2005/04/30
この数週間にわたって中国で起きている「反日デモ」は、その程度がデモの範囲を超え「テロ行為」と呼べるレベルにまで危険度が上昇しています。これは、日本ばかりでなく中共にとっても決して有利な条件になるものではありません。何故ならば、ものを作り上げていくためには、莫大なエネルギーを費やす必要があるにも拘わらず、これを破壊をすることは遙かに容易に出来てしまうものだからです。
中共政府は、自分たちが日本に対して色々とクレームをつけることが出来るのは、60年前の被害者なので損害賠償を要求する正当の権利を持っているからだ、というスタンスを採ってきました。しかし、彼らの言っている事は全て本当なのでしょうか。というのは、この結論に対して彼らは検証を許さず、自分たちと違う見解すら認めなかったという事実があるからです。これが彼らの主張している内容の客観性を、著しく損なわせているのです。相手は必ず自分の意見に賛同するはずだし、万が一矛盾点に気が付いたとしても反論するはずがないと判断することは、中共政府があまりにも情緒的に考えていることになります。また、自分が認めた事だけが唯一無二のものであるというように、「無理が通れば道理が引っ込む」ことを相手に強要するのであれば、そのようなものは条件が変わってしまえば容易に否定されてしまうものですらから、極めて危うい論理であると言えます。このように、彼らが客観性のある検証を拒否していることにより、その主張が事実からかけ離れている内容であるという結論に結びいてしまうわけです。
その上、中共政府は自らの存在を正当化するために、「デマを作り出す」ということを、これまで何度も繰り返したという実績を持っています。自らが政権担当者であるということの正統性を認めさせるために、更には、自分たちの政策の不備に対して人民からの非難を逸らすために、世界大戦で敗れた日本をスケープゴートにしてきたのは広く知られている事実です。そして、人民たちの不満の捌け口を作るためなら、事実に反して日本の罪を捏造してもかまわない、という悪質さが見えるわけです。その結果として、民衆は煽られて暴徒と化すことが予見されたわけです。
そして「日本人が悪い」という単純明快な理屈は、それが一人歩きして、「日本人=悪人」という図式を作り出してしまったのです。そのようなわけで、今回のように日本人に対してならどのような攻撃をしてもかまわない、という結論に結びつくのは容易に想像されていました。何故ならば、彼らは日本のような先進国の住民の意識を持っているわけではないからです。発展途上国である中国大陸国家の閉ざされた体制に生きる彼らにとっては、価値基準が古来のままであるために過去も現在も等しく存在しているのです。
昨年、西安(成都??)で「日本人が中国人を馬鹿にした」という「デマ」が中国人の手によって拡大再生産されたのは、留学生を襲った事件により明らかにされました。普通に考えれば、わざわざ留学してくる者が「反中」であるわけがありません。好感情を持っている人物に対して、肉体的ばかりでなく精神的に迫害を与えてしまったことは、中国民衆のレベルの低さをはっきりと物語っています。この暴動の原因である反日感情の原因を、単純に「歴史」に結びつけてしまうのは、ステレオタイプの結論のような印象を持っています。
中国と日本とは第二次世界大戦における戦勝国と敗戦国にあたります。しかし、中国は戦勝国であっても日本に対して連戦連敗でした(一部の例外は除く)。これは「ねじれ現象」であり、中国人にとって日本に対する勝利を自力で勝ち取ったことがなかったために、欲求不満が解消されていないものであると心理学上推測することが出来ます。とは言っても、私にとって第二次世界大戦は過去に起きた「歴史」ですから、皮膚感覚を持っているわけではありません。そのために、エンドレステープのように何度も繰り返されている日本非難について、どうしてもピンぼけだなと感じてしまっていたのです。
勝者が敗者を徹底的に痛めつけるというのは、中国大陸史においては普遍的であるといえるほどに当たり前な出来事です。ですから、反日というのは、このバリエーションの一つであることに気が付くのです。何故ならば、中国大陸における王朝交代劇とは、易姓革命と呼ばれる権力闘争の繰り返しだったからです。それは初め漢民族(のプロトタイプ)間で行われ、時代が下がるに連れて漢民族の周辺にいた異民族までもが加わって行われました。衰退した王朝を破壊しては新たに王朝を打ち立てることが、幾度となく繰り返されたのが中国大陸における歴史だからです。
彼らの歴史に照らし合わせてみれば、「靖国神社参拝反対」と彼らが「反日」を叫ぶのはよく理解出来ます。というのは、前支配者を否定して現在があるというのが、彼らの歩んできた道のりだったために、中国大陸に生きる人々にとっては慣習といえる常識になっているからです。しかし、一方の日本人にとって先祖の霊を祀るというのは、長年にわたる生活に根ざした文化であるのです。私たち個人の立場に置き換えても、先祖の霊を祭るというのは当然のことですし、自分の先祖が「極悪人」であるなどと、家族団らんの時に子供に語る親が一体何処にいるものでしょうか。個々が社会を構成していることから考えると、個人の習慣の集合体が国という大きな集団になります。他人が日本人のアイデンティティに拘わる根本まで追求する権利を有しているものではありません。これ以上中国人が日本人に対して霊を祀る事に対してクレームをつけるということは、「日本人をやめろ」というのに等しいことなのです。そうなれば、日中間には不幸な未来しか想像できないことになります。それにしても、古代において周が滅ぼした商(=殷)に対して、宋国において先祖の祭祀を続けさせたという事実と比べてしまうと、同じ場所(=中国大陸)の住民とは言っても価値観がずいぶん変化したものだと思います。
明の永楽帝の時代に大航海で有名な鄭和は、本来は馬氏といって元の貴族出身者でした。彼が宦官なのは、明が成立したときに元で貴族だった子弟の男は全員が去勢され、女は遊女にして売り飛ばされたからです。このように徹底して迫害を行ったのは、中国の歴代王朝が前王朝の存在を許すことの出来ない「悪」であるとみなしていたからです。つまり、自分たちは「悪」を打ち倒した「正義」であるという理屈によって、自分の正統性を示してきたのでした。また、前王朝の逆襲を受けないようにするためにも、相手が二度と立ち上がれないように相手を恥辱し弱体化してきたわけです。そして前王朝の残存勢力を駆逐するのに各歴代王朝は大体20年くらいの年月を要していました。この繰り返しが、中国における政権交代の実態であり易姓革命なのです。今回の北京や上海での暴動事件は、中国大陸では昔ながらの王朝交代の価値観が今でも続いていることを証明した形になったように思われます。
彼らの理屈は、日本人は(過去において私たちに対して)悪いことをした悪人である。よって、私たちは日本人の(現在の)財産や生命を奪ってもかまわない、というものです。そして、標的にされるのは「オール日本人」であり、反日を煽り続けた朝日でさえ区別するものではありません。反日的日本人は、どのようなことがあっても、自分たちの居る場所だけは安全であるために、いくらでも「扇動」することが可能であると考えていたのかもしれません。しかし、それはあまりにも愚かな考えというものです。何故ならば、もしこのままの状態が進むとすれば、中国大陸では日本人にとって安全な場所が何処にも存在しくなってしまうからです。上海では日本人女性に対して、悪質な電話がかかってきたり卑猥な写真送られたというニュースがありました。このように、今のままの事態が進めば、日本人が標的にされて殺されるのも時間の問題だと思えるのです。
これは歴史の繰り返しなのでしょうか。清の時代に欧米列強が上海などに租借地を獲得した大きな理由として、治安が維持されていなかったことにより自国民に対する安全保障を確立することが挙げられています。