あれ、と思ってサンジは立ち止まった。 晴れ渡る晴天の空に眩しく目を眇めながら、サンジは大通りを挟んだ反対側の歩道に目を凝らした。 人の行きかう街道沿いに、オープンカフェの軒先が見える。日差しは暖かいが漸く三月になったばかりの風は強く冷 たい。それなのに外に置かれたテーブルにも、ちらほらとコーヒーを供して寛ぐ姿が見えた。 サンジはその中の一番奥のテーブルをもう一度じっと眺めた。 ゾロ? サンジは咄嗟に体を近くの電柱とその電子版に隠していた。 ゾロだった。 店の入り口に近いテーブルに、一人でぼんやりと座っている。目を泳がせている素振りもないが、寝ている風でもな い。ただじっと大人しく座っている。手元まで入り込んだ日光が、テーブルの上の白っぽい茶器を弄んでいた。 なんでこんなところに。 サンジが今日会いたいと言った時、ゾロはちょっと考えてから日中はどうしても外せない用があるから、夕方からなら 構わない、と言った。サンジは少しがっかりして、でも少なくともその日に会えるのならばと渋々頷いた。ゾロは不思議 そうな顔で、ごめんな、と言ってサンジを驚かせた。そんなに自分は酷い顔をしていただろうかと誤魔化すように笑って 見せた。 それが二・三日前の話し。 だからサンジは少々強引な手口で久々に勝ち取った大切な休日を、夕飯の準備に当てて買い物に出ていたのだっ た。 今日はサンジの誕生日だ。 ゾロはそういったイベントごとには専ら関心の薄い男なので、多分憶えていないだろうと思う。そもそも教えたかどうか も危ういし、何かのついでに話していても、ゾロが話を聞いていたとは限らない。自分の関心の高い事に関しては驚くほ ど発揮される記憶力も、それ以外の事に関しては残酷なほど冷徹な男だ。 本当なら自分から今日は誕生日だからと丸め込んでゾロの一日をブン取ることも出来たと思う。自分の立場なら、あ るいは強引さならきっと難しくはなかっただろう。でもどこかそれが気恥ずかしくも悔しくて、サンジには出来なかった。 そもそも自分の誕生祝いを強請る事に慣れていなかった。 ゾロが気づいてくれればいいのに。 もはや有り得ない夢想を抱きつつ、有り得ない想像は返って胸に痛い。なんだか自分が可哀想になって、サンジはヤ ケ気味で豪華な食事を作ってやろうと予定していた。 なのに。 ゾロがこんなところで、一人でぼんやりとしている。 そもそもゾロは人が大勢いるところを好まない。どちらかといえば牧歌的で、人より動植物の方が大半を占めるような 場所が好きで、隙あらば公園などで昼寝をしている。だからこんな風に好んで人の大勢居るようなところでぼんやりして いるとは思えない。しかし事実ゾロはそこに居てぼんやりとしているわけで、そんな無駄な事をするくらいなら、いっそそ の時間を自分にくれればいいのに、と拗ねたようにサンジは思った。 本当はゾロの時間すべてを自分一人で占められればと、いつだってサンジは思っているのだ。 しかしとにもかくにもサンジが咄嗟に体を潜めたのは、別にサンジが見つかったらまずいからではなく、用事があると 言った手前、ここでサンジと顔を合わせてはゾロの方が気まずかろうという気遣いからだった。 それならばそのまま知らぬふりで通り過ぎてしまえばいいだけの話なのだが、そんな勿体無いこと出来るはずもな い。 折角夕方まで顔を見られないと思っていたゾロに、偶然会えたのだ。これが運命でなくしてなんとする。 あわよくばこのまま家にお持ち帰りしたい気持ちの強いサンジは、さてどういったタイミングで行くかと思案した。 こそっと電子版の影から顔を覗かせると、ゾロは相変わらず通りを眺めてぼんやりしている。手元の茶器を口元に運 ぶ様子もない。 そこでふと、サンジの頭に嫌な考えが過ぎった。 