2000/7/7
竜とは大蛇に翼や角あり、さらには猛獣や猛鳥の頭を組み合わせた伝説上の動物のことです。住んでいる所は水中や地中もしくは天空とされています。古代インドの概念にサンスクリット語でナーガと呼ばれるものがあります。これは蛇を神格化したもので人面蛇身の姿をした半蛇半神のことを意味していました。そしてインド民衆の間に広く崇拝されてきたのです。
ナーガは大海や地底に住んでいて雲雨を自在に支配する力を持つとされています。この神が広く崇拝されて来た理由としては逆説的かも知れませんが、インドには猛毒をもった蛇が数多く生息しているために、被害に遭う危険性が極めて高かったからではないかと見られています。
ナーガ信仰をリグ・ヴェーダにおいては見る事ができません。インドラ神の神話とは太古の昔にバビロニア方面からのインド・アーリア人の民族移動とともに伝わった神話の原型を色濃く残しているのがその理由ではないかと思っています。つまり、言い方を換えればこの神話はインドへの現地化がまだ不十分だったのではないかという事なのです。あるいは移住してきた民族の現地化が十分ではなかった時点で形成されたものと言えるのかも知れません。彼らがインドの大地に根付いて一体化した(更なる融合した)形態こそがバラモン教からヒンズー教へと続く道なのでしょうか。
インドの雄大な大自然の営みは人類のそれと比べても遙かに古く大きなものですから、インド亜大陸においてはリグ・ヴェーダが創られる以前から既に蛇神信仰が存在していたと考えても不思議ではないように思っています。
ヒンズー教(狭義、バラモン教は含まない)や仏教には蛇=竜の信仰が見られます。インドの土着思想である??この竜王思想がヒンズー教や仏教の中に取り入れられて両宗教の伝播とともに広く各地に伝わって行ったのではないでしょうか。東南アジアにも各種の竜神伝説が残っている理由とは以上のような要因が強いのではないかと思っています。
ナーガは仏教においては仏法を守護する天竜八部衆の中に入っています。ちなみに天竜八部衆とは仏教を守護する異形の神々のことを指しています。天部、竜、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩ご羅迦の八神のことです。もとは古代インドの神々で鬼竜の類であり仏教に取り入れられたものなのです。
竜は雲を造り出し雨を呼ぶ事が出来るとされています。自然を自在に操る力のレベルはとても人間の力の及ぶところではありません。ですから竜とは人間社会にとって善い面も悪い面もその両方に強い影響を与えるものであると考えられていたのです。仏法を保護し雨を降らせて五穀豊穣を私たちにもたらす善竜の概念は八大竜王などを生み出して行きました。これは雨乞いの本尊として中国に伝わったものと考えられています。そしてついには中国皇帝の位に竜族の子孫が座るものとされていったのではないでしょうか。
しかしながら一方では人間社会に大災害を与える悪竜の存在も十分に認識されていたようです。これは大雨による大水害の悲惨さなどがイメージされて形づくられたもののように思っています。
ちなみに雷の発する熱エネルギーは何と摂氏三万度にも達するそうです。超高熱によって回りの空気が一気に膨張した時に起こる音こそが雷鳴なのです。
竜の絵を見ると必ずと言っていいほど玉を持っています。これが如意玉と呼ばれているものです。それを得た者は欲しいがままの望みを全て手に入れることが出来ると言われていました。ですから幸福の象徴のようにも見られていました。
ところで、竜は神話的な鳥類の王である迦楼羅(=ガルーダ)と敵対関係にあります。竜は迦楼羅には常に負ける運命にありました。これは猛禽類が蛇を捕獲することからイメージされたものではないかと思います。ひょっとしたらガルーダが鳳凰の原型の一つなのかも知れません。さらには鞍馬山で有名な天狗もカルラの変形したものと見られています。なお竜は四天王である広目天の配下と見なされていました。
中国では麒麟、鳳凰、玄武などとともに四霊獣に数えられているように別格のもとして広く人口に膾炙しています。さらに竜はその四霊獣の中でも中心的な地位を閉めています。これは竜が水ないし雨に関係しているからだろうと見られています。水を操る霊獣を崇拝するのは農耕民族である漢民族にとってはある種必然であったのかも知れません。だからこそ黄河の氾濫を抑えること(治水)によって人間の偉大さを体現して来た漢民族の頂点に立つ皇帝の印には竜が飾られているのではないでしょうか。
さらに水に対する関心は雨乞いや星をみる天文学にまで繋がっていったように思われています。東シナ海でよく発生する竜巻も同様の理由から名付けられたのかも知れません。これが竜が空を飛ぶと考えられた根拠の一つとされたのでしょうか??
