砂の花
















 空を飲み込むような雲が青を凌駕している。
 それを眺め、遠くまで晴れ渡る水平線まで見通した。
 青の境目と白の滲む色に目が痛み、些細な風も染みるように感じて坂井は咄嗟に目を細め、それでも見逃せない何
かを追うように目は開いたままだった。
 隣に黙って横たわる下村はピクリとも動かない。一見して死んでいる様にも見えるが、多分生きているだろう。
 時折上下する厚い布越しの胸が、微かな生存の証明のように心もとない。
 しかし坂井はそれをあえて確かめず、ただずっと、漂う風に任せる雲の行方を目で追った。
 穏やかな風が細かな砂の粒を巻き上げては足元を攫い、半分埋もれかけたブーツの先を白く濁らしている。
 ぞんざいに砂浜に広がった髪が砂を拾い上げても、下村は気にしていないようだった。それでは坂井が何を気にする
必要もなく、まして布の網目に入り込んだものなどどうでもよかった。

 二人きりだ。
 砂浜に人はない。

 下村は仰向けで死んだマネをしている。
 坂井は座り込んで置物のフリだ。

 誰も居ない観客席に向かって一礼。
 誰も必要のない相棒には鉄拳だ。

 坂井は相変わらず無駄な演技に余念のない下村をチラリと眺め、実際のところお互いにどうでもいいのかも知れない
と思った。
 近くに居たとしても、決して正面からお互いを見ない。
 斜め後ろから眺める互いの顔はいつもニヒルに歪んでいた。
 それなのに結局は引き合うように二人で居る。
 無駄な演技に手抜きはない。


「よお、下村」
「・・・なんだ」
 
死んだフリは一時休憩らしい。
 微かに目蓋を震わせて下村が答える。しかし目蓋は上がらない。

「あの雲、ちょっと美味そうだぜ」
「ふーん・・・。ちょっと行って取ってこいよ」
「アレはオリーブオイルで、カラッと揚げたら美味そうだ」
「ポン酢で和えた方がいい」
「和風か」
「和風だ」

 時々おかしな話方をすると言われるが、下村だって相当に変わっている。
 正確に話を紡いでいるその唇は、何時だって上の空だ。
 まるで下村と話している気がしやしない。

「おい、下村」
「なんだ」

 今度は最低限の礼儀のつもりか、片目をヒョイっと開けて見せた。
 直接に入り込む光が眩しいらしい。瞳孔がぎゅうっと縮んで虹彩の茶が鮮やかだった。

「何でお前は、こんなところで寝てるんだ」

 冬は間近い。厚手の上着の間をすり抜けて、凍える風が入り込む。
 あまり浜辺での昼寝に向いている気候とはお世辞にも言えない。

「じゃあ、何でお前はその隣に座っているんだ」

 目を開けている事に飽きたのか、また瞳は閉じられた。
 パタンと閉じた目元が寒々しい。目蓋の微かな赤みが痛々しい。

「お前が寝てるからだろう」
「じゃあ、俺はお前が座っているからだろう」
「・・・そうか」
「そうだ」

 それきり下村はまた死んだマネを続行した。

 仕方がないので、坂井も置物のフリを再開した。



 空は晴れ渡り、脅威の雲はそれを楽しんでいた。
 














 終