もしかしてゾロは、誰かと待ち合わせをしているのだろうか。 それこそサンジにとって衝撃の事実だった。 ゾロが自分以外の人間と!それ以前に、ゾロが相手より早く来て待っている! ゾロと待ち合わせてまともな時間に会えたためしのないサンジにとって、それは鈍器で頭部を殴打されたに近い事実 だった。 ゾロがわざとサンジを待たせようとしているのではないことは、サンジとて分かっていた。あれは本気で道に迷って辿 りつけないのだ。 だからこそ余計にサンジにとってはショックだった。 相手はゾロが待たせてはいけないと思うほど、ゾロにとって大切な人間だということに! ゾロがサンジを待たせてるのは、サンジに甘えているからだという、ポジティブな考え方も出来ないでもなかったが、 流石にいくら楽天家のサンジとて、この事実はどう捻じ曲げようとも自分の不利に違いない。 サンジは危うくその場に膝を崩しそうになって、慌てて電柱に寄りかかった。 陽は暖かいのに、背中が異様に冷えて仕方がない。額に浮かんだ汗は明らかに冷や汗だ。 こんな些細な事で、何を馬鹿なことをと思うものの、実際心は痛んで酷い。何とか他の理由を見つけようと思うのに、 頭は勝手に決めつけている。 なんで、よりにもよってこんな日に。こんな仕打ちを。 何者の悪戯か知らないが、なんだってこんな酷い気持ちにならなくてはいけないのかと、サンジは段々泣きたくなって きた。 空は晴れ渡り日差しは戯れに道を照らして、皆暖かな心地で幸福そうだ。それなのにこれ以上ない陰気な顔で、自分 一人がそんな雰囲気をぶち壊している。道行く人が不審と心配の中間地点でウロウロした顔で通り過ぎていく。それに 気づいて背筋は伸ばすものの、多分顔色は笑ってしまうくらい悪いに違いなかった。 ゾロ、ゾロ。ゾロ。 随分早くにゾロの存在に気づいたサンジと違って、ゾロは何も知らずに座っている。こんな電柱の陰でストーカーのよ うに姿を見つめる人間のことなど、目に入れるわけもない。声にならない声は、あっさりと捨てられる。それがそのまま ゾロとサンジの心象風景のようで、そう思えばますます泣きたいような気分になってサンジは項垂れた。 サンジはいつだってゾロを見ているのに、ゾロはいつだってサンジに対して上の空なのだ。 こっちを見てよと言いたい気持ちで、でもその時に返る言葉を想像すれば、言葉は怯えて引っ込んだ。 だって、「何で」なんて言われたら、いったいどうやって立ち直ればいいんだよ。 石畳に毒を吐き、それを磨り潰すように靴先で擦った。本当は目に見えない、形のないものの大切さを分かっている はずなのに、ゾロから与えられるすべての言葉や情や、やわらかい笑み、うつくしく怒りに燃える目や真っ正直な心を 形にしたいと願ってしまう。 ずっとこの手のひらに包んで、しまっておけるように。形あるものの儚さを尊びながら、それさえも愛しく思えるように。 サンジは暫し目を瞬かせ、感情の漣が凪ぐまで待って今来た道を引き返した。 ゾロはそういうところでは真っ当な人間だから、サンジを見かければ無視などせずに、きちんと声を掛けてくるに違い ない。けれどもこんな状態の自分を見られるくらいなら、いっそ無視してくれた方が何倍も親切だ。 きっと、今、酷い顔してる。 嫉妬に狂った、汚い顔してる。 手の中で途端に重みを増したビニル袋を揺らしながら、サンジはもうこれ以上誰にも顔を見られたくなくて、急ぎ足で 家路を急いだ。 薄暗い部屋にあかりも灯さず、サンジはぼんやりと窓から夕闇の街を見下ろした。 あちこちの家の窓から零れたあかりが、暖かな光でやさしく街を包んでいる。 オレンジの光線が消えるにつれ、ゆっくりと増えていくその灯火を眺めながら、しかしサンジはそれに倣って部屋のあ かりをつけようとは思わなかった。