日本でも竜はめでたいものであると思われてきました。神話には竜の神とは海の支配者である海神の娘であると書かれています。すると竜とは女性を象徴したものなのかも知れません。海幸彦、山幸彦の神話では海神の血統も引き継いでいるのが天照大神の子孫であるとされています。あるいは浦島太郎に出てくる竜宮城の乙姫とも関係があるのでしようか。
竜を海神として信仰してきたのは海の民の間で広く伝わってきたとの事です。遙か昔に南方から流れ着いた私たちの祖先のDNAが脈々と続いている証拠なのかも知れません??瑞穂の国と呼ばれる日本に住む私たち日本人とは農耕民族そのものです。農耕のための単純な雨乞いから始まって、季節の移り変わりを詳しく知るために空を見上げる事を続けていたとしても不思議はありません。このように空の移り変わりを見続ける事が自然の恵みを得るための最良の方法であると判断したのは、私たち日本人先祖の知恵だったのだと思います。
※参考
四天王
帝釈天に仕える東南西北の四方を守る天部の神です。須弥山(しゅみせん)の中腹に住んでいてそれぞれ一つずつの天下を守るとされています。東を持国天・南を増長天・西を広目天・北を多聞天(=毘沙門天)が守っています。日本では彫刻に傑作が多くあります。ある部門に最も秀でたもの四人を表す言葉として使われています。
帝釈天
別名、釈提桓因(しゃくだいかんいん)とも言われています。釈迦の成道を助けて仏法の守護にあたるとされています。須弥山頂の(利天)の主で喜見城に住むとされています。インド神話のインドラ神が仏教に取り入れられたものです。
持国天
仏教守護の天部の神です。四天王の一人で須弥山中腹の東部に住んでいて東方世界を守護するとされています。甲冑を着けた忿怒の武将形に表されて刀・宝珠などを持っています。金翅鳥(=迦楼羅)などを家来として悪魔などを下します。
増長天
須弥山中腹の南部に住んでいて南方世界を守護するとされています。甲冑を着けた忿怒の武将形に表されて鉾・刀などを持っています。赤身の武神です。鳩槃荼(=馬頭人身の鬼)を眷属としています。
広目天
須弥山中腹の西部に住んでいて西方世界を守護するとされています。甲冑を着けた忿怒の武将形に表されて筆・巻子あるいは索などを持つとされています。竜を従え悪人を罰して善に帰らせるとされています。
多聞天
毘沙門天の別称ですが、四天王とする場合は普通この名称を用いています。須弥山中腹の北部に住んでいて北方世界を守護するとされています。甲冑を着けた忿怒の武将形に表されて片手に宝塔を捧げ、片手に鉾または宝棒を持つとされています。夜叉と羅刹を率いています。なお、日本では七福神の一人になっています。
天部
天または諸天部とも言われています。もとは仏教以外の神だったのですがやがて仏教にとり入れられて守護神となったものです。彼らは天に住んでいるという信仰があります。
夜叉
森林に住むとされる神霊です。人肉を食う悪鬼として仏典では人の悪心を象人を害する鬼神とされていますが財宝神としても信仰されました。
乾闥婆
緊那羅と共に帝釈天に仕える楽神です。香を求め虚空を飛翔するとされています。
緊那羅
美しい音色で歌舞する天の楽神です。
阿修羅
古代インドの神の一族です。インドラ神(帝釈天)など天上の神々に戦いを挑む悪神とされていましたが仏教では仏法の守護神とされました。しかし一方では六道の一として人間以下の存在とされています。
迦楼羅
インド神話における巨鳥で竜を常食にするとされていますが仏法の守護神になりました。翼は金色で頭には如意珠があり常に口から火焔を吐くとされています。天狗はこの変形を伝えたものと言われています。