目の前で繰り広げられる混乱と後悔と哀切と愛憎はいっそ清々しいほどに真摯に胸を打った。 それが不覚にも陶酔の予感すら孕んで根底を揺すぶる強さで心へ届き、そうか、俺もそうなのかと、案外あっさりと納 得してしまった。 そう思えばこれ以上何を悩む必要もなく、先だっては随分と独りよがりなことばかりを言った口には同意しかねた。顎 に手を当てながらそんなことを考えている間も、目の前で鬱々とうな垂れる塊が、痛いほど耳をそばだててこちらを伺っ ているのが分かる。それがなんだか可笑しいような気持ちで、それならばその耳を食らってやろうかと不意に思った。 「…坂井」 沈黙を旨とする男も居るが、俺はどちらかというと雄弁を好んで呼びかけた。 しかし目の前の塊はびくりと素直な反応は返すが、顔を上げるという動作を知らぬ獣の如き思慮でもってこちらを無 視する。それを目の当たりにして、初めてむっとした気分になった。 気に入らない。 そう思ったときには手が既に獣の頭髪をつかみ取り、殊更に疼痛を感じさせるように顔を引き上げた。 実際痛かったのか、上向いた小麦色の眉根は顰められ、目の中にはあからさまな批判や痛切な色を覗かせていた が、それより色濃くそこを染め上げているのが、どうやら羞恥や混乱、諦めといったものであるのに気づいて、いとも簡 単に溜飲は下がり、そうすれば残るのはやはりさっぱりと割り切った気持ちひとつなのだった。 「ああ、本当に馬鹿だなあ、お前は」 呟いて、坂井がその目を怪訝にそばだてる前に、頭を引き上げくちづけた。 ほんの一瞬触れるだけの。 そうして離した先から坂井の唇は驚くほどに震えていて、ああ、どうしてこんなに可愛いのだろうねと思いながら、今度 はその耳に噛み付いた。 「俺の言葉が欲しくねえなら、こんな耳、捨てちまいな」 強引にねじ込んだ言葉は尚更に坂井を震えさせて、これ以上の嗜虐は己の趣味ではないと思うものの、少しは独り よがりを思い知れと耳をベロリと舐めてから、こんなものかと近づきすぎた顔を離したところで、なにやら不穏に顔を青 くする坂井と目があった。 「―――…な???なにが…???」 起こったんだ? 真っ赤な顔で食われた耳を押さえながら、唇ばかりがそうなぞるのを形だけで捕らえた時には、あまりの驚きに神経 の糸が切れた凧はどこへやら行ってしまっていた。 「おいおい、どうしてこうなるんだ?」 ぐにゃりと倒れた坂井の体を座り込んで抱きかかえながら、本当にもう抱きつきたいのこちらのほうだと、とりあえず はぐるりと廻した手で背を抱いた。 終 「囁きの午後」下村バージョンです。 なんかあのまま坂井をほっぽっておくのも可哀想かしら、と失神させてみたり。 モチこの後は下村さん名物バーテンをお持ち帰りされます。 (そしてグンニャリしている坂井でスーパー部長ごっこなどをして楽しみます。) |