たとえあかりを灯しても、その光はあの、暖かでやさしい光の様には自分を照らさな いから。それを改めて思い知らされる辛くて、サンジはいつまでも電気のスイッチに触れられないのだった。唯一台所で 小さくたなびくコンロの火を時々用心のためだけに確かめながら、サンジは蛍のように煙草を燻らした。 一刻一刻薄らいでいく残照が目に残る。無為に過ごした一日は、ゆっくりと暮れていこうとしていた。 部屋に戻って、あろうことかサンジは料理がしたくないと思っている自分に気づいて大変に驚いた。 何があっても、どこに居ても料理に対する意欲を失ったことがないのが自慢だった。それなのに玄関に入った途端、 力が抜けて足が震えた。どうにか冷蔵庫に食品は詰め込んだものの、それ以上の作業が進まず暗い気持ちは拍車を かけてサンジを苛んだ。 見も知らぬ相手に嫉妬したところで、いったい何の意味がある。きっと夕方になればゾロが来る。約束はどんなことが あっても守るやつだ。夕飯の用意をしなくては。そんな風に理性は冷静に命令を下すのに、体はいっこうにいう事を聞 かずに覚束ない。 それでもゾロが望むことならばと、時間をかけてどうにか用意はしたものの、思っていたような豪華な食事とは到底比 べるべくもない、普段と変わらない程度のものしか出来なかった。それでも最低限味の方には自信がある。そこまで損 なわれるようでは、料理人としては失格だ。しかし感情のコントロールも上手く出来ない自分に、果たしてそんな事をい う資格があるのかと自分を罵って、暗い気持ちは余計に深い谷間に落ち込んで行った。 「おい」 突然声を掛けられ、サンジは飛び上がらんばかりに驚いて振り返った。 台所とリビングの境に何時の間にかゾロが立っていた。サンジは一気に跳ね上がった心臓を、宥めるように胸を撫で た。 「あ・・・ゾロ・・・。いつ入って来たんだよ?」 「何度も声かけたぜ。ドア開いてたし、勝手に入った。ぼんやりしてんなよ」 「あ、ああ。悪い」 ゾロの気配が静かなのは元々だが、全然気がつかなかった。チラリとゾロの背後のドアを見る。そういえば帰って来 た時に施錠した憶えがない。相当上の空だったらしい。 ゾロは少し呆然とした風のサンジに眉を顰め、不機嫌そうに「無用心」と呟いた。 「飯にするか?」 煙草をサッシに押しつけてねじ消し、ゾロとすれ違いで台所に戻る。暗い中、煮込まれた鍋の下でチラチラと炎が揺 れている。そういえば電気、と思ってサンジは振り返った。 「ゾロ、電気―――」 そこで言葉は途切れた。ゾロがすぐ後ろに立っていたからだ。まるで気配がない。そこで初めてゾロがわざと気配を 消している事に気がついた。 「な、なに・・・?」 残照も消えた室内は暗く、窓から入る街頭からの密かな光と、鍋の底で小さく揺れる炎だけが二人を照らしている。 コンロに相対しているゾロの目の奥で、チラチラと炎の影が躍っている。それに見惚れながら、何故かサンジは緊張 して、ゴクリと息を飲んだ。 「それ、まだかかるのか?」 しかし何か深刻な状況を感じていたサンジの心境とは裏腹に、ゾロの声はあっけらかんとしていつもとなんら変わりな い。サンジは無意識に嫌な言葉を警戒していた自分に呆れ、ああ、と吐息を吐いて口元だけで笑った。 「いや、もう終わり。冷めないようにと思って点けてただけだから」 もう消すよ、とカチンとコンロのスイッチを押す。火はプツンと途絶えて、後にはコトコトと余熱で鳴く鍋だけが残った。 「でもまだ他のが用意できてねぇから―――」 コンロから視線を移して振り返ろうとしたサンジは、しかし後ろに立って居るはずのゾロを見ることが出来なかった。 背中か伸びたゾロの真っ直ぐな腕が、サンジを抱きしめたから。 「ゾ、ゾロ・・・?」 何も言わず、ゾロはそのままサンジの首筋に顔を埋めてきた。