眠りにつく前に 










「自分の血が、気に入らないかい?」
 窓際の床に腰掛けて、意外に上の空でもない口調で言うのに、顔つきはやはり上の空なのだ。
 薄暗い部屋では、微かな衣づれも大きく響く。
 時折ちかちかと雲から覗いた月が窓を照らした。
「あんたがあんたなのは、全部あんたの責任だ。親はあんたを生んだ時点で役目なんか終えている」
 抱え込んだ膝に顔を埋める。子供染みた仕種の割りに、言葉は辛らつに届いた。
「そこから何を選ぶかは、あんたの自由だ。あんたの血は、あんたの親だけのものか?・・・違うよ」
 言葉は呟きだ。まるで眠りの前の鼻歌のように穏やかで小さい。吐息に紛れて消えてしまいそうだ。
「たくさんの、たくさんの中から選ぶのは――あんただ」
 そこで初めてちらりと視線をこちらに寄越した。責めるような色はない。聞いていなくても多分どうでもいいのだと思わ
せる向きがある。
「俺は、今の、桜内さんが好きだよ」
 また膝の間に顔を伏せてしまった声は不明瞭だ。布に吸い込まれた大半が、感情まで抜き取ってしまっている。
「あんたの周りに居る人は、桜内さんがあんただから好きなんだ。別に桜内さんだから好きな訳じゃないよ」
 そう言ったきり、黙ってしまった。もしかしたら本当に眠りに落ちる前の鼻歌だったのかも知れない。










 そうだとしたら、それはなんて素敵な鼻歌だ、と思った。











end