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 どんな風にしたところで、坂井に気持ちは伝わらない。
 しらけた気持ちを引きずって、下村はソファに突っ伏した。

 今日もまた、喧嘩した。

 思い出しても下らない、理由は完全に頭から飛び出していた。
 ただ確かなことは、とにもかくにも思い出すにも至らない、記憶するにも値しないようなことばかりで、理由も結果も既にどうでもいいようなことばか
りだった。
 思うのも煩わしいことを、それでも努めて冷静に考えながら、どうしてこうなるのだろうかと、溜息だけが確かな形で下村の心情を表した。

 喧嘩が日常茶飯事になったのは、坂井が下村とこういう関係になって間もなくの頃だった。
 下村は坂井が好きだった。
 恐らくは坂井も同じように思っているのは知っている。
 だからといって、それで相手を束縛しようとは思わない。
 それでも下村は坂井のことが好きであったし、それに少しばかりの嬉しい気持ちを感じないわけでもなかったから、多少のことには目を瞑り、幼い
ばかりの言い訳を聞いては頷いた。
 それなのに、いつでも坂井は下村を信じようとはしない素振りで、細かな事を言い募っては喧嘩になった。
 どうして、こんなにも表しているにも関わらず、それを疑っては一人鬱々とし、最終的には嫉妬という名で喧嘩を吹っかけてくる男相手に、しらけず
に居られるか!

 高岸に細やかに空手を指導しては嫉妬に駆られ、桜内と朝まで飲み明かせば手の出る喧嘩に発展した。

 突っ伏したソファの合い間から、何時の間に出た意味不明のうめき声が、どうやら自分の声である事に気がついて、慌てて口を塞ぐように押し付
ける。
 これでは傷ついた獣の様であると、無様さに呆れながら、結局ここまで追い詰められるくらいに、自分が打ちのめされている事実に心は痛んだ。

 薄暗がりの中、硬く強張った顔が斜めにビルの間から差し込んだ月明かりや、街頭に照らされて浮かんでいた。
 それをどこか遠い感覚でじっと見つめていると、坂井は気まずそうに目を逸らし、俯いた。
 それが酷く下村の胸を痛ませて、それは諸刃の剣の様に跳ね返り、下村の言葉を決して信じようとしない不実の恋人に打ち下ろされるのだ。

 好きだ好きだ大好きだ。
 ・・・それでも俺は、お前のものにはなりえない。

 覚えずもれそうになるうめき声が、泣き声に変わらなければいいと、下村は無理に痛んだ目を閉じた。