ゾロの髪が耳元に触れてくすぐったい。どうにか今の 状況を把握しようとするのに、体は戒められていう事を聞かず、心は浮き立って声は無様に上擦ってさえずった。 夜と闇が手伝い、ゾロの気配は完全に隠されているのに、背中に触れる暖かさは本物だ。包み込むように回された 腕に触れると、ゾロが小さく息を詰めるのが分かった。 「ゾロ・・・ど、どうしたの?」 普段であれば、こんな風に触れたいのはサンジで、強請るのもサンジであるのに、今日に限ってゾロがサンジに触れ ている。受け入れるばかりが信じられず、サンジはわたわたと頭が混乱するのが分かった。 それなのにゾロは答えを出さず、ただじっとサンジの体を抱いている。押しつけられた唇から漏れる吐息が、妖しくサ ンジをいたぶった。これ以上動けず、だからといって離せなどとこの世の終わりが来てもサンジに言えるわけもない。触 れる暖かさに胸が凪ぐ。心の真ん中がやわらかく撓み、昼には凍っていた塊が、やんわりと和むのが分かった。 出来ることなら、いっそこのまま。いつまででも。 サンジは触れられる限りでゾロの腕に触れ、体をゾロに預けた。より深く触れ合う背中の向こうで、ゾロの胸が規則正 しく脈打っているのが分かる。何よりも確かに相手を感じるそのリズムに、サンジは暫し酔った。 「・・・今日、な」 吐息交じりのゾロの声が、耳を擽る。声が直接体へ振動となって伝わった。 「今日・・・」 そこまで言って、ゾロはまた黙ってしまう。サンジの体に回された腕に、力が込められたのが分かる。どうやらその先 を言い出しかねているらしいゾロに、途端に冷たいものがサンジの背中をザアッと走った。 今日の事。今日会っていた人の事。 ゾロが言いよどむのは珍しい。いつでもどこでも、自分の考えははっきりきっぱりと言い切るゾロだ。相手に遠慮する ことがない。しかしそれが相手を傷つける事であれば、それ相応の気を使うのを知っているから、それだからこそ、余 計にサンジはその続きが気になり、しかし恐くて顔を強張らせた。 頼むから、その先は言わないで。 情けない懇願が口をついて出そうになる。たとえ今その口を塞いだところで、ゾロが一度決めた事を翻すような男でな いことは先刻承知だ。いつかは突き立てられる言葉の槍を、ほんの少し伸ばしたところでなんになる。 自嘲と情けないほどの執着を思い、しかしそのほんの一瞬でさえも自分にとっては千金に値するのだと情けなくサン ジは目を潤ませた。 口を噤んだままゾロが身じろぐのが、まるで自分の体の一部のように確かに感じるのに、その心はどこまでも遠く触 れられない。 サンジはぎゅうっと目を瞑り、感情が流れ込む目の奥を押さえ込んだ。 「ありがとう」 しかし耳元で囁かれた言葉は、サンジの予想しえたすべての言葉とも違っていた。 目を開き、正面の闇を凝視する。夜に沈んだ部屋は、微かに夕闇の澄んだ緋色を片隅に残している。 サンジはひゅうっと息を吸い込み、驚くほど長い吐息を吐いた。 「な、・・・んで?」 凍ったように上手く回らない舌は、情けなくしおれている。どうにか紡いだ言葉の意味が、上手く伝わったろうかと不安 になる。 サンジはぎゅうっとゾロの肘の辺りを掴んだ。 「今日、お前誕生日だろう」 今度は確実にぎょっとして、サンジは後ろを振り返ろうと首から肩に力を入れた。しかしゾロはますます力を増してしま い、そうなればサンジに逆らう手立てはない。諦めて大人しく力を抜けば、倣ってゾロも力を抜いた。 「お、憶えてたのかよ」 おどけて誤魔化そうとしたが、最早震えず言えた自信がない。しかし最速を記録するように繰り返す鼓動が煩くて良く 分からなかった。 だがゾロは今にも腰の抜けそうなサンジの様子など気にした風もなく、ああ、と小さく頷いた。 