細で技法第一に走るため、民芸派からは「堕落の工芸」とさえ酷評

される程、その作風は絵画的且つ作為的です。

しかし、であるが故にその表現の広がり、奥行きの深さは他の染法の追随を許さぬ、画期的な可能性

を常に、秘めております。

只、その高価さから、一般の庶民感覚とやや隔絶しており、武家やら豪商のみの御用達であった

歴史も含め、本来の正しい文化的評価を与えられてこなかった、というのも又、友禅染の宿命的

事実です。


 友禅染のみの有する物語性、文学性・・・・・例えば、江戸中期の小袖紋様の一つ、茶屋辻の

御所解紋様の中に、背の上部の四阿から流水を施し、上前の木戸へと山水草木を収めるのですが、

庭先と縁側にもし、松竹梅の鉢が置かれてあったとすれば、それは紛れもなく、謡曲の鉢の木と

いうことになります。

そのように、只景色デザインとしての美学を楽しむ以上に、高度なる教養をも同時に試されると

いう、それは総合的文化の集大成的要素も具有していると、言えましょう。


 絢爛豪華たるヨーロッパや中国の歴史的服飾美術に比して、決して引けをとらぬ豪奢で優雅なる美。

今日の世にあって、今一度再評価を与えて恥じぬ、我が国が誇りうる日本文化の一つではあろう、

そう信じてやみません。

 一般的に友禅染は、次の三通りに語られます。

1 京友禅

2 加賀友禅

3 東京(江戸)友禅

 もともと、京都中心に始まったものが、加賀百万石のお国染めと結び、更に江戸表へと流れて

来たもののようです。

近代、京都では文化産業として国や自治体の支援もあり、分業化・細分化が進み、事業規模も大きい

のに比して、東京では個々の呉服店・問屋傘下の個人事業主中心で来たため、同じ職人・紋様師

といっても、そこにはかなりの開きがあります。

 東京では、紋様師と言えば、図案・下絵・色挿し・仕上げまで、幅広く手掛けるものとなっていま

すが、京都では、図案師・下絵師・友禅師(色挿し--紋様師のこと)は、分業です。

更に、仕上げも箔置き師・仕上げ師など、その箔置きも厳密にはいくつかの得意分野に分かれるなど、

細かく言えばきりの無いほど、分かれております。


 現在では、極端な着物離れが進み、そのより戻しで浴衣が流行るなどの現象も多少ありますが、

全国的には事業規模は半減し、淘汰の時代を余儀なくされております。

 プロの職人が減る一方で、日展・国展等を中心とした美大系の作家集団、団体の活動は旺盛で、

展覧会華やかなりしの、昨今です。

そのことに、危惧やら嫉妬を覚え、自らを職人・紋様師と呼び、作家・工芸家と区別したがる職人

がいるかと思えば、逆にただ唯々諾々と与えられた仕事をこなす下職に甘んずるを良しとせず、

染色作家・工芸作家・作染家などと銘打って、自ら個展・グループ展・公募展に乗り出してゆく

者も少なくありません。

その中にも、古典的伝統重視の伝統工芸派、平面など絵画的手法でより斬新な世界を目指す、

日展系とあり、日展系も用途工芸重視の新工芸派、用途以上に純粋芸術性を目指す現代工芸派に

分かれるなど、複雑怪奇です。

 私の個人的な感想を述べれば、良い仕事をするのに職人も作家もなく、自らのプライドの世界で、

好きなように自己を表現し、己を律してゆけばよかろう、そう思っております。

 より詳しい解説、技法についての説明なども、今後追記してゆくつもりでおります。

※注1 仮絵羽 かりえば

   仕立て寸法に合わせ、模様を合わせるために、生地を裁断し、仮に着物の形に縫い合わ

   せる事。

 注2 藍花 あいばな

   紫露草の花弁から抽出した液体を、和紙に染み込ませたもの。

   水に散りやすく、下絵を描くのに適している。

 注3 伸子 しんし 

   染めやすいように、生地を張るための道具。竹製の棒状で、両先に針がついている。

   X(エックス)状に掛けて、布を張り込む。

 注4 横張り よこばり

   伸子を張った生地に、横がけに止めてゆく、両先に針のついた竹の細棒。

                          2006 3/23  T・G記