雨降りハニー



















 暗い気持ちを引きずって、雨の中をとぼとぼと帰った。
 六月の雨は気まぐれで、晴れていたかと思うと途端にむくむくと雨雲が立ち上り、ざっと降ってはまたそ知らぬ風に消
えていく。
 その中を流されることのない憂鬱を身に纏い、誰がどう見ても今にも川に飛び込みそうな勢いの顔のまま、傘をおざ
なりにさして歩く。
 当然おざなりの傘は有効に雨を受けず、大半は足元や少し遡って腹の辺りまで服の色を変えさせた。それを分かっ
ていながらそのままに、雨の中をただ歩いた。
 アスファルトに跳ね上がった水滴が、すそを汚しては吸い込まれていく。あまり目立たない色の服とはいっても、当然
気分のいいものではなかった。
 ゾロの家に行った。
 そしたらゾロがいなかった。
 今日は早く帰って来て、一緒にメシを喰うと言った。それなのにいないのだ。
 約束を破ることを滅多にしない男だ。余程の理由があるに違いない。
 それでも。
 好かれている自信がないから、たったそれだけのことで不安になって、こんな風にどこへともなく歩いている。
 初めは確かに自宅へ向かっていた足は、いつの間にか行方を失った。
 辺りは人影もなく、激しく打ち付ける雨音と、どこかでニャァと鳴いた猫の声だけが耳に入る。
 きっとどこかの野良猫が、雨に遣りこまれてはホトホト困った顔で鳴いているのだろう。
 それは大層自分と似ているに違いない。
 自嘲気味に振り返り、そう思ってぼんやりと声の方を振り返った。
 パン屋の軒先に、猫はいた。
 でも、猫は思っていたような困り顔でなく、柔らかな白い毛をふわふわとさせたまま、ニャアと機嫌よく鳴いていた。
 ゾロの腕の中で。
「あんた・・・何やってんの・・・こんなとこで」
「何って・・・雨宿り」
 傘がねぇんだよ。
 そう言ってゾロはそっぽを向いた。
 何を。何を馬鹿なことを。
 いつも平気なツラをして、雨の中をほっつき歩いては迷っているくせに。
 そう言ってやると、ゾロは益々ソッポを向いて口を尖らせた。
 その様が可愛くて、さっきまでの不安なんかいちどきに吹き飛んだ。
 分かってるよ、分かってる。
 あんたは自分が濡れるのは構わなくても、腕の中のモンを濡らしたくなかったんだよな。
 そんなこと、とっくに分かってるよ。
 でもそんなことを言ったら、余計にゾロが向こうを向いてしまうのは分かっていたので、じっとそれは黙っておいた。
「んじゃぁさ、帰ろうぜ?傘、一本しかないけど」
「・・・ああ」
 そう言って、大人しくゾロは軒先から傘の中に飛んできた。
 さっきまでの暗い気持ちが、惨めな気持ちが、途端に暖かい気持ちでいっぱいになる。
「あ・・・?」
 そう言って、ゾロが傘の縁から空を見上げた。
 気まぐれな六月の空は、何時の間に雲を蹴り上げて鮮やかな夕暮れを披露している。
「なんだ。止んじまったな」
 そう言ってゾロがいたずらっ子みたいに顔を顰めて笑うので、本当にもうなんだか残念な気持ちになって、傘に隠れて
キスをした。
















end


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六月に書いて、そのままほっぽかれた話。
サンジ並に哀れ。