2000/6/14
神話の世界に触れていると私たちの内なる力が発動して時空を飛び越えて行く事さえも容易に可能だと思われて来る感覚に覆われる時があります。これにはとても不思議な気持ちがします。
遙か太古の神話とは偉大でありかつ荘厳な自然現象の擬人化であったと容易に想像することが出来ますが、そのエピソードに重ね合わせるように人間の営みがあったのではないかとも思っています。
古代インドにおける最高神であるインドラ神が悪竜ヴリトラと戦う話が日本神話における最大のトリックスターであるスサノオのヤマタノオロチ退治に強く投影されているのではないかとは前回書いたとおりです。そしてスサノオを継ぐものとしてヤマトタケルの物語があるように思っています。
竜の形をした悪魔を倒す能力を有する事こそが最高神の証なのかも知れません。また、それこそが至上の力を発揮した最高神の姿であるのだと言っているようにも思います。そして最高神の力とは具体的に言えば稲妻を自在に操る力であり、同時に雨や暴風も思いのままに使いこなす事が出来る事だと思えるのです。稲妻こそが裁きの剣なのです。ですからこれを駆使できる者こそが最高神に相応しいと古代に生きる人たちは考えたのではないでしょうか。さらにこの概念は民族を越えて共通した思いだったように感じています。
古代インド文明よりも更に古い、恐らく人類史上最古の文明の一つであるメソポタミア文明の神話は古代シュメール人によって創られたとされています。その後この地域には数多くの民族が混じり合いました。そしてこの中に様々なエピソードが付け加えられていったのではないでしょうか??
南部バビロニアのシュメール人の場合は紀元前3000年以上の昔に人類史上最初の都市文明を発展させています。この高度に発達した大文明は形成期のエジプト文明にも多大な影響を与えたとされているほど偉大なものだったのです。これらの都市国家群の中でもニップールの主神であるエンリルは全バビロニアにおける主神でもあり諸都市の宗教的中心として崇められていました。これらの都市には日乾煉瓦を用いた神殿やジッグラト(聖塔)が建てられていました。その跡からは多くの遺物が発掘されています。楔形文字,円筒印章,六十進法,法典の編纂などの後のバビロニア文明の母体を創造したのがシュメール人なのです。
バビロニアの南部がシュメールで北部がアッカドにあたります。ここでは紀元前2000年紀末からアッカド帝国,ウル第3王朝,バビロン第1王朝,カッシート朝,イシン第2王朝,新バビロニア帝国,アケメネス朝など諸王国が興隆と没落を繰り返しています。その間に諸民族の侵入が続きチグリス・ユーフラテス地域の支配もまた激しく移り変わったのです。
アッカドの神話によると太古には真水の男神アプスーと塩水の女神ティアマトが混じり合ってその中から神々が生まれたとあります。配偶神アプスーを殺されたティアマトが竜の姿になって戦う相手がこの後で最高神になるマルドゥクなのです。ティアマトがマルドゥクを飲み込もうとして口を大きく開けた時に風使いでもある彼は強烈な風をその中に送り込みます。そのためにティアマトは体が膨れあがり口を閉じられなくなってしまったのです。この様にして動きを封じられたティアマトの中にマルドゥクは矢を放ったのでした。その矢は彼女の腹を裂いて心臓を貫きティアマトを滅ぼしたとされています。
混沌の女神ティアマトとは全ての生物の命の元である母なる海の女神でもあり、さらには悪竜の姿で悪魔の軍団までも持っている事になるのです。
この後でマルドゥクはティアマトの死体を二つに切り裂いて天と大地を創ったとあります。ティアマトの体が二つに裂かれたときに飛び散った無数のかけらがひょっとしたらディアマンの由来なのかも知れません。さらにディアマンのかけらはインドではヴァジュラとしてインドラ神の究極の武器に変わっていったのかも知れません。
ちなみに、このマルドゥクの資質は大気と嵐の神であるエンリルのものを受け継いでいると言われています。
このように古代バビロニアにおける二元論的天地創造神話において竜は悪と暗黒の力が具象化したものと考えられていたようです。竜の概念はギリシア経由でヨーロッパに伝わるとドラコーンと呼ばれるようになり神話的性格が薄れていきます。ちなみにドラコーンとは「鋭く見る者」という意味になります。この名前のとおり竜とは宝物などを守っている存在として描かれている場合がほとんどです。
その話の中で彼らはついには神々や英雄たちに殺されてしまうのです。一方竜がユダヤに伝わると彼らは神と戦って天使に殺される怪物として描かれています。ですからこちらの方がより強く原話の色を残しているのではないかと思っています。
しかし、ヨーロッパにおいても竜とは敵役ばかりではありませんでした。土着信仰として蛇と竜は混同されてきているようですがこの中では家を守る動物として広く崇められているとのことです。
インドにおけるインドラ神の物語はシュメール神話の影響をかなり強く受け継いでいるように感じられます。それはここにおいても竜が悪の化身として描かれているからです。リグ・ヴェーダはこれを成立させた民族がイラン方面から伝わった神話とともにやって来た事も物語っていると思います。いずれにしても竜=蛇信仰をリグ・ヴェーダには見ることが出来ないのです。
しかし、ヒンズー教の発達により(狭義の意味で使用のためバラモン教は含まず)この概念はコペルニクス的転回を見せることになっていきます。
竜の系譜へつづく(たぶん??)