暗い気持ちを引きずって、坂井はソファに倒れ込んだ。 今日もまた、喧嘩した。 きっかけや内容は、実にくだらない、思い出しては眩暈を覚える幼稚さだったが、だからといって許せるかといえばそうではなく、だからこそ余計 に頭には来るものだ。 憤慨した頭の熱は中々に冷め遣らず、滞った部屋の空気に暖められた布地の表面が頬に気持ちが悪い。 それでもそこから動く気にはなれず、盛大な溜息でそれをやり過ごしながら目を閉じた。 喧嘩が日常茶飯事になったのは、坂井が下村とこういう関係になって間もなくの頃だった。 結果から言えば、恐らくは坂井の方が分が悪い関係だ。 どう考えたところで坂井は自分の方が余計に下村のことを好きだということを知っている。 そして最悪な事に、下村もそれを知っているのだ。 だから下村はことあるごとに口喧しく言う坂井を倦厭したり、時にはあからさまに嫌がったりして見せる。坂井はそれが、また気に入らないものだ から、最終的にはこんな風に無駄な言い争いになってしまうのだった。 坂井は自分が人より嫉妬深いとは、思ってもいなかった。事実、今まで相手をこんな風に縛り付けたいなどと思ったこともなかった。しかし相手を 下村と定めた瞬間から、素っ気ないはずの嫉妬心はいつの間にかフル活動で下村に向かう事になった。 高岸に細やかに空手を指導しては嫉妬に駆られ、桜内と朝まで飲み明かせば手の出る喧嘩に発展した。 でも、あいつだって、悪いんだ。 ぐりぐりと頭をソファに押し付けながら、坂井は鼻をすすった。目頭が炎症を起こしたように熱かった。 それが涙の前触れと知って、それでも堪えずに泣いてしまえば幾らかは楽になるのだろうか。 それでもぐっと鼻の奥に力を入れてそれを堪えては、また別れ際の下村の、こちらの憤怒とは裏腹な冷静な顔を思った。 薄暗がりの中、整った顔立ちが斜めにビルの間から差し込んだ月明かりや、街頭に照らされて浮かんでいた。 こちらをじっと見据える目の強さに脅えて、先に怯んだのは坂井の方だった。 無闇矢鱈にあることないことを言い募るのを、下村はいつも黙って聞いている。 そして言うほどに嫉妬を振りかざす坂井に、最後に二言三言の言葉を言ってはそれだけで坂井を深く沈みこませるのだ。 今日も結局、平素の顔で言った下村の言葉に打ちのめされて、坂井は早々にその場を逃げ出した。 好きだ好きだ大好きだ。 ・・・それでも俺は、お前のものにはなりえない。 目じりに浮かびそうになった涙を、そうだと気がつく前にソファで拭っては、坂井はそのまま眠りについた。 終 |