そう言ってゾロはサンジの体に回していた右腕を上げると、そっとその手を開いた。 手の平の上には、銀色の小さなタイピンが乗っていた。 「お前の喜びそうなものとか、考えたんだけど―――その、分からなくて。あ、焦って昨日も探したんだけど、なんか分 かんなくなっちまって・・・・・・そしたら今日ウソップが」 「ウ、ウソップ?」 「ウソップが、なんか作ってやったらいいんじゃないかって・・・それで、その、銀細工なら俺でも出来るって言って」 それで、これ、お前に。 背中に感じるゾロの心音が、驚くほど早くリズムを刻んでいるのが分かって、サンジはかあっと顔に血が上るのが分 かった。 ゾロが、緊張している。あの、ゾロが。 初めてそれを認識し、ゾロに対して感じていた緊張がとうのゾロから伝染していたのだということに気がついた。 「お、俺に・・・・・・くれるの?」 コクン、とゾロが肩口で頷いた。首筋に触れたゾロの頬が熱い。それに反応してますますサンジの頬も熱を持った。 「あ、ありがとう」 そっとゾロの手のひらからタイピンを受け取って少し掲げると、背後の窓から僅かに入り込んだ光にキラリと瞬いた。 そうしてサンジはそっと体を反転させた。今度はゾロも何も言わずにサンジのするまま腕の力を抜いて無言の同意を 示したが、サンジの体に回した腕を解こうとはしなかった。 「ゾロ?・・・なんで、ゾロが「ありがとう」なの?」 漸く見る事の出来たゾロの顔は、暗くてよく分からなかったが、多分その頬が赤く染まっているに違いない。だがしか しそれと同じか、それ以上に赤くなっている自分の顔を見られなくて済むのだから、今はその薄暗がりに感謝しなくては いけなかった。 そっと額を近づけ、間直に迫ってから目を閉じる。サンジがゾロの腰に腕を巻きつけると、吐息が触れるほどの距離 でゾロが囁いた。 「分かんねぇけど、お前と会えたのって、お前が生まれてきたからだろう。お前と居られるのだって、お前が居てくれるか らだ」 その言葉に驚いて、目を開く。輪郭のぼやけた視線の先で、ゾロは真摯な視線でこちらを見返していた。 「だからおめでとうって言うより、なんでかありがとうって、言いたかった。・・・変か?」 真っ直ぐにそう告げたゾロの目に、サンジは愛しさが溢れそうになり、途端に目から涙が零れた。 そしてサンジはぎゅうっと力一杯ゾロを抱きしめていた。 「変じゃねぇ、全然変じゃねぇよ。これからだって、ずっとお前と居る。ずっとお前と一緒に居る。すごく、すっごくクソ嬉し いぜ!」 苦しいだろうに、ゾロは腕の中でじっとしていてくれる。それがまたどうしようもなく愛しく、サンジは再び正面からゾロを 見据えると、その唇にそっとくちづけた。 「・・・ありがとう、ゾロ」 そうして目を閉じ、今度は深くくちづける。サンジの肩を抱いていたゾロの腕が肩から外れ背中を撫でてから、サンジ に倣うように腰を抱いた。 ほんの少し前まで抱いていた疑念や絶望が嘘の様に消えうせ、代わりに与えられたものの素晴らしさにサンジは酔っ た。 いつもと変わらない一日、変わらない誕生日。明日もきっと変わらない。 けれど奇跡の様な可能性で、サンジの目の前にはゾロが居る。幾多に散らばる人の中から、サンジはゾロを選び、ゾ ロはサンジを選んでくれたのだ。 いつもと変わらない。けれど奇跡の様な一日を、きっとずっと忘れないだろうとサンジは思う。 不意に与えられた、尊く愛しい小さなタイピンの姿をとったゾロの形を。 きっと最後まで、ずっと忘れないと。 「俺と居てくれて、・・・生まれてきてくれて、―――ありがとう」 本当に本当に、この日をとっても素晴らしく思います。 あなたの海の様に深い心に敬意を表して。 お誕生日、おめでとうございます。 そして、素敵な気持ちをありがとう。 |